第43話:期待している女の子(達)


 神代君はゆっくり歩き始めた。


「先輩、第30代目の部長でしたよね」

「あ、ええ。よくわかりますね」


 神代君はいきなり白衣をカバンから取り出して、バサッと得意げに羽織る。


「面白い」


 いつのまにか、声色も変わっていた。

 また何かのモノマネだろう。


 白衣には『理科室』と書いてあったから、勝手に持ち出したのだろう。

 ──後で怒られないか心配だ。



「今からおよそ6年前の201X年10月、一組の少年少女が東高から姿を消した」

「は、はぁ……」


 乙多見先輩がドン引きしてる。


「最後に目撃されたのは旧校舎の解体現場。大捜索が行われたが見つかることはなかった。だが数日後、女子生徒が戻ってきた。まるでいつも通り、下校するかのように」


「残念な事にその子への調査結果は残っていない。まるで隠蔽されたかのように」


 手を後ろで組むと、神代君はホワイトボードに向かいゆっくり歩き出す。


「純文学を書かれてましたよね。現実にあるテーマを掘り下げて読者へ問いかける芸術」

「そういわれれば、純文学のようなもの……かしら」


「その時の部誌にいじめを題材にした作品が残っていました」

「……」


「大人達の無責任から追い詰められる二人。そして、逃れるための逃避行」


 彼は何をしようとしているんだろう?


「あの作品僕は大好きなんです。確か……」

「それは物語。現実にはありえないわ」


「あり得ない? 書いてテーマを読者へ訴えるには、必ず理由がある。僕に言わせれば」

 乙多見先輩は、旧校舎の方を見た。


「それに、僕はまだ作品名を言ってませんよ?」

「私も、作品名を何も言っていませんよ」


「グヌフフフ」

「ウフフフフ」


 神代君は変な笑い方を始め、先輩はとても優しい笑顔を彼に向ける。


実に面白い・・・・・


 そう言うやいなや、神代君はいきなり色々な言葉をホワイトボードに書き殴り始めた。

 『一組の少年少女』『いじめ』『逃避行』『匿名・流動型犯罪』『海外へ連れ去り』


「でででで、てれってー、てーてれれ、れれれー」

 鼻歌を歌い始めた。


 『一名だけ救助』『組織的な隠蔽』『助かった少女は世に知らしめるため作品を上梓』

 『"しおん"と"紫苑"は同一人物』『匿流グループアジトが捜査』


 まだ書き殴りは続く。


 鼻歌の曲を聞いたことがある。『ガリレオ』だ。

 昨日きっとそのDVDを発掘して見たんだろう。


 ……もう完全になりきっているようだ。

 わたしは部室の扉を開いて、中に入る。


「乙多見先輩、失礼します。彼ちょっと暴走を始めたみたいで」


 通学カバンからハリセンを取り出す。

 『うちのかみさんが言うんですよ』

 そう書いてあった。


 『E=mc2』『異世界転移』『プラズマ』

 全く関係なさそうな事を書いている神代君の顔を、ハリセンで思い切りひっぱたいた。


 べしっ!


「──つまり先輩は行方不明になった二人のうちの一人……だ……」

 そう言って、彼は倒れた。


 ハリセンは壊れたので、ジャンクコーナーにポイ。


 先輩はあっけに取られていたが、わたしの方を向いて言った。

「あなた、彼の相方なの?」


「はい、そうです。編集長の八巻と言います」

「私も彼のような人がいたんだけど。あなた達もなんだかとっても楽しそう」


 先輩の持っているバッグからチャリーンという音がする。

 メッセージが入ったようだ。


「あらら、土屋つちや先生との約束の時間を過ぎちゃってる。私は失礼するわね」

 乙多見先輩は立ち上がり、部室を出ようとする。


「先輩、1つだけ教えて下さい」

「1つだけですよ?」


「ある時期より以前の部誌がないんです。どこにあるかご存知ありませんか?」


 先輩は、人差し指を唇に当てた。

 しーっ。

 秘密らしかった。


 そして、本棚の向こう側を一瞥すると、そのまま行ってしまった。


 先輩の足音が廊下に消えると、部室の空気が変わった気がした。

 ──あの人、やっぱり何かを知ってる。


 ◇◇◇


 数分後、神代君が意識を取り戻した。


「あれ、僕は一体? って、なんじゃこりゃあ!」


 そりゃあおどろくでしょう。

 神代君は、足を六島さんのひざに、頭をわたしのひざに載せていた。


 ちなみに、お絵描きしりとり勝負で負けたわたしは頭を乗せる権利をもらった。

 そのかわり、チョコを先にあげるのは六島さんだ。


 彼は顔がぴゅーっと赤くなった。

 いきなり立ち上がるとシュバッと瞬間移動するように移動。


 一呼吸置いて、乙多見先輩がいたあたりを指差す。


「6年前、あなたは高校1年生。時期的にも一致します。そして今、教育実習生としてこの東高に戻ってきた。偶然でしょうか? いえ、違います! これは必然!」


「先輩なら時間が来たって行っちゃったよ?」

「あなたはもう一人を救い出す手がかりを得るため……って。あれ、そうだったの」


「匿流グループが海外へ連れ去ったとか、異世界転移とか妄想垂れ流しだったじゃない。あれじゃあ聞いてくれなかったと思うわ」


「せっかくの僕の推理が……ある程度話を聞いたらモキュメンタリー風の作品にしようと思っていたのに」


 最近流行りだもんね、モキュメンタリー……疑似ドキュメンタリー風の作品が。



〈それより、神代君に渡したいものが〉

 そうだった、チョコを渡さなきゃ。


 わたしたちは部室の隅に置いていた紙袋を持ってきた。

 そして、先日買ったチョコを取り出そうとして……。


「ない」


 わたしの紙袋は空っぽだった。

 六島さんも同じような顔をしている。


「あの、神代君、紙袋の中身はどこへやったの?」

「え、一体何のこと?」


 そう言いながら、彼はあさっての方向を向く。

 頭をかいているのはうそをついている証拠。


 知らないフリをする気?

 そんなことすぐわかるのに。


「じゃあ、長椅子の上にチョコレートの包み紙が落ちているのは何?」

〈口の端に、少しチョコがついてる〉


 神代君は袖で口をぬぐいながら、長椅子にかけよる。

 だけど、包み紙なんて落ちてない……もちろん、口の端も汚れていない。


〈うそ〉

「でも本当の嘘つきは見つかったわね」


「朝、四季の奴に持たされた弁当箱の中に入っていた手作りチョコがとても食えたものじゃなくて……口直しに……」


「やっぱり」

〈食べたんだ〉


 わたしは顔面が蒼白になる。

 六島さんは顔が赤くなっていく。


「僕にくれる予定だったんだろ。なら食べても問題ない……」


「あるに決まっとるわ!」

〈ありえない〉


 わたしはミニハリセンで神代君の頭をぺちんとした。

「こういうのは手渡しするのがいいんでしょうが!」


 六島さんはどこから出したのか、1tと書かれたハンマーのおもちゃで頭を叩いた。

〈最低〉


「でも美味しかったよ。特に六島さんのは高級な味がして……」

 二百円の差ってそんなに大きいの? いや、そんなわけない。


「知らない!」

 ミニハリセンとハンマーが振り上げられる。


「ホワイトデーにはちゃんとお返しするから、もう許してくれ……」


 わたしと六島さんは顔を見合わせた。

 ミニハリセンとハンマーは再び振り下ろされることなく、仕舞われた。


「いいわ、許してあげる。でも変なの持ってきたら許さないからね?」

〈君には期待している〉


 ホワイトデーに何をくれるのか、ちょっと楽しみだったりする。


 それにしても、あの乙多見先輩……神代君の質問をあからさまに避けてた。

 彼の推理は意外と当たっていたのかもしれない。


 異世界転移の部分を除けば。



 そういえば、四季ちゃんって料理下手だって前聞いてたな。

 どんなチョコ作ったんだろう。


「四季ちゃんのはどんなチョコだったの?」

「実は今日弁当箱を開けたら、そのすべてがチョコレートで」


 ええ?


「ご飯だけでなく、たくあん、梅干し、福神漬。全てが綺麗にコーティングされてた……クリームまで添えて……もう『漬物パフェ』だよ!」


 そう言うと、神代君は半笑いのまま泣いていた。


「折角、作ってくれたのに。僕には食べることが出来なかった……」


 わたしはポケットからハンカチを取り出し、彼に渡した。

「ほら、これで涙を拭いて」


「……食材は良かったのに……捨てるのがもったいなくて」


 ああ、神代四季ちゃんのきょうだい愛が──重い。

 だけど、神代一希君にはのれんに腕押しなのだろう。


 四季ちゃんがちょっと気の毒に思えてきた。




 それにしても、今からホワイトデーが楽しみ。

 ……ほんと、女の子達の『期待』って、どこまでも欲深い。




次回予告:『神代一希、一世一代の大舞台』

卒業式前日、八巻の前に文芸部を"分裂"させた張本人達が現れる。

一方、神代は送辞のピンチヒッターに選ばれる。わずかな時間で送辞を彼は書けるのか?


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