第43話 調停官との接触
ようやくキャラバン外で活動できるようになったミリアムは、早速ハイダラとウェフダー、コーレを連れて散策に出かけた。
「この街の情勢を調べるならどうするのがいいかしら」
「情勢……もう少し具体的に、何が知りたいの?」
「何でも。最近噂になってること、誰がいるか、何か事件があったか、流行はあるか、そういう雑多なことを沢山」
「この街では、余計なことに、首を突っ込まないものだよ」
「大丈夫よ。だってわたし達が首を突っ込まれる余計なことなんだから」
「ミリアムの言い分はいまいちわからないですね……」
コーレは首をかしげながら言う。最近慣れてきたようで、言うことが厳しくなってきた。
「つまりね、わたし達と話したい人は幾らでもいると思うのよ。誰かおすすめはいない?」
「そういうことなら、確かに、何人か声をかけられてる。でも、いいの?」
「何が心配?」
「何に巻き込まれるか、わからないよ」
「それは大歓迎だから問題ないわ」
ハイダラが二人を振り返る。
コーレがそっと目をそらし、ウェフダーは自分は彫像だと言い聞かせてるかのような直立不動だった。
「わかった。君達がそれでいいなら、案内したいところがある」
「いいわね。どこ?」
「月下城。あの、黄色い月の下にある城だよ」
「……え? ちょっと待ってください。そこって確か、ザルカバーニてもの管理一族の城じゃあ」
「コーレはよく知ってるね。そうだよ。紹介するのは、調停官のジャナー。タイミングを見て、連れてきてほしいと言われていたんだ。最初になるとは、思わなかったけど」
コーレはひいっと息をのんだ。ウェフダーも少し驚いている様子だが、そもそも王族の護衛をしているのでさすがに腰が引けることはないのか。
あ、そんなことなかった。目が泳いだのをわたしは見逃しませんよ。
さて、早速月下城へ案内してもらおう。
ザルカバーニは地下都市で空は常に蓋されている。代わりに天蓋には常に星空が瞬いていて、その軌道は黄色い月を中心としたものだ。
つまりそこはこの街の本来の中心。地上の立地としてはやや北西、街の端に偏った位置だ。
ザルカバーニはあの月下城が起点で、そこから広げやすい方に広がっていった結果が今の街の形らしい。
「ザルカバーニの北西は、管理部族と関係者が暮らす。用が無ければ、近づかない」
「そういう場所ばかりですよね、ここ……」
「安全かどうかは、人によるんだ」
「まるで迷宮じゃないですか」
「迷宮? 確かに、つながりやすいけど」
「ああいえ、そうではなく、学院の話でして」
ミスティア学院には授業に使う迷宮があるらしい。それは学院長が作ったものだとかいう話だ。
一方、ハイダラが言っているのは古い迷宮。元々は迷宮は地上が瘴気に汚染されたときに作られた逃げ場を指す。こちらの意味だ。
ザルカバーニは地下に作られた街だけあって、古い迷宮につながりやすいらしい。
「学院の迷宮はそういうところなの?」
「それぞれのフロア担当の教授が好き勝手環境を整えたせいで、わかってないとただの危険地帯なんですよ……」
一部の学生が面白がって迷宮攻略部なんて立ち上げたとか、一部の教授達もそれを面白がって迷宮の仕掛けが悪化したとか、迷宮なんてどうでもいいと思っている人たちにこそ大きな問題になっているそうだ。
あまりに危ないので、最近では迷宮踏破自体が二、三年学院で暮らした学生の授業になっているとか。
「たまに授業の都合で潜るだけの学生や研究生にはものすごい迷惑なんです……」
コーレは飼育係だったせいで迷宮の牧場に定期的に往復する必要があって、たいそう困ったそうだ。
結果、逃げ足だけは鍛えられた、とか。
「そういえばアルリゴにもありますよね、迷宮」
「あるわね。閉鎖されているけど」
何しろ神官団の一派が拠点にしていた、生け贄の儀式場だ。わたしが投げ込まれたのを最後に崩壊して、大海嘯の後はエスフェルドが封鎖指示をだしている。
「あそこは道をそれるとあちこちが魔獣の巣穴になっているだけで、そこまで面白くなかったわ。海賊の財宝とかあれば良かったのにね」
「なくて良かったと思いますよ。あったら命知らずが大勢飛び込んで大変なことになってたと思います」
「ああ、よくあるわ。未踏の島を探す海賊がそういう感じだったもの。でも冒険に死はつきものかだから」
「よくある、で済ませていいのでしょうか……」
コーレは何やら頭を抱えてしまったが、海賊の命なんてそんなものだ。
そんな話をしているうちに月下城にたどり着いた。
城とは言うが、ここには宮殿があるわけじゃない。
月の真下にひときわ大きな塔があって、その周りにいくつもの背の低い建物がフジツボみたいにひしめき合っている感じだ。
わたし達が向かったのはその建物の一つで、はっきり言って他の建物と何が違うのか区別がつかなかった。
だけどそこはちゃんと目的地だった。
室内はランプの光で明るく照らされ、その色合いのせいか少し暖かく感じる。
とはいえ室内の荒れ方はとんでもない。そこかしこに放置された資料の山が今にも崩れそうだし、本棚はすでに容量を超えて中身を吐き出している。コーレも小声で「教授の部屋みたい……」と言っている。まさに何かの作業部屋といった風。
その部屋の奥に大きめのテーブルと、資料の積まれた椅子が何脚か。そして書き物をしている男の姿があった。
男は顔を上げると、手を止めて背を正した。
「おや。まさか人が? そんな予定は無かったはずだが」
「僕だよ。彼が調停官のジャナー。こちらは、ミリアム、コーレ、ウェフダー。例のキャラバンの人達」
「……なるほど。まさかこんなに話が早いとは思わなかった。いや、失礼。お客さんが来るとは思って無くてね、こんな有様だが気にせず寛いでくれ」
ジャナーは席を立つと近づいてきて、握手を求めた。わたしはそれに応じつつ、資料をどけて席に着いた。コーレはジャナーの冷たく細い手を恐る恐る握り、びくりとしていた。
「まったく。連れてこいとは言ったが、事前に連絡くらいよこすものだろう。お前は何でもかんでも突然すぎるんだ」
「ジャナーは後回しにしても、文句を言うよね」
「一報を入れろと……ああ、他に頼れる連絡役なんていないな。忘れてくれ」
ジャナーは会話を打ち切る。ハイダラは静かに歩いて部屋の片隅に立った。ジャナーはそれを見て顔をしかめる。
「君も座れ。視界に入らないところに立たれると殺したくなるだろう」
「今は、ミリアムに雇われているから。守らないと」
「それならドアの横ね」
わたしが言うと、ハイダラはいいの? という顔をしたが、おとなしく従ってウェフダーとドアの横に立った。
ドアはわたし達の背中にあり、ジャナーからは見える位置だ。
ジャナーはそれを確認して口を開いた。
「今、ザルカバーニはいくつか爆弾を抱えていてね。その全部の導火線に火をつけて回りそうなやつが来たものだから、こうして接触を試みたわけだ」
「あら、それはいい話ね。それを明かすあなたの意図がわからないけど」
「僕は調停官という仕事をしている。これがまあ、所謂火消し役みたいなものでね。僕としては手間を減らせるならそれに越したことはないわけだ。ということで、君達、僕と手を組まないか?」
「組んでもいいわよ」
まあ、本当に協力関係になれるかはわからないけれど。
相手は調停官、ザルカバーニにおける権力者の一人だ。どんな絵を描いているか知れたものではないし、動かせる人や物の規模がどれほどになるかはまだ想像もつかない。少なくとも一キャラバンの長が対等に振る舞える相手じゃない。
とはいえそこはお互い様。わたしだって一から十まで彼らに都合良く動くとは限らない。正直、単純な武力やここの外から動かせる財力ならわたしも負ける気はしないし。
「良い交流になりそうね」
「ああ。話が早くて助かるよ。早速本題といこう」
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