第31話世間ばれ
あれから俺は、稼働することもなく、静かに休暇を謳歌していた。長い間、常に戦場のような日々を送ってきたせいか、平和のありがたみが身に染みる。朝の陽射しに目を細め、ベランダの風に吹かれ、少しだけ自由を感じる時間——だが、そんな静けさも、いつまでも続くはずがなかった。
テレビをつけると、俺の姿が画面いっぱいに映し出され、連日報道されている。
《この青年が新たな日本所属のZ級なのでしょうか?》
キャスターの声は冷静だが、画面に映るのは明らかに俺だ。戦闘中の写真や動画、あの夜神阪君、桐原、そして少女のエーテルを取り込んだ瞬間まで——ありとあらゆる場面が切り取られ、拡散されていた。
「なんでこんなことになったんだ…」
隣に座る姫野さんが申し訳なさそうに肩をすくめる。
「すいません、もっと私が気を張っていれば…」
「いや、悪いのは誰って話になるけど、でも拡散した生徒は秘密のことは知らなかったと思うし…どうにもならないよな」
「そうですね。協会も躍起になって情報を遮断しているみたいです」
「そっか…」
俺は画面を見つめながら、ため息をつく。まあ、いつかはこうなるだろうと薄々覚悟していた。情報を完全に遮断することなど、現実的には不可能だ。ネットというものは、一度漏れたら止めようがない。
「この際、もう情報出しちゃう?」
「良いんですか?」
「まあ、住んでる場所もばれちゃってるし」
「確かに…」
視線を窓の外に落とすと、マンションの下にはすでに報道陣が集まっていた。スマホ片手に待機する若い記者たち、ズラリと並ぶカメラ、マイク——ネットの情報に強い連中が、どうやってこの場所を特定したのかは分からないが、確かに俺の住まいまで特定されていたのだ。
「テレビにもマンションの前が映ってますよ」
画面に目をやると、マンションの入り口にスーツ姿の人物たちが立ち、カメラとマスコミを抑えていた。多分、協会の人間だろうが、迷惑をかけている事実は変わらない。考えるだけで胃が締め付けられるようだ。
「はー…もういいや」
「と言うと?」
「姫野さんに電話してくる」
「では、お供にアイスティーでも淹れましょうか?」
「いや、ベランダで電話する。終わったらもらおうかな」
「分かりました」
ベランダに出て、煙草を取り出し火をつける。白い煙が夜風に溶けていく。手元の指先に残る熱、肺に流れ込む煙の感覚——わずかながら、戦場の緊張とは違う、日常の安堵を思い出す。
「ふー…」
姫野さんに電話をかける。声が繋がるまでのわずかな間に、胸が微かに締め付けられる。
『はい』
『あ、御影です』
『もう大変ですよ…』
『テレビ見て分かってます』
『電話で連絡した時は原因が分かりませんでしたが…判明しました』
『何だったんですか?』
『どうやら、ハンター協会のサーバーにバックドアが仕掛けられて、それで情報が漏れたようです』
『つまり…ネットテロを受けた、と?』
『はい、申し訳ございません』
『まあ、いつかはこうなるだろうと思っていたので…もう良いですけど』
『ですが、情報を隠すことが協会にいる条件だったと…』
『はい。でも確実に守れるとは限らないので覚悟はしていました』
『そうですか…それでどうしますか?』
『もう情報は出しても良いですよ』
『本当ですか?』
『はい。後は協会に任せます』
『分かりました』
『では』
電話を切ると、残りの煙草をゆっくりと吸い、下に広がる騒がしい街の景色を見下ろす。まだマスコミはマンションの周囲に張り付いているが、このマンションの防犯は信頼できるし、何かあれば警察もハンターも駆けつける。強行突破されることはないだろう——その思いだけで、わずかに心が落ち着く。
その夜、協会からマスコミに流れた情報は次々と報道され、SNSも炎上状態だ。ニュースとネットの熱量が、俺の静かな部屋の空気を押し潰すように流れていく。
「SNSは見ました?」
「エゴサですか…」
「はい」
「したくないですね。何が書かれているか知りたくもない」
「ですよね」
「まあ、知りたくない情報の方が多いでしょうし」
「ですね。一応言っとくとトレンド一位でした」
「ちゃっかり確認するのやめてください…」
お風呂も済ませ、ご飯も食べた。あとは寝るだけだ——と思い寝室に向かうと、電話が鳴った。相手は高校の同級生だった。
『もしもし?』
『あ、御影今良い?』
『良いけど』
『明日暇?』
特に予定もないので、何か食事にでも行くのかと思った。
『特にないけど』
『じゃあ、明日心霊スポット行かね?』
そんな大学生みたいなことまだやってるのか、と内心思う。改めて餓鬼だな、と苦笑しながら答える。
『俺は良いや』
『そう?』
『うん』
『まあ御影は高校の時から怖がりだしな』
『もう克服したよ』
『そうか、なら他の懐かしい奴らで行くから、行く気になったら連絡頂戴』
『分かった。でも気を付けろよ』
『了解』
電話を切った後、俺は窓の外に広がる夜景と、遠くから聞こえるマスコミのざわめきを眺める。目の前の静けさと、世界の喧騒。人生で一番恐ろしい体験をしながらも、日常はまだ続く。だが、明日もきっと、俺の平穏は何かに侵されるのだろう——そう思いながら、煙草の煙を夜風に任せた。
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