第28話久しぶりの熟睡
翌日。
久しぶりに風呂に入り、湯気に包まれながらようやく人間に戻った気がした。
湯上がりにベッドへ倒れ込むと、あっという間に眠りに落ちた。
目を覚ますと昼だった。
階下へ降りると、リビングで桐生さんが背筋を伸ばして立っていた。
まるで出勤前のサラリーマンのように、ピシッとスーツ姿だ。
「おはようございます」
「あ、はい……おはようございます」
「お昼、出来てます。召し上がりますか?」
「お願いします。それより……その格好、疲れません?」
「スーツは会社員時代の正装でしたので、落ち着くんです」
「なるほど、性分ってやつですね」
テーブルには、湯気を立てるハンバーグカレー。
スパイスの香りが鼻をくすぐる。
「いただきます」
一口。
……美味い。
まるで専門店みたいな味だ。
「うまっ……店の味じゃないですか、これ」
「ありがとうございます。家事はずっと私の担当でしたので」
「納得です」
穏やかな空気の中、ふと尋ねる。
「会社員の時に、すでに覚醒してたんですよね?」
「はい。ですが、家族にも職場にも秘密にしていました」
「隠してたんですね」
「ええ。ハンターになる気はなかったし……
“異能者”だと知られたら、人間関係も壊れてしまう気がして」
静かに言う桐生の横顔には、苦い過去が滲んでいた。
俺はコーヒーを口にしながら、少しだけうなずいた。
「僕も、家族には言ってません」
「そうなんですか?」
「はい。……誇りに思える力じゃないので」
その言葉に桐生は少し驚いた顔をした。
「Z級なのに?」
「“Z級”って、ただの数字です。俺たちの仕事は――倒すこと。それだけですよ」
「ですが、世間から見れば英雄です。注目もされる」
「もしゲートが突然、世界から消えたら……人々の恐怖はどこに向かうと思いますか?」
「……ハンターに?」
「そう。力を持つ者に、です。
誰かが暴走すれば、“隣にいる俺たち”まで疑われる。だからこそ、驕れないんです」
静まり返る部屋。
コーヒーの湯気がふたりの間にゆらめいた。
「御影さん、変わってますね」
「よく言われます」
「でも……優しいですよ」
「そうですかね」
「ええ。そんな人ばかりなら、ゲートの外ももう少し平和なんでしょうけどね」
その時、スマホが鳴った。
画面には“姫野”の文字。
『はい?』
『事件です。昨日から肝試しで学校に侵入した学生が行方不明です。現場に来られますか?』
『了解です、すぐ向かいます』
通話を終えると、桐生が立ち上がった。
「仕事ですか?」
「ええ、そうみたいです」
「なら、私も行きます」
「助かります」
コーヒーカップを片づけ、二人で玄関を出る。
昼下がりの東京の空は、どこか不穏な灰色に染まっていた。
――静かな朝は、束の間の平穏に過ぎなかった。
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