第21話:妄想だけでも、不適切です


「キャラの名前が名作かどうかを決める。間違いない」


 どうしてそんな自信満々なんだろう。

 神代君はタブレットPCを手に取ると、とある動画を再生し始めた。


「先週見つけたんだ。この人は超有名漫画雑誌の元編集長なんだけど、一時期漫画を読みまくって"面白い作品"とは何かを研究してたそうで……」


 動画の中で、元編集長は眉毛をピクつかせて、こう熱く語っていた。


『読者はキャラクターを通してストーリーを見ている。キャラを好きになってもらわないと、話が伝わらないんですよ。だから売れるためには──』


 キャラクターが重要という訳ね。


「で、"名は体を表す"って言うだろ。つまり良い名前をキャラに付ければキャラが魅力的になって、ストーリーも伝わって名作確定というわけ」


 ……だいぶ考えが飛躍している。

 どれくらいかと言うと、瀬戸内海をジャンプで渡るくらい。


「もしかして今小説を書けないのは、名前が作れないから?」

「だいたいそう」


 またクダラナイ問題が原因で執筆が止まっている。

 これはなんとかしないと。


「役割や性格から付けれるんじゃない? 適当に」


〈ひとり、ゆきのした、いいんちょう〉


 六島さんが、ちょっと偏った例をノートに書いてきた。


「それが最適解だと僕は思う。例えば『しおり』って名前なら、本に関係する登場人物で、ナビゲーター的な役割があるということが一発でわかる」


「それなら、もうその路線でいけばいいじゃない」


「僕も色々名前を作ってみたが、全部ダサかったんだ」

「例えば、どんな?」


 神代君が、口ごもる。


「ほら、笑わないから言ってみてよ」

 六島さんも、首をこくこくして促している。


 彼はスッと、紙片をお出ししてきた。

 そこにはこう書いてあった


 『津出玲』 『長内菜芝美』


 つんでれい、おさないなじみ、と読むのだろう。

 ツンデレキャラと幼馴染キャラなのが一発で解る。


 だけどね……なんというか……センスがないのよ。


「──不合格」

〈座布団全部持って行って〉


 六島さんとわたしは、氷のような微笑になる。


「笑わないって言ったのに、二人ともひどい……」


 ◇◇◇


「じゃあ、ランダムで名前を作ってくれるサイト使ったらどう?」


「うーん、あれはなかなかいいんだけどなぁ」

 神代君は頭の後ろで手を組んで天井を見上げる。


「かなりいい線行くんだけど、機械が無機質的に選択しているというイメージのせいで、どうしても思い入れが持てない。結局、書けなくなってしまう」


 全く、次々屁理屈を言いやがって。


「じゃあ、名字の由来が載ってるサイトで、思い入れ出来そうな名前を探すのはどう?」


「その手も試してみたけど、全員がレア名字になっちゃって、『レア名字学園は難読さんが多すぎる』になってしまった。頭の中にあるストーリーが頭の中に全然入ってこない」


〈頭で考えた事が頭に入らないって器用〉


 六島さん、ちょっと呆れている。


 ◇◇◇


 わたしは、別の手を試すことにした。

 なんといっても彼は相棒だし、担当編集者だし。


 ポケットから折りたたんだ紙を取り出す。


「実在の人から取るのはどう?」


 紙を広げるとそれはローカル新聞のコピーで、去年あった習字の書き初めコンテスト入賞者が大量に載っている。


「数的に千人分以上。これだけあれば適当に選んでもリアリティがあって面白い名前が作れるんじゃない?」


 我ながらナイスアイデア……

 だが、神代君は首を横にふる。


「八巻さん、それはダメだ」


 えっ、なんで?


「よく考えてくれ、これ未成年の名前が載っているんだぞ。法的に問題があるかもしれない。そうでなくても道義的にダメだ。それに、僕の美学が許さない」


 美学が何かわからないけど、明確に否定されるとは思わなかった。


「コンプラ的に危うい手まで出してきて、お固い八巻さんにしてはどうしたんだ」


 なんとなく、新台に入れ込んだあげくわたしの予備校費用に手を出したおとーさんを思い出した。


 多分、同じことをしかけたのだと思う。

 あの時はおかーさんが大魔神化しておとーさんを吊り天井して大変……ま、いいか。


「うん、これはやめる。神代君ごめん。君は貧すれば鈍するということはないんだね。ちょっと見直したよ」


 ほんのちょっとだけ、ね。

 わたしは紙を折りたたみ、ポケットにしまった。


 ◇◇◇


「意外と奥深いんだね、命名問題」


 実在と非実在、一般とレア、ついでに機械式と人間、いろいろ絡み合っている。

 きっとわたしたちが会話した以外にもさまざまな問題があるんだろう。


「ありがとう、八巻さん。わかってくれて」


 とはいえ、名前を作れない問題は全く解決していない。

 仕方がない、奥の手だ。


 六島さんの方を見ると、こくこくしてる。

 たぶん、同意してくれるだろう。


「もうしょうがないから、わたしたちの名前、使ったらいいよ」


「え……」


 神代君はフリーズしたコンピュータのようにビタッと止まった。

 どうしたのかと思っていたら、ギギギーっと音をさせながら顔をこちらに向ける。


「それは構わないが、本当に良いのか?」

「道義的には問題ないでしょ」


 目をぱちくりさせた。


「僕は今、恋愛モノに再チャレンジしているんだ」


「え?」


 以前、彼は恋愛モノを書こうとしたけど、告白シーンが出来なくて止めていた。


「今は頭の中で色々試行している最中で、通常の恋愛モノだけでなくBLや百合やTSやNTRやその他知る限りのジャンルで名前をこねくりまわすのだが、それでもいいのか?」


 わたしの頭の中は、わたしと六島さんが男女だったり男あるいは女の子同士で絡む『そういう姿』でいっぱいになった。


 妄想だけでも、不適切です。


 顔が赤くなるのを感じる。

 どこからかケトルでお湯が湧いた時のピーッという音が聞こえてきた。


 六島さんの方を見ると、こちらも顔が真っ赤だった。


「どう思う?」

〈いつもので〉


 わたしは通学カバンの中からハリセンを取り出す。

 それには「ウニ」と書かれていた。


 鑑賞会で見たDVD、ヒロインの声がウニから聞こえてくるとか、ともかく内容がぶっ飛んでいた。


 こうやって文字に起こしてもぜんぜん意味が解らない。

 わたしはこのせいでしばらくお寿司が食べれそうにない。


 特にウニの軍艦巻き。

 その恨みがこのハリセンにこもっている。


「このウニアニメ野郎がぁぁ」


 神代君の顔に思いっきりスイングした。

 だが、彼はヒョイっとそれをかわす。


「そんな半端なスイングではボキは倒せない……」


 ボキ


 着地がマズかったのか、彼の足から変な音がして、そのままコケる。

 部室にある本棚に頭から激突。

 本は落ちてこなかったが、代わりに金属の洗面器が落ちてきてバィーンと命中する。


「ぐえっ」


 神代君は床に沈んだ。

 ハリセンは当たらなかったけど、おしおきは出来たからヨシ!


 ◇◇◇


 きぃーんこぉーんかぁーんこぉーん……

 少々調子の外れたチャイムが校内にこだまする。


「おっといけない、もうこんな時間だ」


 いきなり神代君はシュタッと立ち上がり、制服についたホコリを払う。


「二人共先に帰ってて。僕はウォーキング大会委員会の最終打ち合わせがあるんだ」


 そう言い残して、彼は走り去った。



 んー、何か忘れているような……


「しまった! 神代君におごらせることが出来なかった!」


〈そっちなの?〉





次回予告:『この緊急時に究極の間接キス2択?』

帰り道小腹が空いたので、二人はちょっと寄り道する。え、ノドにつっかえた?


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