第4話 サメ男、アルジャス登場

 しばらくして、アリスとリエルがベルモンド親子のもとへ戻ってきた。


「痛っ、いたたっ!だからシャオ、ごめんってばーっ!」


 リエルの頭には、いくつもの小さなたんこぶができていた。


「オイラを雑に扱うとどうなるか、身をもってわかったアルか?」


「わかった!わかったから!」


 叫ぶリエルの声が、夕暮れのギルドのロビーに響く。窓から差し込む西日が床を斜めに染め、彼女の灰褐色の髪を黄金に揺らした。

 ふんぞり返ったシャオは、リエルの額を満足げに前足でペチンと叩き、ようやく叩くのをやめた。

「……この暴力パンダ」

リエルが憎々しげに小さくつぶやくと、シャオの耳がぴくりと動く。


「なんか言ったアルか?」



 ベルモンド達はというと、2人のやり取りにもすっかり慣れた様子で、その喧嘩をよそに話を切り出した。

「で、リエルの魔力量と五律環の属性はどうだったんだ? ランクは?」


 アリスは待ってましたとばかりに、キラキラと瞳を輝かせて答えた。


「彼女、本当に凄いわよ!信じられない力の持ち主だわ……」


 そう言い、銀杯を思い出すように目を細めた。


「水鏡には五律環全ての色がはっきりと映ったの。ベルモンドさんならこの凄さが分かるんじゃなくって?」


 そう言われ、ベルモンドはゆっくりとあごひげを触った。


「あぁ……そんな人間、この世界を探したってそういない。なぁリエル、君は一体何者なんだ?」


 呼ばれたリエルは、シャオからベルモンドに顔を向け、悪戯っぽく言い返した。


「私のサインが欲しいって話?」


「聞いてもわかるわけねぇか。なんてったって記憶喪失だもんな」


「でも力の使い方はからきしみたいだったの。それを考慮してランクはD級ストラタにしたわ」

 アリスの補足に、ベルモンドは頷いた。


「なるほど、それは妥当な判断だ。それじゃ力の扱い方を覚えるのが急務だな。本当なら俺が教えてやりたいが……」


 ベルモンドは娘のルナの頭を優しく撫でた。


「生憎ルナをずっと一人にするわけにもいかない。誰かリエルの面倒を見てくれそうな奴を紹介してくれないか?」


 アリスはにっこりと笑って応じた。


「ふふっ、ベルモンドさんは本当に娘さん思いですのね。勿論です、丁度適任の方がいらっしゃいますから、頼んでみるわね。今日は遅いですし、また明日いらしてくれると嬉しいわ」


「えぇ……また歩くの?」


 リエルが顔を顰めた。我儘な少女は近辺で泊まる所を探そうと駄々をこねたが、見事にスルーされる。

「ねぇ、もうこのギルドに泊まらせてよ。絶対いい部屋あるでしょ?ベッドふかふかの……」


「そんなものはない。それに普通の冒険者だったら野宿を勧められるが、力があるとはいえ君が新米冒険者な事に変わりはない。しばらくの間は我慢するんだ」


 リエルのブーイングにシャオも加わり、ベルモンドは頭を抱えた。彼は何度か深呼吸をして、その広く寛大な心を保った。

「取り敢えず今日は帰るぞ。明日はきっと更に忙しい一日になる。今すぐに帰って、早めに布団に入ろう」


「ヤダ!このギルドに泊まる!!」

「黙って言うことを聞きなさいっ!」


 ベルモンドの有無を言わさぬ威圧感に屈し、リエル達は結局、ぶつぶつと不満をこぼしながらギルドを後にするのであった。




 翌日。

 ベルモンドは、まだ眠そうにあくびを噛み締めているシャオとリエルをギルド前まで連れてきた。

「俺は今日用事があって君たちの付き添いができない。君たちの事はアリスさんに頼んである。夕方になったらギルドに迎えに行くから、大人しくしているんだぞ」


「そんな……ベルモンドがいなかったら私はどうすればいいの……!」


 わざとらしく嘆くリエル。


「アリスさんがなんとかしてくれるさ。じゃあまた後でな!」

 そう言ってベルモンドは、ギルドを背に颯爽と去っていってしまった。


 リエルとシャオは、まるで悪戯をする子供のように目を合わせ、意味もなくニヤリと笑った。

 子供が保護者という存在から一時的に解放された時に感じるそれである。


 ギルドの扉を勢いよく開けると、無数の視線がリエル達を射抜いた。大柄な冒険者、小柄な女性、その連れの獣たちまで、全員の視線が集中する。

 好奇、敵意、疑念────混ざり合った眼差しが彼女たちに降り注ぐ。


「ほ、ほら、みんながシャオのこと見てるよ。挨拶してきなよ……」


「何言ってるアルか!オマエの寝癖が酷いからに決まってるネ!」


 ヴァウッ!

 扉付近に座っていた狼のような獣が突然吠える。

「ほらみろーっ!シャオが大声で喋るから!やっぱシャオのせいだって!」

 1人と1匹はすくみ上がり、醜い責任の押し付け合いを始めた。


 すると不意に長身の男が立ち上がった。引き締まった体に鋭い目付き。ギザギザと尖った歯が獰猛なサメを思わせる。


「おいおいおいおい!アリスさんにすげぇ力の持ち主がいるから、面倒を見てやれって言われて俺様がわざわざ来てやったっていうのに……なんだァ?

 変なペットを連れたガキじゃねぇか!冒険者っつーのはおこちゃまの遊びじゃねぇンだ。さっさと帰りやがれ!」


 すると周りの冒険者からも賛同の声が上がる。


「よっぽど凄い奴だと思っていたがデマだったみたいだな」

「きっと何か術を使ってアリスさんを騙したんだわ」


「なっ!コイツを舐めてると痛い目にあうアル!」

 とシャオが食ってかかる。その声を無視して彼は続けた。


「それに五律環全ての属性を持ってるってのも本当か怪しいもんだぜ。なにかズルでもしたんじゃないのか?」


「そこまでよ、アルジャス」

 鋭いアリスの声が、その場の喧騒を切り裂いた。


「冒険という崇高な志の元に集った同士を何人たりとも拒まず、その信念を互いに尊重し助け合いなさい────あなたは冒険者の誇りを忘れてしまったのかしら?」


 アルジャス、その男は舌打ちをしてどかっと椅子に腰掛けた。


「信じられないのは仕方ないけれど、彼女の力は本物よ。私が見誤るとでも思って?それにこの国の危機はもう目前に迫っているわ。子供だなんだと言っている場合ではないのよ」


「危機?シャオ、なんのことか分かる?」

「オイラに分かる訳ないアル」

 アリスが場を鎮めてくれたお陰で心の平穏を取り戻した2人は、ギルド内が静まり返る中、コソコソ話を始めた。


 アルジャスは深いため息をついた後、リエル達を一瞥した。

「……わーったよ、俺様がお前らの面倒を見てやる。アリスさんにここまで言わせておいて失望させるんじゃねぇぞ」


 その傲慢な態度にリエルとシャオは顔を顰め、再びコソコソ話を始めた。

「何が悲しくてあんなサメ男に面倒を見てもらわなくちゃいけないのさ!」

「ぷぷっ、サメ男っ!良いセンスアル」


「おいお前ら聞こえてンぞ」

 顔をあげると、アルジャスが拳を握りしめていた。こめかみには血管が浮き出ていて、怒りマークが浮かんでいるように見える。


「ピキってやーんの!」

 調子に乗った1人と1匹は馬鹿にしたようにくすくすと笑い、火に油を注ぐ。


 アルジャスが拳を振り上げようとした瞬間、アリスが彼を制止した。


「リエルちゃん、彼が嫌なのは分かりましたが、彼はこの国でも有数の魔力の使い手。あなたの才能と彼の指導があれば……最強だって夢じゃないわ」


「最強になれるのっ!?」

「チョロすぎネ……」

 シャオが呆れたように呟いた。かくしてアリスに乗せられたリエルは、アルジャスサメ男のもとで魔力の扱い方を学ぶこととなった。

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