第21話 狩人達の集い
アカリがこの板を抱えて夜の荒野に出て行った頃、わたし達は岩場にできた洞窟にいた。
この洞窟は水呼びのユスラが見つけたもので、奥の方には湧き水があり、小さな水場ができていた。サウリ丘陵をはじめ、セルイーラ砂漠の荒れ野にはこういった明日には枯れてしまう水場が案外多いらしい。
「わたし達の務めはこういう水場を見つけて保全したり、キャラバンのために長く使えそうな水場を封印したり再利用したりすることなんだけど、本当はもう一つあるの。それが未発見のオアシスを見つけること。この砂漠に新たな住処を見出すことが水呼び最大の使命なのよ」
水呼びのユスラはそのように説明した。
ユスラは神官のような白い長衣を着た少女だ。縁を飾る銀の刺繍は美しく、青い上着はひんやりと涼しい。フードを被れば闇に溶け込み、面を上げれば夜空にまたたく星のように煌めいて見える美少女だ。
それにしても、目立つ。
ありていに言えば盗賊に狙われそうな可憐な少女だ。実際、口さえ開かなければ彼女は部族で一番の美人なんだとか。
衣装は水呼びの共通のものだからと言い訳は出来ても、トータルで見るとちょっとこれは言い訳が出来ない。財宝の詰まった宝箱が蓋を開けたまま流れてくるようなものだ。
ミシュアはよくこの娘を連れてこようと思ったものだ。
わたしがそう思う一方で、ユスラもミシュアには一言もの申したい気分だったらしく、こう言った。
「にしても、あいつは客を置いてどこ行ったのよ」
「あたりを見てくると言ってましたけど……」
コーレが困ったような、遠慮がちな声で言う。
わたしは片目を瞑って意識を延長した。眷属経由でミシュアの様子を見る。見つけた。
「大丈夫、死んでないわよ」
「いや、そんな心配してないけど……。何、わかるの?」
「そんなところ」
「ま、深くは聞かないわ」
ユスラはあっさりと話題を引っ込めた。
それからしばらくしてミシュアが戻ってきた。彼は難しい本を読んでいたようなしかめ面だ。
「よーやく戻ってきた。なんか成果はあったの?」
「確認なのですが、この辺りに水呼びの気配はありますか? 船以外で」
ミシュアの声はなにやら切羽詰まった様子だった。ユスラは顔をしかめながらすぐに答える。
「はぁ? 無いわよそんなもん。サウリ丘陵にいる水呼びはわたしだけ。……いや砂上船にもいないってどういうこと? あいつら自殺志願者?」
「それはそれで気になりますが、今は置いてください。それより、わたしが調べたところ、ごく最近この辺りで野営をしていた跡が見つかりました」
「まあ、元々サウリ丘陵はシュオラーフとバハルハムスの一番近くてよく使われる地域でしょ? それくらいよくあるんじゃないの?」
「ここと同じような洞穴ですよ。多くて四人程度。キャラバンではあり得ません。しかしバハルハムスやシュオラーフの斥候ならわたしにバレるような後始末の仕方はしないはず」
「回りくどい。何が言いたいの」
「何者か、得体の知れない人がつい最近までこのあたりにいたから警戒してる、という話でしょうね」
わたしはそう言いながら立ち上がった。
「どうしたの」
「守護神像にしかけようとしてる人達がいる。三人」
「はぁ? どこの誰よそんな無謀な馬鹿は」
「ここにもいるわよ。それより、会ってみましょう」
「え。行くの? なんで」
「守護神像はわたしの獲物だもの」
ユスラはうわぁという顔になった。
「本気だったんだ……」
「ミリアムはずっと本気ですよ。そのうち慣れると思います」
えーという顔のユスラに、気持ちはわかると頷くコーレだった。
ともかくわたしは洞窟から出た。ミシュアとユスラ、コーレもついてくる。
「待っててもいいのよ? 危ないんだし」
「そういうわけにもいきません」
「偉い。よく言った。ミシュアもまともなとこあるじゃない」
「まあわたしは戦えないんですけどね」
「前言撤回。もう少し根性見せなさいよ」
「根性でどうにかなりそうなら、あなたもついてこないのでは?」
「うっさい。なんかできるかもしれないでしょ」
「今出来ることはない、ということですね」
「あーげーあーしーとーるーなー」
「ミリアムはこの先は危険だと思っているんですね」
一番建設的なことを言ったのがコーレだった。大丈夫かな、この三人。
「ついてきてもいいけど、ミシュアと固まって動いてね。ミシュアは適度な距離を保つこと。わたしが戦う時には絶対に三人とも近寄らないように。それは守ってね」
話しているうちに、例の人達を見つけた。
三人組は全員男だった。わたし達が近づいていく頃には二人はこちらに気づいていて、片方が巨大なナタのようなものを担ぎ、もう片方が大弓を担ぎながらも手には槍を構えていた。二人に守られるようにして、背中を曲げた小男がこちらを窺っている。
「ん? あれ? もしかしてモタワ? それにカルサイにラティフじゃない。うっわ懐かしい。久しぶりねぇ」
「おや。おやおや、ユスラ様。おひさしゅうございます。お元気そうでなによりです」
小男がひょこっと前に出てきた。彼の骨ばって長い手をユスラは嬉しそうに両手で握る。
後ろでまだこちらを警戒している二人も、ユスラを見て少しだけ肩の力を抜いたようだった。
「ユスラの知り合い?」
「そうよ。三人は狩人の部族なの。昔、バハルハムスに吸血鬼が出た時に退治してくれたのよ」
それぞれ、小男がモタワ、ナタの男がカルサイ、大弓と槍の男がラティフだ。
モタワはこの三人組の中では唯一戦闘力がなく、代わりに武器の調整や作成、装備一式の調達などを担っている。後の二人はそれぞれ別の部族の狩人であった。
「吸血鬼の件が片付いたのは、お前のおかげだ」
ナタを持った男が言った。乾いて、掠れた声だ。ユスラに声をかけている今も、小さな黒い瞳が黒髪の下からじっとわたしを観察している。
「そういえば三年前のバハルハムスで、吸血鬼が出た、と聞いたわ。その話かしら」
「よく知ってるのね。あなた、最近来たばかりなんじゃなかったっけ?」
「コーレが教えてくれたのよ」
「あ、ええ、はい。学院の記録に残っていましたから……」
「そいつはなんだ」
カルサイは話題をぶった切った。ユスラがじろりと睨む。
「こら。初対面の人になんて口の聞き方するのよ。あんたそういう態度だから誤解されるって前にも言ったでしょう」
「覚えていないな」
「おい!」
「それに、誤解ではない。今回はラティフと意見が一致している」
「えぇ? どういうこと?」
「それはこっちが聞きたい話だ」
改めてカルサイとラティフが前に出てきた。押し除けられたユスラが文句を言っている。ラティフが見ているのはわたし……ではなく、ミシュアのようだ。
「お前、客を選ばないにも程があるだろ。なんだこいつは」
「何と言われましても。わたしの雇い主ですが、何か?」
「何か、だ? それはこっちが聞きたいね。人の形をした魔獣なんざいくらでも見てきたが、こいつはそんなのと比べ物にならん。お前はいつから魔獣まで客だと言い張るようになった。お前も影に落ちたか?」
「そんなわけないでしょう。まあこちらの雇い主が少々常軌を逸しているらしいというのは同意しますが……」
なんか失礼なことを言われているけれど、どうやらラティフとミシュアは知り合いらしい。これなら話が早そうだ。
「期せずして戦力が増えたわね。あなた達もあの守護神像を倒しにきたのでしょう? 一緒にやっちゃいましょう」
……あれ? 反応が無い。話を早くしすぎたか。
会話の流れをぶった斬ったわたしの提案は、その場の全員に硬直の呪いをかけたようだった。
「違ったの? それならそれで獲物は独り占めしちゃうけど……」
「おい、なんだよこいつ」
代表してラティフがそう言った。ミシュアも困り顔、コーレはどうなってしまうんでしょうねと遠い目。モタワとユスラは呆気にとられている。顔から読み取るに、「この流れでそれ言う?」といったところだろうか。
「共闘か。いいだろう。どうせもう始めるところだ。俺たちの邪魔にならないなら、好きにしろ」
カルサイだけが復帰した。そして、始めるぞ、とラティフに言う。
「おい。この状況で言うことがそれかよ!?」
「そうだそうだー。もっとちゃんと説明しろー!」
ラティフとユスラが抗議する。後ろでコーレもこくこくと頷いている。
カルサイはふんと鼻を鳴らした。
「どうでもいい。俺たちの目的は変わらん。確かなのは、三大魔獣の一角を狩る機会など、この先あるかわからんということだけだ。戦力が増えるなら歓迎だと、お前も言っていただろう」
「いや言ったが、言ったがなぁ。まだこいつがなんなのかもわからねぇんだぞ!?」
「構わん。役に立たなければ死ぬだけだ。怪しければ事が済んだ後に狩ればいい」
「そうね。それより三大魔獣というのは何かしら。初耳なのだけれど」
「生き残ったら話してやろう。行くぞラティフ。時間だ」
「くそっ。仕掛けの時間をもう少し伸ばしておくんだった!」
ラティフは頭をガリガリ掻きむしって、槍を背負い弓を手に走り出した。カルサイもそれに続く。
まあいっか。話はまとまったし。
「わたしは予定通り、守護神像を落としてくるわ」
「これが予定通りですか……まあ、わかりました。あなたが狩人に襲われないように話しておくので、やり合う前にこちらに戻ってきてください」
「わかったわ」
かくして、なし崩しに守護神像攻略……改め、三大魔獣サルアケッタ討伐戦が始まった。
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