第17話 レオスの覚悟

 咆哮とともに、屍人たちが突進してくる。

 繋ぎ合わされた肉塊、骨が露出した四肢、鉄管を刺された背中――その姿は、かろうじて“人型”という分類に留まっていた。


 「行くぞ……!」


 レオスが大剣を肩に担ぎ、地を蹴った。

 瞬間、風が鳴る。重量級の剣が軌道を描き、先頭の屍人の上半身を吹き飛ばす。


ドガン!!


 「ケッ、思ったより軽いな!」


 派手に一撃を喰らわせ、構わず二撃、三撃。

 レオスの動きは粗削りながらも力強く、少しずつ“戦士”としての型を帯びていく。


 「ぉおおおおッ!」


 咆哮と共に改造された屍人が左右から襲いかかる。腐った爪、捩れた牙――人間だった頃の理性はすでにない。


 レオスは身を翻し、一体を地面に叩きつけ、大剣を逆手に構えるとその喉元を突き刺した。

 ぐしゃ、と血と腐汁が跳ねる。


 「……ハァ、ハァ……」


 すでに息が上がっている。

 腕も、脚も、既にいくつかの傷を負っていた。


 「ふふ……頑張ってるわねぇ、坊や」


 ゼラが舞台の観客のように後方から拍手を一つ。


 「彼、悪くない動きしてるじゃない。やっぱり、“良い僕(ペット)になりそうだわ」


 「ペットなんて言わないでください…!」


 フィンが震える声で遮る。


 「レオスは……ロアスも……人間だよ……!」


 「人間ねぇ……。今、この空間で“人間らしい”のはあなただけよ」


 ゼラの瞳が、どこか寂しげに細められた。


 「でも、あなたのその“人間らしさ”が、この先どうなるのか……楽しみだわ」


 その言葉の意味を、フィンは理解できなかった。


 目の前では、レオスが再び斬り結ぶ。

 だが――


 「ぐっ……!」


 肩口に深く爪が突き立てられ、悲鳴を上げた。


 「レオスッ!」


 フィンが叫ぶ。だが、止める間もなく、レオスは屍人の腹に膝を叩き込み、大剣を振り抜いて頭部を破壊する。


 「ハァ……ハァ……っ、まだ、終わってねぇ……!」


 膝をつきそうになりながらも、立ち上がるレオス。

 その目に、恐怖も迷いもなかった。


 「……少しは、見どころがあるな」


 ゾディが呟く。椅子の上から、レオスの戦いを観察しながら、冷たく評価するように。


 「では次は……こいつでどうだ?」


 ゾディが指を鳴らすと、部屋の奥に鎮座する黒鉄の扉が、ゆっくりと開かれていく。

 壁の奥――巨大な扉が音を立てて開く。

 そこから現れたのは、屍人たちとは比較にならぬもの。


 人ではない、“異形”だった。


 全身が幾重にも継ぎ接ぎされた筋肉と皮膚で覆われ、内臓があちこちから覗く。

 四本の足は、どれも違う人間の脚部を強引に繋いで形作られていた。

 それぞれが僅かにサイズも構造も異なっており、その不均衡さを力でねじ伏せるように、肉の獣は這いずっていた。


 顔の位置にあたる部位には、三つの顔が癒着していた。

 どれも眼球は白く濁り、口だけが勝手に開閉している。

 呻き声とも嘆きともつかぬ音が、ずるりずるりと漏れ出していた。


 「……な、に、あれ……」


 フィンが震えた声で呟いた。


 ゾディは満足げに、その獣のような肉塊を見つめる。


 「四足歩行屍人――“ケルベク・モデル”。

  人間としての形態を捨て、移動と殺傷に特化させた構成体だ」


 ゼラが細めた目で、異形を観察しながら言った。


 「これは……素材の“質”を度外視して、量と構造で力を引き出したタイプ…。

  ふふ、″人″の形を保たないなんて、私の美学には反するものね」


 「そもそも、“人間らしさ”などは邪魔でしかない。

  骨格は雑に繋ぎ、神経は必要最低限だけ束ね、

  不要な内臓は摘出し、代わりに筋組織を詰め込んだ。

  ……見た目は歪だが、“殺す”という一点においては極めて優れている」


 「どうして……そんな……」


 フィンの顔が青ざめる。


 「あなたが壊したのは体だけじゃない……心も、命も……!」


 「心だと? ああ、それは解剖してみたが――どこにも見当たらなかった」


 ゾディは静かに笑いながら、怪物の背に手を伸ばした。


 「さあ、見せてみろ。君たちの言う“命の価値”とやらを。

  力無き理想が、どれほど脆いものか――証明してみせろ」


 次の瞬間、ケルベクが咆哮を上げ、前脚で床を裂きながら跳躍する。

 血と腐臭が混じった風圧が、三人の頬をかすめた。


 「来るぞッ!!」


 レオスが叫び、咄嗟に身構えた。


 次の瞬間――


 ドンッ!! 

 空気が爆ぜ、ケルベクの巨体がレオスに叩きつけられるように襲いかかる。

 レオスは地を蹴り、大剣を突き上げた。


 「ッおおおおおッ!!」


 ガギン!

 血塗れた大剣が、ケルベクの横顎に命中。

 だが肉厚な皮膚に打撃は浅く、獣の体重がそのままのしかかる。


 レオスの足が、ズザッと床を削った。

 膝が折れかける――が、踏みとどまった。

 歯を食いしばり、大剣を突き返す。


 「命の価値とか関係ねぇ!――俺は、前に出るって決めたんだよ!!」


 気迫とともに、二撃目。

 大剣を握る両腕に闘気を凝縮させる。


 ブシュッ!


 第二撃は、ケルベクの側頭部を貫いた。


 魔獣が呻き、後退る。


 「チッ……!」


 レオスが立ち上がるが、全身はすでに傷と疲労で悲鳴を上げている。


 「無理だよ!もうやめて、レオス! そんな身体じゃ――!」


 フィンがレオスの前に走り出ようとする。


 だがそのとき――


 「来るな!」


 レオスの叫びが響いた。


 フィンの足が止まる。


 「……俺は、変わりたいんだ。

  俺は、強くならなきゃいけねぇ。

  ここで逃げたら、もう……絶対に前に進めねぇんだよ!」


 レオスの叫びに、フィンは何も言い返せなかった。


 ロアスが、静かにその背中を見つめる。


 そして、ケルベクが咆哮した。

 雷のような音が、地下空間に響き渡る。


 「レオス……!」


 フィンが胸元を握る。


 フィンは立ちすくんだまま、祈ることしかできずに、ただレオスの背中を見つめていた――。


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記憶は皆無な俺、最強。なのに少女は止めたがる。 〜聖杯騎士団と滅びの世界で〜 @shochannnnnnnn

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