第38話 キャラバンの旅路(2)

 トゥアムリ渓谷を抜けた先、またもや砂漠地帯に戻ってしばらく歩いた先で、わたしたちは今日の野営をすることになった。


 ミシュアが選んだのは乾いた岩場で、そこはこの砂漠にいくつもある簡易拠点用の避難所らしい。

 岩場の奥には封印された水場があり、ユスラが呪文を唱えて紋章の石で岩をたたけば、隠されていた水が湧き出して小さな泉を作り出す。

 ユスラはしばらくの間、真剣な表情でそれを見守っていたが、岩場の切れ目から湧いてくる水が少し減った辺りで満足そうに頷いた。


 その間に各自はテントを立てたり、夕食の準備を始める。コーレも最近は慣れてきて、ウェフダーと手際よくテントを立てている。


 狩人たちは早速周囲の見回りに出ていた。周囲の地形の把握と、運が良ければ食材の確保できる。ちなみにカルサイとラティフは、先日はトゥアムリ渓谷の下になんとか行けないかと調べていたらしいが、残念ながら何ともならずに成果なしだった。今日は汚名返上のために何か持って帰らなくてはとこぼしていたが、成果が楽しみである。


 ハーディスは六本足の羊、ハディアの群れを白い鮫に見守らせながら、今夜彼らを集めておく場所に簡易的な柵を用意していた。がしゃがしゃと音を立てて広げていく柵を紐で括り、さっさと広い敷地を確保している。

 実はそこにはさっさと足をたたんで座り込んでいる、ゾールという馬のような生き物が数頭いて、その顔の前に木桶を持って立っているシャオクの姿もあった。

 シャオクはカシャーに見守られながら、ゾールに餌を与えている。木桶に入った餌をゾールはもりもり食べており、それを見るうつろな目のシャオクもどこか穏やかな表情をしている。


「そちらの様子はどう?」

「今日は穏やかです。独り言も多くありませんし、うたた寝をしていたときも苦しそうではありませんでしたから……」


 こちらのやりとりに、シャオクはそれには反応しない。自分について話しているとは思っていないのだろう。


「声掛けはまだ?」

「はい。何のお返事も……」

「でも子守歌は効果があったなら、聞こえていないわけじゃないのよね」


 そう言うとカシャーは何とも言えない苦い顔になった。

 これはアカリからのアドバイスだ。シャオクが呪いを受けて夢の中で苦しんでいると知り、彼女はこう言った。


『これを悪夢の一種と見なせば、落ち着かせるくらいはできるよ。昔からぐずる子供には効果てきめんなやつがある』


 そうしてカシャーに、シャオクが眠るとき、うたた寝で苦しんでいるときに、子守歌を歌うように教えたのだ。

 何を馬鹿みたいな、とカシャーは思ったそうだが、これも魔法なのだろう。カシャーの子守歌を聞かせるようになると、シャオクが眠っているときに苦しげにうめくことはなくなった。

 呪いが解けるわけではないが、体力の消耗は格段に抑えられる。ひいてはそれが精神の摩耗への対策になる、とか。


「早く呪術師を見つけないとね。そういうのは占えるの?」

「いえ、わたしたち……わたしやウェフダーには、呪術師につながる縁がないようです。何も見えません」

「あら」

「ですが、カルサイからつながる縁が見えます。今はそこに期待するしか……」

「カルサイは砂漠の影の情報を集めると言ってるし、いろいろなことに繋がるのかも。わたしも気をつけておくわ」


 カシャーとはそんな感じで会話を切り上げる。シャオクの意識が戻るまでは、彼の介護をラティフと交代で行うしかないので、あまり他のことをする余裕はなさそうだ。


 ちなみにアカリとわたしだが、わたしたちは自分でテントを建てた後は特にすることがない。キャラバンの運営で必須の技能があってここにいるわけじゃないせいだ。その代わりに何かあると大体相談はここに飛んでくる。暇なのは良いこと、と言えた。


 まあでも、まったくやることがないわけじゃない。

 夕食の後はミシュアにラティフ、モタワ、ハーディスとわたしで集まって次の日に備えた相談会だ。ミシュアからは旅の予定を聞き、モタワやラティフ、ハーディスの発言を交えて物資の余裕や旅の危険性の確認、対応をする。

 ここにはたまに退屈そうなユスラや、占いで何か見えたカシャーが加わり意見が増える。ユスラは雨や嵐といった天候に関する警告をすることが多く、カシャーは盗賊に襲われるかもとか、魔獣に襲われるかもといった連絡が主だった。それを踏まえてミシュア翌日の移動経路を考える。場合によってはアカリを加えてキャラバンの安全を図る。ここ数日の旅ではすでに何回か魔法を綴って魔獣や盗賊を回避していた。


「明日は特に何もなさそうね」

「今のところは。……そろそろザルカバーニ入りも近くなってきましたし、魔獣や水場の心配は減ってくるでしょう」

「それ以外の心配はある、みたいな口ぶりだけど」

「盗賊の類は増えるかもしれません。ザルカバーニは独自の治安を持つので」


 そもそもがシュオラーフ、バハルハムス、ナドバルのいずれからも独立した隠れ都がザルカバーニだ。そんな土地に治安の高さを期待できるはずもない。


「いよいよ目的地ねぇ。楽しみだわ」

「……そんなのほほんと言える場所ではないんですけどね、本当は」


 ミシュアはなんとも言えない顔で夜空を仰ぐのだった。

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