第27話:七日市先生、ふたたび
「失礼しまーす」
「しゃーす」
職員室はいつもの通りにぎやかだった。
大勢の生徒や先生が行き交っている。
……なんだか、遠くに見覚えのある箱が積み上がっているのが見えた。
七日市先生の席まで行くとすぐに明らかになった。
先生の席が『ポテトフライ・フライドチキン味』の箱で城壁のように囲まれていたのだ。
もしかして、先生も神代君と同じミスをしたの?
彼の方を見ると、鼻の頭をかいている。
「神代八巻両名来ました」
先生はバリバリと『ポテトフライ・フライドチキン味』を食べる手を止めて、こちらを見た。
……なんか、前より太った?
「さて、お二人さん。最近、六島さんが部室に来るようになったそうね」
え、なんで知ってるの……誰もそのことは言ってないのに。
わたしが驚いていると、先生は続ける。
「部の存続について、条件を改めて出させてもらいます。この間は色々あってあいまいになっていましたから」
先生の目が細くなる。
一枚の紙を渡された。
……ポテトフライの油で一部汚れている。
─────────────────────────────────────
文芸部の存続には次の条件をクリアするものとする。
□ 部誌を150部以上配布すること。なお、AIを使用した作品は禁止
□ 新入部員を入れて、部の人数を7名以上にすること
□ 誰も辞めさせないこと
□ 部の活動が『無駄でない』または『役に立つ』ことを証明すること
─────────────────────────────────────
「えっ、ちょっと待ってください。そんな一気に変えられても──」
神代君が抗議しようとしたが、先生はまったく意に介していないようだった。
まるでわたし達の活動を見ているかのような条件。
その目は、どこか得体が知れない雰囲気で、わたしはつい身構えてしまう。
……紙の在庫が少ないって知られたら、まずい。
先生が一瞬だけこちらをじっと見た。
もしかして、今の口から出ていたかな。
「以上です。期待していますよ」
そう先生は言うと、『ポテトフライ・フライドチキン味』をバリバリ食べ始めた。
「そうそう、これは職員会議で承認を得た正式なものですからね。他の先生に頼っても『無駄です』」
わたしたちには反論の余地もなかった。
◇◇◇
部室に戻ったわたし達は、疲れた顔でいつもの席に座った。
机の上には、まだポテトフライの"山"が残っている。
ともかく、四の五の言っていられない。
神代君に書かせないと。
「神代君、あのウォーキング大会の出来事で何か書いてみてよ」
「いいけど。出来るかな……」
彼も危機感を覚えていたのだろう。
珍しく素直にタブレットPCを開くと、カタカタとエディタに文章を打ち始めた。
15分くらいで、彼はあっさり書き上げた。
神代君の同じ班で友人でもある難波君が、チェックポイントのクイズで全滅して班の女子に冷ややかな目で見られる……そんな微笑ましい内容だった。
◇ ◆ ◇ ◆
「僕は問題を作った側だから答えられない」
全く、神代は使えないやつだ。
「いいだろう。この俺、難波がその問題全部解いてやるぜ」
「本当? 難波くん頑張って!」
クラス一番の美人、穂崎さんの視線が熱い。
へへっ、ここで頑張って点数稼いでやるから、心のイイネボタン連打をよろしく。
「問題をだしてくれ」
間抜けな顔のチェックポイント担当が問題を読み上げる。
「10月から購買で働く、一部で人気のオネエサンの年齢と名前は?」
……え、なにそれ?
「えー、うー、あー、えーっと……」
穂崎さんの視線が急速に冷たくなるのを感じた。
◇ ◆ ◇ ◆
「即興のわりにいいじゃない」
神代君は鼻の頭をかく。
「このまま、部誌に載せていい?」
「うーん、それは……」
何か問題でもあるんだろうか。
「なんというか、こんなのじゃあいけないというか……」
「わたしはいいと思うけど。じゃあ、別の話を書いてみてよ」
「あ、ああ」
彼はキーボードをタイプしようとするが……手が止まってしまう。
歯を食いしばりながらポチッと1文字打つ。
だが、途端に手が止まり、冷や汗まで浮かべている。
「じゃあ、わたしだけが読むってことで」
すると、神代君は何事もなかったかのようにまた書き始めた。
ほんと、変なやつだ。
……まさかね。
「わたしが読んだ後で、六島さんに読んでもらおうと思うんだけど」
神代君はピタリと止まってしまう。
やっぱり、六島さんがキーなのか。
瞬間、色々推理したが、結局聞くのが一番だろう。
わたしは、おそるおそる口に出してみる。
「小学生の時、六島さんと知り合いだった?」
ギギギと音が鳴るように、顔がこちらを向く神代君。
「あ、あ、えーと、尻と尻がふれあって、しり……あい……」
どう見ても挙動不審です、本当にありがとうございました。
六島が探していた人は……いや、そんなまさかね。
「ぼ、僕用事を思い出したから帰る」
いきなり荷物をまとめて、すごい勢いで部室を飛び出していった。
わたしはあわてて追いかけようとするけど、
「ちょっと待って、まだ話は終わってな……」
\ビキッ/
背中から嫌な音がした。
ちょっとこれ、やばいかも。
◇◇◇
……みんなは背中がつった経験はある?
あれ、背中がビキってなったかと思ったら全く動けなくなるんだよね。
マジであせる。
「とりあえず君はそのまま動かないで」
わたしは、長椅子に寝かされていた。
背中がつって動けなくなった所を、神代君が助けてくれたのだ。
「追いかけてこないから、心配して戻ってきて良かった」
まるで老人介護みたいに抱きしめて移動させられて、寝かされた。
……思い出すだけで超ハズい。
クラスメイトとかに見られたらちょっと言い訳出来ない。
特に六島さんがいなくてよかった。
「通学カバンの中に難しい漢字が書かれた薬のパックがあるから、取って」
「これか?」
話を聞いていなかったのか、きんちゃくポーチを取り出す。
和を感じさせるかわいい花柄のそれは……
「それ違う。女の子の日用」
「ご、ごめん」
顔を赤くして戻した。
「難しい漢字のって、ツムラのこれかい?」
「それ、それ」
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)。
筋肉がつった時に効く薬で、割と即効性がある。
……
蒜山ジャージー牛乳カフェオレをストローでちゅーっとして、薬を飲み下した。
介護されて、漢方薬に頼る……お年寄りかっ! 自分自身に突っ込んだ。
これでしばらくすれば歩けるようになる。
そう思っていたが……
「アイタタ」
「今度はどうした」
「右足が、ふくらはぎがつった」
「今日の八巻さんはボロボロだな」
他人事みたいな口調にちょっとムッとした。
「うるさい。そんなヒマあるんだったら、わたしのふくらはぎを伸ばして」
「……伸ばすって、どうやって?」
「今寝転がった状態で動けないから、足を上げて、足首を曲げるようにして……」
「ちょっと待って、それだとスカートがめくれて──」
ぴらっとしてやった。
「!!!」
彼はあわてて両手で目を隠す。
「残念、中は体操服のショーパンでした」
「お前な……からかうのはやめてくれ」
「ンフフ。ほら、早くしてよ」
神代君はわたしの足首を彼の肩に乗せて、ギューッと伸ばしていく……
手で、足首を曲げる。
「うーん、そうそう」
ああ、効くわぁ。
神代君の顔を見ると、真っ赤だった。
これだけ密着すれば、そりゃそうか。
……
どう見てもこの格好、アレにしか見えない。
『今六島さんが来たら死ぬ』って思ってるでしょう?
わたしも思ってるよ。
ガチャッ
部室の扉が開く。
「「あ」」
開けたのは……六島さんだった。
〈おじゃましました〉
ガチャッ
部室の扉が閉じる。
外から、走る音が響く。
六島さんがどこかに走っていく……
「ごめん神代、すぐ行って」
「え?」
「誤解を解かないと、六島さんまた部室に来なくなる」
好きかもしれない男子が、友人ととんでもないことになっていたらどうなるか。
どんな小説家でも、この先は一つの展開しか思い浮かばないだろう。
「わかった。ちょっと行ってくる」
すごい勢いで、部室を飛び出した。
◇◇◇
〈いま不祥事起こしたら元も子もないこと、わかっていますか〉
わたしは寝かされたままだが、神代君は長椅子の前に正座。
その眼の前に、めっちゃ怒ってパイプ椅子に座る六島さんがいた。
「わかってるわ」
「わかってる」
神代君は無事六島さんの誤解を解いたが、その代わりに彼女はとっても怒ってしまった。
理由は……ここでは言わないでおこう。
〈バツとして、マキマキは一週間蒜山カフェオレ禁止〉
それはやめて……わたしに超効く……禁断症状が出る……。
「僕はどんなバツなんだ?」
六島さんは首をかしげて、考え、ノートにキュッキュと何か書いた。
ごくりとノドを鳴らす神代君。
〈一ヶ月私と一緒に帰ること〉
それは、バツなの?
〈マキマキは、ついてきちゃダメ〉
いや、わたしに対するバツなのかもしれない。
「ま、まぁ別にかまわないけど」
別に付き合ってるわけじゃないし。
でも、心がきゅっとなったのはどうして?
わたしは神代君をどう思っているのだろう。
次回予告:『わたしと神代って、何なんだろう』
文芸部は廃止方向で進んでいるけど、辞める気なんてぜんぜんない。
そして、神代と六島の事でモヤモヤする八巻。
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