処刑台の姫君~宰相に謀られて、ギロチン台にのせられた王女の話~

よし ひろし

第一話 処刑台の朝

 暁の鐘が三つ、澄んだ空気を切り裂くように鳴り響いた。

 それは夜明けの合図でもあり、ひとつの命がこの世を去ることを民に告げる音でもあった。


 王都ラネヴィアの中央広場。朝日が差し込む石畳の上に、鉄の枷を嵌められたひとりの少女が立っていた。年の頃は十八、蒼い瞳に白金の髪。“白き薔薇姫”と称えられる王国第一王女――リュシア・オルティア・ラネヴィアである。


 彼女の前方、木製の処刑台は、ギロチンの刃を朝霧に濡らし、まるでそれ自体が意志を持つかのように、冷たい金属の輝きを放っていた。

 広場を埋め尽くす人々――貴族、兵士、商人、子供たちまでもが、息を潜めるようにその場を見守っている。言葉はない。ただ、目だけがすべてを物語っていた。怒り、哀しみ、疑念、そして、後悔……


 リュシアはその群衆を見渡した。

 赤ん坊を抱いた母親が、そっと目元を拭う。若い兵士が、唇を噛み締める。老いた商人が、震える手で胸の前で祈りを結ぶ。


(皆、知っているのね、誰が父を、国王を殺したのかを……)


 風がリュシアの頬を撫で、彼女の長い髪を揺らした。それはまるで、死に行く娘に別れを告げる、母の手のようだった。


「第一王女、前へ!」


 冷たく響く衛兵の声が、静寂を裂いた。


 ギロチンの前に引き出されるリュシア。その歩みは、まるで舞踏会のときのように気高く、静かだった。だがその胸中に満ちるのは、ドレスでは覆い隠せぬ怒りと悔しさと――覚悟。


「姫様……」

「どうして……」

「やめてくれ……」


 集まった民衆の静かなざわめきが広がる。

 だが、処刑人の動作は微塵も弛まない。

 リュシアが処刑谷の前で跪かされる。瞬間、その視線がとある人物へと向いた。


 この処刑を誰よりも喜んでいる男――王国宰相、ヴェルネ・カリスト。


「……」


 無言のまま睨みつけるリュシアの視線を悠然と受けつつ、ヴェルネが立ち上がる。


「民よ」

 高い演壇から、ヴェルネの声が響いた。

「本日、王殺しの重罪人を処刑する。正義は必ず勝つ。これが王国の法である」


 瞬間、民衆からは、どよめきが起こった。しかし、それは賛同の声ではなく、疑念の声だった。


「姫様が犯人のはずがない」

「もっと厳格な捜査を――」

「お前の、策謀だろう!」


 ヴェルネの顔が不機嫌に歪む。


「静粛に! 法に従って粛々と執行する」


 ヴェルネの宣言と共に、衛兵たちが、ざわめく民衆を威圧するように半歩前に出る。

 波が引くように静まり返るのを待って、ヴェルネが右手を上げた。


「では、執行する」


 その口元には、勝利を確信した笑みが浮かんでいた。



 この国には現在二人の姫がいる。王子はいない。王が無き今、第一王位継承権があるのは、今まさに処刑されようとしている第一王女リュシア。その次に列するのが、第二王女セリーヌ――宰相ヴェルネの孫であった。

 リュシアの母は、彼女を生んでまもなく亡くなった。王妃を亡くし嘆き悲しむ王に付け入り、自らの娘を後妻に押し込んだのが、現宰相ヴェルネ・カリストであった。そして、間もなく産まれたセリーヌ。王位を継げる彼女の存在が、ヴェルネの心に黒い野望を育てさせた。



 そして、彼の祖の野望が、今まさに成就しようとしている――



 宰相ヴェルネの右手がゆっくりと振り下ろされる。処刑執行の合図。

 処刑人がギロチンの紐に手をかけ――

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