第22話:この緊急時に究極の間接キス2択?


 \ぐー/



「……」

「……」



 六島さんと見つめ合う。

 今の音は、わたしじゃなくて……きっと目の前にいる長髪美人からだ。



 一瞬の沈黙の後、二人で吹き出してしまった。


「ウフフフフ」

「ククククク」


 わたしは苦笑いで。

 六島さんはお気持ちノートで口を隠して、声をころして笑う。


「あ、今のは六島さ──」

〈私じゃない💢〉


 言い終わる前にお気持ちノートで否定された。

 怒りのマークまで書いてある。


「ごめん、ごめん。ここにはいないけど、神代君のせいにしておこうか」

 六島さん、こくこくとうなずく。


〈お腹すいた〉


 わたしも小腹がすいた。

 帰り道の近くに、コロッケが美味しいお弁当屋さんがあるのを思い出す。


「いつもの所、よってく?」


 六島さんがものすごい勢いでこくこくした。



 ◇◇◇



 その店は敷地内にインディアンテントがあって、その中がイートインスペースになっている。

 だから、店の名前もインディアンのテントを意味する「ティピーテント」。


 コロッケを受け取りテントの中に入ると、壁や柱にいろんな書き込みがしてある。

 高校や大学のグループが思い出を残していったんだろう。


 なんだか落ち着く場所だ。



 はむっ、もぐもぐ……

 ここのコロッケは、何かの雑誌に載ったことがあるくらい絶品。


 わたしは大きな口でバクバク行くけど、六島さんは小鳥のようにちょい、ちょいとちょっとずつついばむ


 ……ああ、できればコロッケになってその口についばまれたい……。


 ハッ!


 危ない危ない。

 まるでうちのおとーさんがおかーさんに言っているような、超キモいことを考えちゃった。


 妄想するわたしを、六島さんは首をかしげて見ていた。

 なんか、ごめんね。




「そういえば、六島さんって登場人物の名前、どうやって作るの」


 彼女はペンを唇にあてて少し考えた後、お気持ちノートにさらさらと書く。


〈地名から。現実的だし、意外といい名前が出来る〉


 へぇ、そういうのもあるんだ。


「じゃあ、『六島』って名字もどこかの地名なの?」


〈私の先祖が六島に住んでいて、苗字はそこから来てるんだって〉

〈名前はママがファンのシンガーからもらったって〉


 現実の歌手か、ゲームキャラかは謎だけど、そういう由来もアリなんだな。


〈マキマキは?〉


「由来はよくわからないけど、東北に多い名字だって聞いたよ」


 首をかしげる六島さん。

 中国地方なのに……と気になったのかも。

 そういえば、まだウチの事情を教えてなかった。


「わたし、幼い頃こっちへ引っ越して来たんだ。覚えてないけど」


 六島さんが、ぽんと手を打つ。

 納得してくれたようだ。

 あれは大災害の年、両親の思い入れが詰まった店が──


「なるほど、地名か。参考になった」


 わたしの隣に、こつぜんと神代君が現れた!

 君はニンジャか? テレポートパスを使った超常能力か?


「いや、さっきからずっと座ってたんだけど」


〈実行委員会は?〉


「10分で終わったよ。それで急いで追いかけてきた」


 神代君は六島さんがついばむのを眺めながら、パンプキンコロッケをかじっている。


 それこそ穴が開くような勢いでじっと見ている。

 どうしてそこまで、見つめるのだろう?

 なんだろう、この感じ。


 ちょっとからかってやろう。


「神代君、ちょっと耳かして」

「ん、何?」



「六島さんの口でハムハムされたいの? 変態さんだね」



 ちょうど最後のかけらを口に放り込んだ神代君は、「ふんがっふっ」と、かまずに飲み込んでしまった。


 コロッケがのどにひっかかったのだろう。

 彼は胸をドンドンとたたきながらのたうち回る。


「何かで流し込んで!」


 慌ててカバンから飲み物を出したけど、謎の『超絶濃厚ピーチ味』。

 これは無理そうだ。


 わたしと六島さんは顔を見合わせ、すぐにそれぞれの通学カバンからペットボトルのお茶を出して……


 神代君の眼の前にペットボトルが二本置かれる。

 どちらも半分くらい残った飲みかけで、間接になるよねこれ。

 でもそんなこと言ってる場合じゃない。

 顔が青ざめてきている。


 この緊急時に究極の間接キス二択しろって言うのかよ?

 神代君は二本並んだペットボトルのお茶を前にそういう顔をしていた。


 ああもう、こんな時に優柔不断になって!

 

 わたしはペットボトル両方を手に取り、親指でキャップに回転の力を込める。

 もったいないけど、フルパワーで。


 昔のドリンク剤CMみたいにキャップがギュイーンと回転して開き、そのまま飛んでいった。


 そして、両方いっぺんに神代君の口に突っ込んだ。


 ゴッゴッゴッゴッ……


「プハーッ、ゲホゲホ」


 六島さんが、彼の背中をさする。


「──しぬかとおもったぁ」



 ◇◇◇



「ごめん、ごめんってば」


 駅で電車を待ちながら、平謝りするわたし。

 神代君は、むっとしていた。


「からかった事は怒っていないけど、ああいう飲ませ方はやめてって言ったよね?」


 ……怒ってるのはそっちか。




 六島さんが、神代君の袖を引っ張る。


〈君の苗字と名前の言われを教えて〉


 よく見ると、『過去を探るチャンス』と書いて消した跡が。


「あーえー、それは……うーん……」


 神代君はわかりやすく挙動不審になり、後で四季に聞いておこうみたいな事を小声でつぶやく。


「よくわからない……」


 それだけ言って、黙り込んでしまった。



「……そうだ!」


 何か思い出したのだろうか。


「最近だと鯢伊Bが好みだ」


 そのキャラが出てくる漫画は知ってる。

 どうも、お姉さんキャラみたいなのが神代君の好みらしかった。

 メモしておこう。


 って、君の好みの話じゃないって。




 こうやって、わたし達の新たな通常回は過ぎていく。




活動日誌:10月31日

  八巻:キャラクターの名前の付け方について、論議を行った。

  神代:執筆0枚。  

  ※ 神代は姉キャラが好みであることが判明した。



次回予定:『中3の時より重いって言わないよね?』

 ウォーキング大会、足首に爆弾を抱えている八巻は気が重くなる。

 また途中で歩けなくなって途方に暮れるとか、起こらないでほしい……

 (今後は土・日・月の週3公開予定です)



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