第65話:モフモフ親睦会
◇ ◇ ◇ ◇
ゴールデンウィーク初日、朝10時。
街より少し高い場所にあるとはいえ、池多動物園はちょっと肌寒い。
長袖にしておいてよかった。
「全員集まったか?」
「ううん、イマジョーがまだ」
「またあいつか」
その横で、
「なんで子供みたいなことをボクが……」
九蟠ちゃんのいでたちは、カーゴパンツにブーツ、それにパーカーとラフな格好。
ちょっと遠くから見れば、男子が文句タラタラしているように見えるだろう。
「まぁまぁ、機嫌なおしてくだしゃい」
それをなだめている藤井さんは、明るい色のブラウスにテーパードパンツ。
髪はゆるめのローポニー。大きめの帆布バッグに文庫本が何冊か入っていた。
動物園というよりは図書館に行きそう。
その隣には
彼女は黒い襟無しシャツに黒いロングプリーツスカートと、ミステリアスな雰囲気。
本当に陰陽師じゃないのこの子。ショルダーバッグから御札を出してきそうだ。
そのサユちゃんは口元を扇子で隠しながら、
「六島先輩、アピールされたいのはわかりますわ。でも、その格好大丈夫でして?」
〈汚れないように気をつけるから大丈夫。問題ない〉
そうお気持ちノートを見せた後、スマホをじっと見ている。
六島さんは、白い長袖マキシワンピに、黒いジャケットを羽織っていた。
一応動きやすいように靴はスニーカー。髪は背中ぐらいでまとめられている。
綺麗めコーデだけど、マスクとゴーグルが台無しにしている。
「さっきからずっとスマホ見てるけど、どうしたの?」
〈Web小説サイトのコンテストに応募してる〉
「へぇ、そうなんだ。順位とか気になるの?」
〈それより、面白い作品がたくさんで目が離せない〉
書けないわたしからすれば、コンテストなんて未知の領域。
正直、うらやましい。
10分遅れて、今城君が走ってきた。
「すんませんッス……踏切でこけたお婆さんを助けようとして、遅くなったッス」
もうちょっとマシな嘘つこうね?
一応紹介すると、男子二人はGパンに長袖シャツとものすごくラフだ。
「ていうか神代君、一昨年わたしと一緒に選んで購入したカットソーとか綿パンとかはどうしたの?」
「汚れるとなんか、悪い気がして」
大切にするのはわかるけど、こういう時は着て欲しいのよ。 乙女的に。
ま、わたしも動きやすくて汚れても良いように濃い色のGパンとブラウンの長袖カットソーだから、あんまり人のことは言えない。
「ともかく入場しようか。最初から『なかよしふれあい広場』でいいんだな?」
「うん、そう。開始まで時間がないし。ほら九蟠ちゃん、いつまでもゴネてないで行くからね……あれ?」
彼女は
「神代君、九蟠ちゃん知らない?」
「いや。さっきまでいたけど」
まさか、逃げた?
「九蟠ちゃんなら、走って行ってしまいましたわ」
うそーん。
「私達も急いで行きませんこと?」
サユちゃんの言う通りだ。追いかけよう。
◇◇◇
受付を済ませて広場に入ると、既に九蟠ちゃんがいた。
地面にぺたっと座り、ウサギをヒザの上に二羽乗せて、ナデナデしている。
更に、左右にもウサギを
「園のウサギを独り占め……ウサギのハーレムか」
神代君がそんな感想を漏らす。
わたしもウサギ狙いだったけど、仕方ないのでモルモットがいる場所へ移動する。
「かわいい、かわいい」
九蟠ちゃん、なでながらそれをずっと繰り返している。
いつも六島さんにシロタビ・クロタビを独占されている彼女。
羨ましく思っていたのだろう。
「んふふ。ほら、来てよかったでしょ?」
モルモットをなでながら、ドヤ顔で言うわたし。
「……負けを認めます」
「独り占めはルール違反だから、他の子もなでなでしてみない?」
「──はい」
連れ立って、ヒヨコの所へ移動した。
わたしは一羽のヒヨコを両手ですくい上げると、九蟠ちゃんの方へ差し出した。
「九蟠ちゃん、受け取って」
「あ、はい」
ほんの少し、彼女がこっちへ近づいた。近からず遠からず微妙な感じで。
その後は二人でもふもふした。
少しくらいは距離が縮まったかな。
「よしよし、いい子だな」
「部長、ヤギって意外と大人しいんスね」
神代君と今城君は向こうの方でヤギに餌をやってほのぼのしている。
〈キバタン、お話ししましょう〉
『……』
六島さんがお気持ちノートをキバタンのチーちゃんに見せている。
会話が出来るオウムのチーちゃんも、これにリアクションするのは難しいだろう。
「む、六島先輩。ふ、不肖、私が通訳いたしましゅ」
頭を傾け少し考えてから、こくりと頷く六島さん。
藤井さんはノートを受取り、たどたどしく読み始める。
「チーちゃん、こんにちは」
『コンニーチワー、コンニチワー』
「聞いてキバタンのチーちゃん。ちょっと言いにくいんだけど」
『イッテミロ! イッテミロ!』
「友達と同じ人を好──」
『……』
「先輩、これは鳥に答えられる問題ではないと思いましゅ」
〈ガックリ〉
「わ、話題を変えないと! む、六島先輩、動物はお好きでしゅか?」
〈モフモフ系大好き〉
六島さん、何を書いて藤井さんに見せたんだろう。
ま、ともかく仲がよくなってなによりだ。
パシャパシャ
サユちゃんはわたし達の様子を大きなカメラで写していた。
これだと乃梨子じゃなくて蔦子じゃん。
「流石に動物園でドローンは許可されないので、今日はコンデジです」
「コン……デジ?」
「コンパクトデジタルカメラの略で、一般的に
「よくわからないけど。後で全員に画像送ってね」
「はい。もちろんそのつもりですわ」
流石、気配りができる子だ。
◇ ◇ ◇
モフるのに飽きたわたし達は、園を一周した。
コンパクトな動物園なので、飼育されている動物はどの子もお馴染み。
だけど唯一、この子だけは違った。
ホワイトタイガー、つまり白虎。
日本では数えるほどしか飼育されていない。
中国地方では、こことあと一箇所だけだ。
悠々とオリの中を歩くその子に、全員が目を奪われた。
「白いわね」
「堂々としているな」
「この美しさはボクにもわかる」
「動きはやっぱりネコでしゅね」
「ッス」
皆がその子を見つめる中、ふと白虎がサユちゃんの方を向く。
「あなた、幸せ?」
まるで言葉の通じる相手に話しかけるように、突然問いかけるサユちゃん。
当然答えはない。
「……そう」
目でやり取りをしたのだろうか。
彼女がそう言うと、白虎は何もなかったように、檻の中を歩き始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
僕達は出入り口付近に戻って来た。
「ここ、狭くて一周が早かったッスね。俺、もう一回行けるッスよ」
「十分堪能したでしゅ。今城はもっと女子の身になって考えるべき」
今城は理解できないという顔をしていたが、なんせ女子の方が圧倒的に疲れやすい。お付き合いしていきたいならその辺の機微を覚えるべき……
ぺちん
八巻さんにミニハリセンで頭をはたかれた。
「どうして叩く?」
「なんだか今、偉そうなこと考えたように見えたから」
君はエスパーか?
「藤井さんに言われたらしょうがないッス……」
今城は二周目を諦めたようだ。落ち込んでいる。
藤井さんにはこの調子で今城を押さえつけてくれるとありがたい。
「あ、部長。変わった物があるッスよ。ほら、あれ」
「切り替え早いな、お前」
今城が指さしたのは、ガチャガチャコーナー。
それは日本を代表する文化の一つ。
この動物園にも、ちゃんと置いてある。
だいたいが動物に関係のある物の中、一部変わったガチャガチャがあった。
『豆本・○川○ばさ文庫シリーズ』と書かれていて、実在する本のミニチュアが出るらしい。
「へぇー、こんなのもあるんだ。ちょっとやってみるか」
500円玉を財布から取り出すと、八巻さんが横から茶々を入れてきた。
「そんなの、意味があるの?」
「あるに決まってるだろ。ま、見ておいてくれ」
コインを入れて、ガチャリと回す。
どこか懐かしい感覚だ。
ガコンと、出てきたカプセルを開ける。
中身は、『夏戦争』の豆本だった。
「それ、前の金曜ロードショーで見たッス」
〈私も見た〉
今城と六島さんが食いついてきた。
「僕も見たよ。○沢○主馬がかわいいよな」
「いや、部長。○主馬はかわいいじゃなくてカッコいいッス」
〈カッコかわいい〉
そこから3人で○沢○主馬談義が始まったのだが、他の面々はちょっと引いていた。
僕達にしかその良さはわからないようだ。
「全く……くだらない物でよく盛り上がれるわね」
「くだらなくはないぞ。ほら、そこのガチャガチャ。八巻さんもどうだ?」
僕が指さした先にあったのは、少女マンガの記念ガチャポン。
八巻さんはしげしげと眺めていたが、
「ちょっと、やってみようかな」
コインを入れて、回した。
ガチャンと音をたてて出てきたのは……
「これ『黄身に届け』だ。わたし全巻持ってる」
パラパラとページをめくる。
「すごい。ちゃんと読めるようになってる!」
だろ~。
なんだか誇らしくて、心の中でガッツポーズした。
僕が作ったわけじゃないけどね。
八巻さんはうきうきでページをめくっていると、他の女子みんなが寄って来る。
「ボクそれ、映画で見た」
「フ、ニワカめ。わたしは映画だけでなくて単行本にTVアニメ版全部見たわよ」
そこからちょっと語り合う八巻さんと九蟠さん。
途中から藤井さんとサユさんも談義に加わって来た。
「風速君みたいな子、現実にいたらいいのにって思わない?」
「で、でも、ちょっと完璧すぎましゅ」
「現実離れしていますわね」
「二次元だから許されるとボクは思う」
すっかりぎこちなさは消えていた。
うん、僕の目論見通りだ。
「ほらな、ちゃんと意味があっただろう」
「悔しいけど、認めてあげる」
珍しく負けを認める八巻さん。
今日は収穫が多い一日だ。
次回予告:『最後まで食べさせてBLTサンド』
昼時になり、喫茶店「HENSAYAコーヒー」で昼食を取る文芸部員達。
そこへ、想定外の人物が現れる。
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