第18話 砂上船団攻略検討
「アカリ、これからどうするの?」
「そうだねぇ。戦争への介入についていくつか考えてたけど、基本的にはわたしが船に忍び込んで船を奪う、ミリアムには守護神像を壊すかダメージを与えて退かせてほしい」
「わたしが船じゃないのね」
「海賊船なら任せるんだけどね、今回は誰が乗ってるのかわからないから、わたしが対応する」
ちなみにこれはわたしの身を案じてるわけではなく、わたしがやりすぎることを危惧している。単に乗組員を殺し尽くせばいいのならアカリもわたしに放り投げるだろうけど、今回のアカリの目的は悪夢発生の回避だ。
戦争の成立、大量の人死、民間人への影響の波及。悪夢に結びつきそうな出来事をなんとか避け、戦争という問題を先送りにする。これが彼女のやりたいことだ。
わたしだと「もしもの時」にやりすぎる。
「戦争に関しては守護神像を駒落ちさせたら向こうの戦略は崩せると思う。念のため、船にも忍び込んで火砲の類があったら潰すつもり」
陸上戦力で戦わざるを得ない状況に追い込んで、撤退させる、もしくはいつもの儀礼戦争程度の成果しか得られないような状況に落とし込む。アカリの目論見はそういうものらしい。
「船の上では出たとこ勝負。最悪船は確保できないけど諦めて」
「そうね。任せるわ」
自分で船を奪いに行けなくなった時点で、わたしはその目標をできたらいいなくらいの優先順位に落とした。アカリに便乗して冒険をしているのに、それを邪魔することになっては本末転倒だ。
船は他の方法で手に入れよう。
「そうと決まれば話は簡単だ。わたし達はこれからサウリ丘陵に向かう。船を見つけたら夜まで待って活動開始。ミシュアはわたし達を案内した後はケトルカマルに戻って連絡を待っていて」
「一ヶ月連絡が来なかったら商会からは契約金が届くようにしておくわね」
じゃあこれで決まり、と思ったところ、ミシュアが口を挟んだ。
「何を言ってるんですか。うまくいった後にサウリ丘陵からどうやって帰るつもりですか。案内人なしで」
「そこはわたしがなんとかするつもりだけど」
アカリはそう言ったが、ミシュアは首を振った。
「あなたならできるのでしょうが、それはさせられません。オアシスでもないところに客を置いていくのでは案内人とは言えません。掟にもあります」
「んー……掟にあるならしょうがないか……。わかった。それならサウリ丘陵に着いた後はミリアムと行動を共にして」
「おや。あっさり認めますね」
「君たちが掟を持ち出した時に引き下がるとは思えない。加護を全て失って部族から抜けるならともかくね」
「そうなの?」
あまり例はないらしいが、全くないわけでもないそうだ。少なくとも掟に従わねば加護を得にくくなり、案内人なら方向感覚の掴めない目的地が増えるという。
「まあ、そうなることもある、とは聞きますね。……よくご存じで」
「ご存じではないんだけどね」
「は?」
「じゃあこの方針で動こう。懸念や提案があるなら今のうちに。どう?」
アカリが尋ねると、わたしたちは一斉に考え始めた。この後はミシュアにサウリ丘陵へ案内してもらうから、これが事前準備や相談ができる最後の機会だ。
「そういえば……第三王子が船にいるはずですよね。こちらはどうするのですか?」
コーレがふと思い出したように言った。
アカリは頷いて答える。
「別段どうする気もないかな。捕まえてバハルハムスに渡しても、わたしが殺しても、シュオラーフは黙っちゃいないだろう。それは戦争の影響と同じくらい世情の安定によろしくない。できればシュオラーフ内部で誇れるけど立場はあんまり変わらない程度の土産を持たせてお帰り願いたいね」
「そうですか。……あと、王子がいるなら護衛もいるはずですよね? それに王子は将来の側近候補として専任の占い師なんかも置いていると聞いたことがあります。ミシュアならもっと詳しいことを知りませんか?」
「第三王子シャオクについている側近候補は、騎士ウェフダーと占い師カシャーですね。ウェフダーは生まれも育ちもシュオラーフで、彼自身王家の傍流とされる血筋です。継承権を放棄することで王家の守護騎士という立場を確立していると聞いています。カシャーについてはよく知りません。シャオクが直接見出した市井の占い師だ、という噂はありますが、噂だけで言えばウェフダーも不義の子という話もありますからね……」
「わたし、調べてもらいます。ですので、すぐに情報を共有できるようにわたしもついていきたいです」
アカリはあちゃーと額に手を当てて天を仰いだ。ミシュアは苦笑している。
「戦いの現場なんて自分から首を突っ込むものじゃないよ」
「知っています。でも、なんというのか……無視してはいけない気がするんです」
だめでしょうか、と聞かれて、アカリは何も言わずに首を振るしかなかった。それは降参と同義だった。
アカリの代わりにわたしが答えた。
「わかったわ。でもわたしのそばにいること、わたしの指示に従うこと。約束してね」
「は、はいっ。ありがとうございます」
「お礼はいらないわ。死ぬかもしれないんだから」
優しさの一つでもあれば止めるべきところだ。
魔法使いの優しさは、向ける相手にだけは伝わらない、なんて話があるが本当かもしれない。
「しかし、それなら少し待ってもらえますか。わたしだけでなくコーレも来るなら、いざという時、ある程度の時間砂漠を旅できる準備が必要です」
「キャラバンを立ち上げる時間はないわよ? 獣使いや大量の獣を連れていくのもなし」
「可能なら十人程度の小規模キャラバンにしたいところですが、そこまでできないのはわかっています。それでも水呼びは連れていくべきです。水呼びがいるだけで砂漠での生存率が大きく異なる」
水呼びというのは、セルイーラ砂漠でオアシスなどの水源を管理する部族のことだ。キャラバンの旅には最低でも一人の水呼びが同行し、旅の休息地における水源管理や、雨乞い、旅の時だけ使う封印地の水の解放と再封印などを行う。
「わかったわ。心当たりはあるの?」
「あります。すぐに呼んできます」
アカリがパン、と手を打った。
場が、静まりかえる。
「そっちはもう任せる。旅の準備までできたらここで集合しよう。コーレは調査のことをウェス教授に報告して旅装に着替えておいで。ミリアムはミシュアに同行。時間が惜しい」
アカリはそう言うと、自分は何をするのかも言わずに席を立った。
呆然としていたコーレは慌てて立ち上がり、ミシュアも少し遅れて席を立つ。
「焦っているのでしょうか」
急に我慢の限界を迎えたように行動を促したアカリに、ミシュアは怪訝そうだ。
実際、アカリにしては珍しい反応だ
「なんとなくだけど、現地では想定外の混乱が起こる気がするわ。……ちょっと楽しみ、ね」
ミシュアに正気を疑う顔をされてしまった。失敬な。
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