第44話 ザルカバーニの状況

「ザルカバーニは今、爆弾を抱えている」


 調停官ジャナーはそう言うと眼鏡をかけた。机に散らばった紙を拾い上げ、笑いながら眺めている。


「原因はうちのミスなんだけどね。管理部族なんて言われちゃいるが、よその部族の族長達のように敬われてるわけじゃない。いつだってその立場を脅かそうって連中しかここにはいないんだ。黙っているのは機会をうかがっているだけ、騒ぎ出したのはつけいる隙を見つけたから。単純な連中だよ」


 最近はよく鳴る鐘のようだ、とジャナーはぼやく。


「どんなミスをしたの?」

「迷宮の封印失敗だ」


 元々ザルカバーニは古代の迷宮に繋がる穴を広げて作った半迷宮都市だ。そんな由来のためか、ザルカバーニには地上とは比べものにならない頻度で迷宮の入口が生まれる。この対処は管理部族の役目だ。

 そして管理部族は、砂漠に見つかる迷宮の口を封印するイシャーラという部族から派生したものだという。

 確かにザルカバーニの管理者として、これ以上無い適任だ。


 が、今回はそれに失敗した。

 それは管理部族の信頼を落とし、「管理部族はもう昔ほどの力が無いのではないか」と思わせた。結果、ザルカバーニで虎視眈々と機会を探っていた人々をたきつけることになった。

 彼らはこぞって暗躍を始めた。それはシュオラーフを隠れ蓑にする砂漠の影、バハルハムスの諜報員、両者の間を取り持つふりをしながら漁夫の利を狙うナドバルなど、多くの人々を動かした。勿論、それら各勢力に阿るザルカバーニの住民達も……。

 今回は動きが大きく、管理部族でもその規模や動向が思ったように掴めないこともあって、ジャナー達はかつてない混乱に陥っているそうだ。


「その上、君達が現れた。シュオラーフ第三王子シャオクを連れた君達がね」


 これで状況の面倒くささが一気に増してしまった。なんならザルカバーニの利権争いなんか霞むくらいのインパクトがあるニュースだった。


 しかし、逆にこれはチャンスだ、とジャナーは判断した。


「わたしたちに派手に動いてもらって、問題を押しつけたい、と」

「ああ。この囮役を務めてくれる限りにおいて、僕が後ろ盾に立とう」


 具体的には、ザルカバーニでの人脈にかなりの伝手が得られるのと、情報提供というところらしい。

 どちらもジャナー、というか管理部族の都合でかなり恣意的に取捨選択されそうだが、まあ、悪い話じゃない。


「後ろ盾に立つのはあなたなのね?」

「ああ。あくまでこれは僕の独自行動なんでね。管理部族の名前はだせない。……ま、相手が勝手に勘違いする分には知ったことじゃないが」


 そのあたりはうまくやれという話らしい。

 わたしは少し考えて、頷いた。


「悪くないわね」

「じゃあ?」

「交渉成立」

「え。今の話を聞いて乗るんですか?」


 コーレが頬を引きつらせている。どう聞いてもいいように利用されてるようにしか見えないからだろう。


「トラブルには巻き込まれるよりも自分から飛び込んだ方がいいのよ。先手を取れるというのは、それだけの価値があるわ」

「それ、巻き込まれる前提の話じゃないですか」

「そうよ? 勢力の話を聞いた時点でわたしたちが関わるのは当然でしょう。シャオクを確保できれば、彼らにとっては良い交渉材料になりそうだもの」


 たぶんどの勢力もそう考える。狙われるのは確定だ。

 ……それに、アカリが何しているのかも見えてきたのもある。この様子だと当分アカリはキャラバンに戻ってこれないだろう。

 迷宮封印に失敗した管理部族がなりふり構わず次の成功を企むなら、そりゃあ現役の魔法使いは喉から手が出るほど欲しいでしょう。


 というか、迷宮。迷宮ねぇ-。

 今更だけど、管理部族による迷宮封印の失敗というのが引っかかりすぎる。


「迷宮封印は何で失敗したの?」

「さあ? 今は再封印の真っ最中らしいが、詳しいことは知らないな。担当じゃないんでね」


 うん。これ内部がごたついてるのね。


「そう。うまく終息するといいわね」


 この話題はここまで。管理部族の手腕を楽しみにしつつ、こちらの動きを考えなくちゃ。

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