鬼姫の日常 其の二

 九条さんが言った通り、その日の朝は全校集会になって、慌ただしく教室に入って来た先生の一声でみんな廊下に整列した。

 きちんと並んで体育館に向かいながら、きゃあきゃあとはしゃぐクラスメートに私も混ざる。

 四年生に進級してから一週間。

 始業式とズレたこの時に転校生となれば十分うわさのネタなのに、それに加えてとんでもなく顔がいいらしいから、話はどんどん盛り上がっていく。

 ひんやり涼しい体育館に並んだあとも、ざわめきはおさまりそうになかった。

「こんだけ期待させといて普通の顔だったら、どうするんだろうね」

 後ろの子がちょっと私をつついて、いたずらっぽい顔で聞いてくる。

 私もニッと口角をあげた。

「もしかして女子かもよ?」

「うっわ!」

 ケラケラ楽しそうに笑った後ろの子は、さらにその後ろの子から話しかけられたようで、ぐるっと体の向きを変えた。

 私も前を向き直して、ひとまずほっとする。

 大丈夫、ちゃんと普通に話せたはず。

 誰にも聞こえないように小さく細く息を吐いて、うっすらと汚れた上履きを見つめる。

 そのままぎゅっと口を引き結んで、ステージを見上げた。

 イケメンだからとかじゃなくて、ちゃんと転校生を見ておかないと、あとでみんなの話題についていけなくなる。

 ただ、それだけだ。

 集会が始まって、起立と整列をして、座り直して、先生の挨拶が始まったのを、ぼんやり聞き流す。

 校長先生が話す間はみんな静かにしてるけど、うずうずした空気が体育館に充満して、息が詰まりそうだった。

 ため息をつきそうになって、ぐっと押し殺す。

 先生の話はわりとすぐに終わって、いよいよ転校生の紹介になって。

みのるくん、こっちに来てください」

 校長先生が、転校生の名前を呼んだ。

 みのる。名前だけなら、別に普通だな、と思う。

 まあ名前も顔も、正直どうでもいいんだけど。

 どうせ私は、あんまり他人の顔には興味ないし――と。


 次の瞬間まで私は、そう思っていた。

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