第2話:ムッチリした先生、好みなの?
# 今回の見どころ
いくら飢えてるからって、アラフォーの先生をそんな目で見るな。
……ボリューム付けようかな。
思わずボソッとつぶやいてしまう。
◇ ◆ ◇ ◆
文芸部顧問の七日市(なのかいち)先生はムッチリした身体をいつもぴっちりしたスーツで身を包んでいる。
そのせいで、いっつも体を動かす度にムッチリ感がマシマシになる。
なんというか、生徒に『チャーシュー』とあだ名されているのも、納得がいく。
職員室はいつも騒がしかったが、チャーシュー先生の声がはっきり聞こえた。
「追放です」
先生は、神代(かみしろ)君を指さして言った。
ビシッと効果音が鳴った気がする。
かっこつけて体を動かしたせいで先生のムッチリ感がマシマシになった。
神代君は、まるで止まったコンピュータのようにビタっと固まる。
ともかく、お小言で済むというわたしの考えは甘かった。
「え、彼、部長なのに追放ですか?」
相変わらず動かない神代君。
仕方ない、相棒だし手助けしますか。
「ちょっと待ってください七日市先生。確かにこの神代君は入部してからまだ何も作品を書けてませんし、部長の働きも全くしていません。控えめに言ってお荷物、無駄です。ですが、部長になってから一ヶ月そこそこですし、もう少し長い目で見ていただけると……」
できる限り神代を弁護しようとした。
これはフォローのつもりであり、決してけなしている訳じゃない。
「そう、無駄。説明が省けて助かります。ですが、言い分はもう結構です」
神代を指していた指がわたしに向いた。
「八巻(やまき)さん、あなたもです」
「わたしも追放ですか?」
「あ、いえ、元々追放ではありません。読むだけ無駄な小説の題名がうつってしまって……」
心からホッとした。
神代君も固まっているが同じだろう。
でもそれは、次の言葉が出るまでの一瞬だけだった。
「文芸部は凍結とします」
どういうこと、と思う間もなく先生は一気にまくし立てる。
「廃部にすると、あなたたちや出禁となった2年3年が似たような部を設立するかもしれません。ですから、凍結です。校則の規定で同じような活動をする部活は設立出来ません。つまるところ簡単に言うと」
フーッっと一息ついて、それからゆっくりと言った。
「文芸部は今後何をどうしても活動全て禁止です」
……なにそれひどくない?
「あなた達は、無駄です」
先生は淡々と続けるが、身振り手振りする度にやっぱりムチムチしていた。
「コンクールに出る訳でもなく、無意味な文章を紙とインクを無駄遣いして部誌を作り、発表するだけ。しかもその部誌でさえ、前回はほとんど廃棄しましたよね」
いつもは廃棄2割程度だけど、前回は半分以上捨てた。
8割だったかな?
とはいえ、それはどうする事も出来なかった。
上級生が起こした騒動のせいだ。
簡単に言うと、内輪もめ。
学園祭前に方向性の違い(なろう系と一般小説系)に端を発する、とってもクダラナイ言い争いが起きた。
争いは尾を引き、ついには2年生と3年生部員の半分が部を抜け、新団体『ライト文学同好会』を設立した。
そして、学園祭でどちらがより多く部誌を配布出来るかの勝負を仕掛けてきた。
勝った方が存続出来るという取り決めだった。
結果は、お互いズルした挙げ句お互いを告発するという泥仕合。
しかも配布された数は同じという情けないものであった。
そりゃドン引きされて、みんな部誌を手に取るわけがない。
最終的に事情を知った七日市先生が、関わった文芸部員とライト文学同好会員に一切の部活動禁止を言い渡し、幕引きとなった。
部長の柿本先輩はすでに引退前であったが、責任を取って退部した。
これが『ライト文学同好会設立騒動』、通称ラ文騒動のあらましである。
1年生部員はこの騒動に関わっていなかった。だから何も言われなかったのだが。
「部室を使いたい所はたくさんあります。1週間後には部室を明け渡してください」
わたしは疑惑を抱いていた。
最近先生は、科学部が活躍するドラマを授業でよく話題にする。
題名は『空を翔ける部室』だったっけ?
だいぶおハマりあそばされているようだ。
それに、科学好きな生徒をスカウトしている所が目撃されている。
それを状況証拠と考えるとどうなる?
七日市先生は文芸部をなくし、科学部を作りたいのではないか。
そして、わたし達の部室をその科学部に使わせたいのではないか。
つまりこれは私達を追い出すための茶番である。
あくまで推理だが。
「どうしてあなたがたは、こういう上品なものを書かないのでしょう」
……先生の机上にある、そのドラマの原作小説を見ながら言った。
「そしてこういう無駄なものを書きたがるのでしょう」
その隣に置かれたラノベを見て言った。
ちなみに悪役令嬢追放モノだ。
何で持ってるんだろう?
「あら、神代君は書けませんでしたわね。カミシロと言うよりはシロカミ、白紙(はくし)でしょうか」
さらりと嫌味を言われた。
その通りだが、なんか腹が立つ。
あと、全世界の悪役令嬢モノと追放モノのファンに謝ってほしい。
神代君は、嫌味を言われても停止したままで、先生をじっと見ている。
いくら飢えてるからって、アラフォーの先生をそんな目で見るな。
もしかして、ムッチリした先生、好みなの?
いや、わたしがそう思ってるだけかもしれないけど。
……ボリューム付けようかな。
思わずボソッとつぶやいてしまう。
「何か言いましたか?」
「い、いいえ」
「結構。無駄に使われている部室は、新しく出来る科学部に有効利用させます。ありがたく明け渡しなさい」
あ、このチャーシューさらっと白状しちゃったよ。
わたしが推理した時間が無駄になったから返して欲しい。
……そういえば、部室には過去のいろいろな思い出が詰まった冊子が、地層のように積み重なっているのだが、それらはどうするのだろう。
「過去の部誌とか、活動日誌がかなりあるんですけど。どうすればいいんでしょう」
先生は、さも当たり前のように言った。
「焼却処分にしてください」
「本当に全部処分ですか? 何とかなりませんか」
思い出が詰まった子を焼却……そんなこと、わたしには出来ない。
「ええ、それも無駄です」
神代君はまだ止まっている。
ちょっとは助けてよ。
と思っていたら、彼の方から何かを感じた。
きしむような音を立てる。
そして彼は声を発した。
「……モヤ……スナ……ムダ……ジャ……ナイ」
彼はギギギギと音を立てて動き出した。
次回予告:『もっと体重が増えてボンレスハムになればいい』
神代は先生に反撃する。え、この状況からどうやって?
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