第66話:最後まで食べさせてBLTサンド
◆ ◆ ◆ ◆
昼になってお腹が空いた僕らは、HENSAYAコーヒーに移動したのだが。
「だいぶ混んでるわね」
「人気店だからな」
お昼時という事もあって、店は相変わらず繁盛していた。
空席が、少ない。
「あら、それだけではないみたいですわね」
サユさんが指差す先には、ノートPCを広げてFPSをやっている大学生。
その隣には参考書とノートを広げて勉強をしている高校生。
忘れていた。この店が大学と予備校に近いということを。
そういう人達が集う場所だったことを。
ていうか、邪魔だから速やかにどいていただきたい。
「いかがでしょう部長。待っていると八巻先輩が空腹で暴れだしそうですので、ここは分散して座っては?」
「……別に暴れないけど」
空腹で機嫌が悪いのか、八巻さんはむくれていた。
「しょうがない、そうしよう」
後で嫌味を言われるのも嫌だしな。
そんな訳で適当に座った僕達は、おのおのが注文したサンドを食べ始める。
向こうの方で八巻さんと九蟠さん、それに今城がBLTサンドにかぶりついている。
その隣では藤井さんと六島さんがサンドそっちのけで時代小説談義をしていた。
僕の眼の前には、サユさん。
おちょぼ口でベーグルサンドをついばんでいる。
今日の親睦会で、部員全員のギクシャク感がだいぶ薄れた気がする。
ベーグルを小鳥のようについばむ彼女がいなければ、ずっとギクシャクしていただろう。
お礼の気持ちだけでも、伝えないと。
「サユさん、今日はありがとうな。本当は部長の僕がこういった企画を考えないといけないんだけど」
彼女は食べていたベーグルサンドを皿の上に置く。
それから上品そうに口をナプキンで拭いて、微笑んだ。
「どういたしまして。私も今はここの一員。ベストを尽くしているまでですわ」
今日も冷静に場を見て、必要な助言をしてくれる彼女。
つい最近部に入って来たばかりなのに、幾度となく助けられた気がしてならない。
最近よく悪夢を見るようになった。
僕が誰かを選んで、そのせいで部が空中分解して、別の誰かが壊れて……。
その夢の中でさえも、彼女は必死になって助けてくれていた。
でも、最後はバッドエンド。
僕が××されたり、誰かが誰かに××されたり……
目覚めた後、起こった惨劇が夢であることを確認して安心する。
きっと、どこかで読んだラノベの影響なんだろう。そう信じたい。
「考えすぎてはいけませんわ。起こらないことは、なかったこと。ですわ」
彼女の顔に、若干の憂いが混じっているような気がした。
何か知っている。そんな風に見えた。
「サユさん、君は一体何者なの? 時々僕らよりずっと年上に思える時があるんだけど」
「あら、私はただの女子高生。15歳ですわよ」
彼女はひらっと取り出した扇子で、口元を隠す。
それから少しいたずらっぽく微笑んで、こう言った。
「確かめてみます?」
確かめるって何をだろう?
……少し想像して、恥ずかしくなってしまった。
「ウフ、冗談です。姉様と違って、私が出来るのはダウンジングで探し物をするぐらいですわ」
「そういうのが出来るんだ。なら、ちょっと探してほしい物があるんだけど」
「いいですわよ。何をお探しでしょう」
「盗聴器」
「あら、穏やかじゃありませんわね」
「まぁね。それを部室──」
ん、なんだ?
八巻さんが座っている辺りが騒がしい。
どうしたんだろう。
「想定外が起こったようですわね。部長、行ってあげてくださいまし」
◇ ◇ ◇ ◇
BLTサンドをかじりながらわたしは思う。
確かに今日は上手く行った。ぎこちなさはなくなった。
だけど、神代君・わたし・六島さんの三角関係(?)はそのままだ。
なんとなく今日も爆発せずに済んだけど、いつまで小康状態が続くのだろうか?
「ちょっと失礼」
わたしの思考が、声で中断された。
いつの間にか空いていた隣の席に、東高の制服を着た数名が座ってきたのだ。
そして、そのうちのボサ髪メガネ男子がこっちに話しかけてきた。
「君が文芸部の副部長、八巻世知恵さんだね?」
「……アンタ、誰?」
「
そう言うと、ボサ髪はメガネをクイッとする。
なんだろう、こいつからは嫌な雰囲気がする。
「そんな名前知らないわ。折角後輩たちと親睦を深めているのを邪魔しないで──」
「『科学研究発表同好会』の会長と言えばわかるだろう、マキマキさん?」
コイツ、神代君が言っていた……敵か。
後輩たちは緊張の面持ちとなり、わたしは思わず握っていた手に力が入る。
「アンタね。アンタが私達の邪魔をする、七日市先生が作った同好会のボスね」
「まだ邪魔はしていないが。わかっていただけて何よりだ」
「ええ。その顔、心に刻んだわ。それから、わたしの事はマキマキと呼ばないで。親しい人以外から言われると、鳥肌が立つの」
「ご挨拶だな。まぁいい。それにしても、キミらはこんな所で何をしているんだ?」
「だ・か・ら、親睦会って言ったじゃない。聞いてなかったの? ていうかそれならアンタらは何やってたのよ?」
「俺らの所も新人が入ってね。でも科学の何たるかがわからない子がいるから、研修さ。池多動物園の近くにうってつけのがあっただろ」
そういえば近くに生涯学習がテーマの施設があって、プラネタリウムもあったな。
科学に関する展示物も数多くあったような。
「わたし達とおんなじじゃない」
「こっちは活動報告も行う正規の部活だ。動物園で親睦会を行うキミらとは違う」
いちいち指摘して……面倒なヤツだ。
ていうか、なんで動物園に行ったって知っているんだ?
「ま、今のうちに親睦でも深めればいいさ」
「それ、どういうこと」
関はニヤッと笑った。
ああ、コイツの笑顔だけで鳥肌が立ちそうだ。
「うちの編集長に何ちょっかい出してるんだ?」
いつの間にか、神代君が近くにやって来ていた。
「変なことしたら、怒るぞ」
神代君、ちょっとキレてた。その後ろからサユちゃんが、「まぁまぁ、怒らないでくださいまし」と言いながら背中をトントンしている。
「ハイハイ。怒ったダンゴムシは迷路の壁を登って逃走するんだったっけ。イッキーにはかなわないな」
関が言ったそのセリフは、いつか部室に侵入者があった時に神代君が言ってたセリフだ。なんでこいつ知ってるんだ?
「フフ、そのうちわかる……ああ、予告として特別に教えてやる。学校に持ち込みをするPCの申請はちゃんとやったか?」
「……え? もちろん、やってるわよ」
「せいぜい今のうちに部誌を完成させておくんだな」
「それ、どういう──」
わたしが抗議しようとしたその時、
「あの、そちらの席の料理をお持ちしたのですが、よろしいでしょうか?」
声の方を見ると、いつの間にかウェイトレスさんが立っていた。
わたし達に料理を持ってきてくれたのとは違う子だ。
カチューシャの下でプラチナ・シルバーの長髪が、清流のようにきらめいている。
メイド服風の給仕服越しにも際立つプロポーションに、思わず目を奪われる。
あれ、この子……確か今年の入学式で、新入生代表の言葉を読んでいた子じゃなかったっけ。
「俺達はこれから昼を食べながらミーティングだ。俺達のパクリ部、『疑似科学同好会』の対策を考えないといけないんでね」
関はそう言うと、プラチナ髪のウェイトレスをにらみつけた。
どうもこの二人、因縁がありそうだ。
それからわたし達に『あっちへ行け』のハンドサインをした。
もう、話すつもりはない。そう言っているようだった。
「みんな、行こう。こいつがいると折角のサンドがまずくなる」
神代君がわたしの手を引っ張って外へ出ようとする。
食べ終わっていた後輩達も、それに
「あ。え。わたしのBLTまだ一口残ってるのに!」
結局そのまま外に引っ張り出された。
わたしのBLTが……。
活動日誌:4月29日
八巻先輩が最後の一口を食べられず、すねてしまいました。
そこで
ここ数日、顧問とのいざこざや人間関係で部がギスギスしていました。
ですが上手く部の親睦が図れましたので、空中分解することはないでしょう。
ただ、今までにない想定外『科学研究発表同好会』は今後注意が必要です。
そうそう、銀髪の子は私のクラスメイトでして。
後で関さんのサンドに辛子をたっぷり入れるようお願いいたしましたわ。
次回予告:『教教育実習生と過去にあった"何か"』
先日部室にやってきた乙多見が教育実習生としてやってきた。
さっそく神代のいる二年C組にやってくる。彼はなんとか過去の事を聞き出そうとするが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます