第23話 守護神像攻略戦(1)

 シュオラーフの守護神像、狩人には三大魔獣サルアケッタの名前で知られる岩巨人は、体に突き刺さった複数の起爆矢が白い光を上げて爆発したことで目を覚ました。

 立ち上がる巨躯は山のように。巨大な影が月下に広がり、己に向けられた敵意を覆う。


「サルアケッタは岩の塊だ。一説には流砂の底にあまりに大量の岩や砂が流れ込んで固まったものに、死者の怨念が張り付いて生まれた魔獣だと言われている」


 狩人ラティフはついてきたわたしにそう説明した。

 カルサイはすでに一人前に出ている。彼は最前線でサルアケッタの意識を引きながら細かく脆弱化の呪いを刻む役割だ。


「アレを倒すには核を破壊しなきゃならない。だが核を破壊するにはあの硬い岩の塊を削り倒さなきゃならない。あんたに手立てはあるか?」


 ラティフはすでに大弓を構えている。大弓には複雑な模様が刻み込まれており、その一部が白く輝いて加護を与えていた。

 散弾、浄化、貫通爆破、威力増大。火力を上げるための加護を起動し、機動力や射程延長の加護は機能停止。かろうじて緊急回避の突風の加護だけは残している。


「本来なら部族の狩人総出の大仕事だ。出来ることがなくたって恥じゃねぇぞ」


 ラティフは気遣いつつも、その目をサルアケッタに向けている。視線の先には、足元で走り回るカルサイの姿。

 彼が振るう大鉈には黒い炎がまとわりついていて、振るうたびに炎が岩の体の内側へと潜り込み亀裂を増やしているように見えた。

 しかし、ラティフが言うには「思ったより脆弱化の通りが悪い」らしい。


 わたしは影の海に感覚を広げながらできることを確かめていく。


「……まだ浅いから大型は無理ね。あの硬さだと小型の攻撃は通らない、か。最初は脆くするのを手伝うわ」

「手があるのか。……いや、詳しくは聞かない。やってみてくれ。こっちの想定以上の硬さになってやがる」

「前に出るわね」

「援護はできないからそのつもりでいろよ」

「はぁい」


 歩き出す。影に波紋が浮かび、荒地の上を波打っていく。

 わずかに香る潮の匂い。

 気のせい程度の潮騒。

 わたしが落ちた奈落の海を影の底から引き摺り出す。


「呼び起こすは始まりの大津波。原初の海よ、我が声を頼りにおいでなさい」


 波打つ影が気のせいではなく音を立て始めた。わたしの足元から立ち上り、大地を濡らして広がっていく。

 アカリの言う通り、今夜限りはこの大地はわたしの海だ。

 黒い波の中から煌めく鱗の小さな魚が現れる。触れれば体が削れるような硬さと速さで泳ぐ小魚が、銀の波を描いて進んでいく。


 サルアケッタもそれに気づいた。足元を浸す程度の水面で、体を削る波飛沫と輝きに。

 巨体が動き、大きな足が大地を鳴らす。

 影の海が水飛沫をあげ、巻き込まれた銀鱗魚が血と肉片を撒き散らした。

 だが眷属の死は呼び水だ。血の匂いを嗅ぎ取って、さらに深くから次なる眷属がやってくる。


「やはり貴様も魔獣か」


 いつの間にかカルサイが近くにまでやってきていた。

 スタミナ切れ。大鉈を担いで息を整えつつ、サルアケッタとわたしを油断なく観察している。


「数年前に海に落ちてからこうなってしまったの。普段はあまり使い所のない力だけど、こういう時は役に立つわね」

「そうか。……人の手に余る力は心を狂わせる。気をつけるがいい」

「いつか、そうなってしまったら、みんなが躊躇わずにわたしを殺してくれるといいのだけれど」


 今のところ期待できそうなのはアカリだけだ。エスフェルドはあれで案外心根が優しいので、わたしに関してだけは信用ならない。惜しいところだ。

 カルサイは表情のない瞳でこちらを見て、口を開いた。


「そうなったら、俺も手を貸してやろう」

「助かるわ。でも今はサルアケッタをどうにかしないとね。このまま波と眷属で体を削っていくつもりだけど、あなたはどうするの?」

「呪いが通らん。こちらの刃は岩を削ることも困難だ」

「そうよねぇ。鯨を一人で解体しようとしてるように見えたわ」

「手を変える」


 カルサイは大鉈を背負うと、左手の袖口をめくった。そこには何らかの機構がついた手甲をはめている。機構の正体は矢の射出装置だろうか。


「杭を打ち込む」

「それも呪いなの?」

「そうだ。普段なら拘束と浸透毒だが、毒の方は意味がない。こちらを脆弱化の呪いに切り替える」


 その後、ラティフの攻撃で表面を剥がして核を露出させ、ラティフかカルサイのどちらかが何とかして核を破壊する、という流れらしい。

 核が本当に存在するのか、体のどこに存在するのか、破壊手段は足りているのか……そのあたりは出たとこ勝負だ。


「わかったわ。わたしも何とかしてみましょう」


 正直海辺、例えばバハルハムスで戦うなら負ける気はしないのだが、それだとバハルハムスは大津波に飲まれて再起不能だ。かと言ってここでは振るう力にも制限があるし、何よりわたしの力は日が昇るまでの時間制限付き。波で削っていくのでは遅すぎる。


「あなたが動きやすいようにサルアケッタを拘束するわ。どの程度効果があるかはやってみてのお楽しみ。乗る?」

「いいだろう。初手は譲ろう」

「あなたは気にせず杭を打ち込みたいところに向かって。今夜限りはサルアケッタの頭の上から落ちても助けてあげる」


 カルサイが走っていく。その背を押すように影の海の流れが変わり、カルサイは滑るように急激な移動を始めた。

 海がここにあり、海神が立っているのだから、海の上を行く者に加護を与えるのはたやすいことだ。

 そしても本命。わたしは影の海の底からやってくる眷属の一つに指示を飛ばす。


 間もなくして、海が膨らみ、破裂するように飛沫を上げた。

 巨大な触手が海を割って飛び出すと、サルアケッタの足に巻きついていく。

 拘束されるサルアケッタ。そのまま力任せに引きずられ、岩の巨人は膝をついた。


 すると今度は、赤い輝きが煌めいて、目を焼くような光を放った。

 稲妻を思わせる轟音が炸裂した。


 一本目の杭が突き刺さり、サルアケッタが初めて苦痛に声をあげたのだった。

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