第39話:ドキドキDVD鑑賞会



「名前は、『ホズミハルカ』。今救急車で搬送中だ。行き先の病院は……」


 風景が、暗転する。

 俺が遅れてきたせい……なのか?



 ◇ ◆ ◇ ◆



 TVからエンディング曲が流れ始めた。


 見ていた全員、息を呑んでいた。

 幸福だと思っていた日常が、まるで砂の城のように崩れ去る。

 そんな感覚だった。

 心臓がまだドキドキする。



 グランマ・マートで『DVD鑑賞会をやろう』という話になった翌日の土曜日、神代一希かみしろいつき君の部屋にわたし、六島むしまさん、それに四季しきちゃんが集まって本当に鑑賞会が始まった。


 発掘されたアニメDVDは学園ラブコメで、序盤のストーリーはこんな感じ。


『主人公の"港 航みなとわたる"は女友達"鳴瀬瑞希なるせみつき"の紹介でヒロイン"穂瑞春香ほずみはるか"と知り合う。最初はぎこちない二人だけど、少しずつ心を通わせていく——』


 でも、第2話の最後で物語が暗転する。

 デートの待ち合わせ場所に少し遅れてきた主人公。

 ヒロインが主人公を待っている間に、不慮の事故に遭ってしまったことを知る。


「こんな普通のラブコメが、急に悲劇的展開になるなんて……」

 わたしはあぜんとして、つぶやいた。


「と、ともかく。まだ10話残ってるし、ここで休憩にしよう」

 神代君も動揺を隠せない様子だ。


 六島さんはこくこくして同意する。

 でも、表情は変わっていない。


〈それではお花摘みに〉

 彼女はそうお気持ちノートを見せて立ち上がり、部屋を出た。


 四季ちゃんはわたしの腕を掴んだまま、小さく震えていた。

 ショックだったんだろう。


「よしよし、大丈夫よ。しょせんは画面の中の出来事だから」

 わたしは四季ちゃんの頭を優しく撫でていたが、そのわたしも少し涙ぐみそうになっていた。


 10分ほどで六島さんが戻ってきた。

 表情は変わらないものの、なんだか様子が違う。


「……」


 心が波立っているように見えた。

 まるでヒロインが事故に遭った事を知った主人公のように、知りたくない事を知ってしまったかのような。



 ◇◇◇



 鑑賞会の続きが始まったのだが──


「四季、見ちゃダメだ」

「え、兄ぃなんて?」


 神代君が四季ちゃんの目をあわてて隠した。

 第3話冒頭から、その……いきなり……。


 わたしの口からはとても言えない。

 六島さんの口角が少し上がったのは気のせい?


〈省略されてるけど、すでに事件から3年経過してる。航は瑞希と恋仲〉

〈一時期航は心を閉ざしていて、瑞希が支えて社会復帰させた〉


 六島さんはストーリーを知っているのだろうか。

 わたし達の反応を見て楽しんでるの?


 にしても、展開が急すぎる……。


「瑞希って春香のために航を諦めたんじゃなかったの?」

〈互いになだめあった結果、気が合ってしまった〉


「ヒロインの春香が出てこないけど。どうなったんだ?」

〈この時はまだ病院で意識不明〉


 六島さんが、目を細めて神代君を見た。

〈時の流れは、残酷に人を変えてしまう〉


 その視線は何か含みがあるような……

 だけど、それはすぐに消えてしまい、視線はTVの方へ向かった。




 そこから先も、衝撃的で怒涛の展開が続いた。


 ある日、春香の妹である穂瑞詩子ほずみしいこから連絡がある。

 意識不明だった春香が目覚めたけど、時間の経過を認識できず、感覚的には3年前と同じで、航に会いたがっていると。


『お姉ちゃんのお願いなんです。色々思うところはありますが会っていただけますか』


 断ることもできず病院に出向く航。

 3年前と変わらず、『恋人の』春香がいた。

 航は変わってしまったのに。


 そこから物語は複雑に絡み合う。


 瑞希も春香に会うが、春香と恋人のふりをする航を見て心が揺らぎ、航の友人に寝取られかけたり。


 詩子も実は航に想いを寄せていて、姉の春香や先輩の瑞希との葛藤に悩む。

 だが誰も選ばない航に業を煮やして詩子は5分にわたり問い詰めた末に告白してきたり。


 航のバイト先の西大寺真魚さいだいじまおや、看護婦の保奈美ほなみとちょっといい関係になったり。

 瑞希と春香の対立(壮絶なビンタ合戦)も描かれたり。


「アニメなのに、こんなにドロドロしていいのか……」

 わたしも同意見だ。


 だがそれよりも、航を支える瑞希に心が惹かれていた。

 誰も選ばない航には嫌悪感が募るばかり。


 そして最終話、航はずっと支えてくれていた瑞希と一緒になる決断をする。

 やっとだわ。

 春香は正気に戻るけど、大切な物をたくさん失ってしまう。


 そして……物語は切なく幕を閉じる。


「これで、本当に終わり? まだ何か仕掛けてこないよねこのアニメ」

 ガタガタと震える四季ちゃんをなだめながら、わたしはまだ警戒していた。


「12話完結だから、これで終わり。まだ何かあったら僕はもう耐えきれない」

 神代君は軟弱なことを言っていた。


 それはともかく、わたしを含め4人とも複雑な顔をしていた。

 それぞれが物語の内容を思い出しながら、何かを考えている。


 六島さんは駄菓子のポテトフライ・フライドチキン味を食べながら、四季ちゃんは飲み物に刺さっているストローを噛みながら、神代君はタブレットPCで何か検索しながら。


 わたしも色々考えていたが、それよりも我慢ができなくなった。

 蒜山ひるぜんジャージー牛乳カフェオレを3パック飲んだせいだろう。


「ちょっと、トイレ行ってくるね」

 立ち上がり、部屋を出た。




 トイレに向かう途中リビングを通り過ぎる。


 まだ新しい食器棚に伏せた状態で置かれた写真立てが気になった。

 神代家にお邪魔するけど、いつも伏せた状態の写真立て。


 毎回あまり気にならなかったのに、その時は何故か特別に気になった。

 写真立てを手に取る。


 そこに入っていた写真は……





次回予告:『朝まで生討論"どのヒロインを選ぶ?"』

写真から、八巻は仮説を立てる。似てない神代兄妹の真実とは?

そして、鑑賞したアニメ"君は誰との運命を望む"のカップリング討論が始まる。


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