第9話トラウマ

「アークシェル」

俺は呟き、全身のエーテルを一気に解き放つ。

これが、俺の最終奥義――未来の傷を否定する防壁。


「何をしても無駄だ。――ドール・レイン!」


ホロウレインの叫びとともに、黒い槍が空を裂いて降り注いだ。

だが、その一つひとつが俺に届く寸前で“空間の膜”に触れ、歪んで、すり抜けていく。


「どういうことだ?」

ホロウレインの目が揺れた。


「当たってないだけだよ」

「人間、お前、説明が足りないと言われたことはないか?」

「さあ?言われたことないな」


「では俺の攻撃が当たらないのは、どういうことだ?」

「エーテルを体の周りに張り、俺の《Giftイマジン》で“傷つく未来”を否定した。つまり――現実を捻じ曲げたんだ」

「無茶苦茶だな」

「まあな。でも、これは長くは持たない。だから――決着をつける」


「驕るなよ、人間!」


ホロウレインが両手を掲げると、空が裂け、灰色の雨が降り注いだ。

「グレイレイン」――無数の針が空を染める。


「もう通用しないって!」

俺は叫びながら、全身のエーテルを螺旋状に圧縮した。

「ノーブル・スパイラル!!」


“折れない願い”を刃に変え、直進する突進斬撃。

その勢いのままに、刀はホロウレインの胸を貫いた。


「う……」


「やった、か?」


「――捕まえたぞ」

「え?」


ホロウレインの手が、俺の腕を掴んでいた。冷たい指が骨の奥にまで入り込むように。

「ヴィジョン・ドールズ」

低い声が響いた瞬間、視界が真っ黒に染まった。


――息が、重い。


音も匂いも消えた世界。

空気は粘りつくように湿っていて、踏み出すたびに足が沈む。

モノクロの世界。

空も地面も曖昧で、自分の輪郭さえ溶けていくような錯覚。


そして、見慣れた景色が滲むように浮かび上がった。


(……ここは――)


あの日の、あの教室。


「俺はあいつのこと、嫌いだから」


――言ってしまった。

ただの一言。

でも、その言葉が、すべてを壊した。


あの時の俺は、ただ“班を変えたい”と頼まれて、断りきれずに、軽い気持ちで口にした。

けれど、その瞬間に、教室の空気が変わった。

友達の顔が、悲しみで歪んだのを覚えている。


「……っ!」


次の瞬間、景色が崩れる。

別の記憶が流れ込んできた。


掃除ロッカーに押し込まれ、外から蹴られた音。

背中に響く衝撃。

「まだ生きてんのかよ」と笑う声。

トイレットペーパーを顔に巻かれ、呼吸ができなくなる恐怖。

机の上で「葬式ごっこ」をされた夜。

俺の目の前で、誰かが笑っていた。


「やめろっ……!」


拳を握る。

けれど、体は動かない。

まるで記憶そのものが鎖になって、俺を縛っているようだった。


(これは……俺の、心の中……?)


その時、空間の奥から声がした。


『そうだ。お前の心の底にある“痛み”を具現化した世界だ。』


ホロウレインの声。

黒い影の姿で、ゆらりと現れる。


『お前の弱さを喰らい、力に変える。それが《ヴィジョン・ドールズ》の本質だ』


「俺の……弱さ……」


『そうだ。お前はずっと逃げてきた。人の目からも、自分の心からも。』


――逃げていた。

たしかに、俺はずっと「強くなりたい」と言いながら、誰かに認められたいだけだったのかもしれない。


でも――


「それでも、逃げない!!」


血まみれの拳を握り、俺はホロウレインに向かって走り出した

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