部誌第1号「僕らの物語(ラブコメ)は無駄じゃない」
第1話:こうなったのは君の責任だから
# 今回の見どころ
「こうなったのは君の責任だから」
少し、からかってやろう。
「髪、とかしてくれる?」
◇ ◆ ◇ ◆
これがわたしの文芸部の日常……なんだけど、今日はちょっと違ったんだ。
「かーみーしーろー、君はさっきから一体何を作っているのかなー!?」
この日のわたしも絶賛大激怒中だった。
放課後の大都会県立東高校、その一角にある文芸部が揺れる。
わたしは右手にあるお手製『ハリセン』を強く握りしめた。
その原因である神代(かみしろ)君は、こちらを見ることなく作業を続けている。
余計に腹立たしい。
「八巻(やまき)さん、聞いてくれ。今僕はSF小説のアイデアを練っていたんだ」
「ほぉ?」
ハリセンを両手に持つ。
「こういう大型ロボットとかが出るのはお決まりだろ? あと宇宙戦艦とか」
「それで?」
屈伸を行い、伸びをする。
バッターボックスでわたしがいつも行っていたルーティーン。
「でも僕らはそんなもの見たことも乗ったこともない」
「フーン」
軽くハリセンを振って、スイングを確認する。
「だからこういうプラモを見ることで、作品に現実感を出せるんだ」
「へぇー」
思いっきり振りかぶる。
わたしの殺気にようやく気がついたのか、神代君は作業を中断しこちらを見た。
「八巻さん、さっきから僕の話聞いてる? って、もしかして怒ってる?」
「うん、怒ってる。それ最近再配信された某有名アニメの○ャア○クでしょう?」
「そうだよ」
「文芸部室でプラモを作るバカがいるか~っ!!!」
ブンッ!
わたしはハリセンをバカ部長(神代)に向けてフルスイングした。
当たればホームランだろう。
だが、神代はひらりと身をひるがえしてよける。
「さすが、元エースで4番。素晴らしいスイングだ」
──エースで4番、そんなこともあった。中2の秋で終わったけど。
ソフトボールの練習試合中、わたしはフライを追ってベンチに突っ込んだ。
目測を誤ったせい。全く、不注意だった。
体が宙を浮かびベンチの壁にぶつかるまでの間、『ああ、今わたしアイキャンフライしてる』って冷静だったことを昨日のように思い出す。
結果大怪我をして、選手生命が絶たれたんだけど。
思いは全部捨てたはずなのに、ふとしたことで浮かんでくる。
無駄なのに。
「だが、当たらなければどうってことはない。今の僕は3倍。絶対当たらない」
今はどうでもいい過去より、赤いプラモを天に掲げて勝ち誇る神代がムカつく。
先のアニメに感銘を受けたのだろうが、『赤いと3倍早い』は古典的すぎるよ。
「古典的名作アニメやプラモをたしなむのは、作品のためだ。作りすぎや見すぎて原稿落としても仕方ない。そう、これは仕方のない犠牲なのだ」
今週は資料と言ってプラモを部室に持ち込んで制作する。
先週はゲーム物を書くと言ってレトロハードを持ち込む……ああ、バントでホームランを飛ばすなんて反則だ。
そうやって、色んな理由を付けて書かないのが、今の神代君だ。
「そんな無計画でいーかげんだから、君だけでなく六島(むしま)さんまで原稿落として、部誌を出せなかったんでしょーがっ!」
わたし達文芸部は、作品を年4回発行する部誌に載せて発表する。本当は9月に出す予定なのだが、既に10月1日。
アウト。
「出せなかったというのは偶然そうなったという意味だろうが、違う。今回は出せない運命だったんだ」
そして屁理屈。
こいつは高校に入ってからというもの、作品をほぼほぼ書けなくなってしまった。
そのくせ口先は一人前なのだ。
「さっき3倍だから当たらないと言ったな。じゃあ、これならどう?」
わたしはハリセンを部室片隅にあるジャンク置き場にぽいっと捨てた。
そして、カバンからまたハリセンを取り出す。
目には目を、歯には歯を。
赤には赤を。
「なんだ、同じハリセンじゃないか……いや違う、赤い?」
「君の目は節穴だね。これは君の持っているプラモの赤とは違うんだから」
そう、○ャア○クはおおよそピンクとあずき色。
でもこのハリセンは真紅。
「この赤は、君の赤よりもずっと真っ赤よ。つまりわたしの方が早いってこと」
「……そう来たか」
神代は驚いた表情を見せる。
古典的と言ったのは、心の棚に置いておく。
わたしは窓の外に見える、いつまでも解体工事中の旧校舎を指差す。
「あそこまで飛ばしてあげる」
真紅のハリセンをフルスイング。
「おりゃぁぁぁっっっっ!」
神代も叫ぶ。
「させるかぁー」
まるで背面跳びをするように、ハリセンをかわす。
器用なよけ方だ、と思ったのもつかの間。
フルパワーで空振りしたせいで、わたしはバランスを崩す。
このままだと倒れる……
その先にはプラモの残りカスが散らかっている……
ランナーって言うんだっけ……
針山みたいだけど、刺さると痛いかな?
ガシッ!
神代君がわたしの腕をつかむ。
危うく針まみれにならなくて済んだ。
「大丈夫か?」
「うんまあ、なんとかね。というか、片付けてね」
すぐに引っ張り上げられる。
「危うく核の冬になる所だった」
「ちょっと! わたしの尻はスペースコロニーかア◯シズか? 失礼な」
「ごめん、ごめん。でも、八巻さんもよく覚えているな。全部見ただろ?」
「そりゃあ見たわよ。TV版から映画からシリーズ全部、君が勧めてくるから」
◇
『ピーンポーンパーンポーン……』
校内放送のスピーカーからアナウンス音が流れる。
『文芸部の部長と副部長は、顧問の所へ出頭してください』
「お呼びだって。どうする八巻さん?」
どうもこうもない。
この意味のない茶番劇、もう飽きたし。
わたしは赤いハリセンをまたもポイっとした。
部室片隅にあるジャンク置き場に突き刺さる。
「神代君、何か悪いことした? 今なら許すから白状して」
「してないって」
わたしは神代君の顔を覗き込んだ。
「本当に?」
「しつこい。それより、髪が千空みたいに逆だっているぞ」
マジで?
すぐにスカートのポケットから手鏡とコームを出す。
わたしはこれでも3番ピッチャーに入っている。
何がって言うと、誰かが勝手に組んで張り出している学年美少女打線の話。
やっぱ日頃の身だしなみは大切なのだ。
鏡でわたしの姿を見る度に、心のなかでニヤけるのだが、
「鏡が割れてる……」
フルスイングの影響かもしれない。
これじゃもう使えないな。
仕方ない、シルエットだけでも窓で確認して──
いや、ちょっと待てよ。
「こうなったのは君の責任だから」
少し、からかってやろう。
「髪、とかしてくれる?」
「え、なんで僕が?」
割れた鏡を見せた。
「だから、これのセ・キ・ニ・ン」
「それは君がハリセン振り回すからであって……」
抗議をする彼にコームを無理やり渡すと、わたしはパイプ椅子に座る。
「屁理屈はいいから、早く! 先生の体重がまた増えるよ」
「え、いや……」
「よくある恋愛もののイメージに出来ると思って。それとも、怖い?」
ニヤニヤして、挑発する。
「妹によくやってる。大丈夫、出来る」
神代君は自分にそう言い聞かせたのだろう。
いきなりスイッチが入ったように動き始めると、ササッと髪を整える。
コームの感触がいつもと違って、なんだか変な感じがする。
腹立つような、くすぐったいような。
心が軽やかになっていくような。
「八巻さんはうちの妹みたいに暴れないから楽だ」
妹さんはきっとわたしと同じように、くすぐったいんだろう。
ほら、肉親からくすぐられるとよけいに、って言うし。
「よし、これでいい」
シルエットだけを窓で確認してみたが、前よりも良い感じになっている。
「ドヤァ」
神代君の顔がウザい。
「──まぁこれでいいわ。じゃあ、顧問の所へ行こうか」
「おう、相棒」
「あ、プラモは持って帰ってね。見つかったら顧問の小言と体重が増える」
「お……おう」
ともかくこれで神代君の書けなくなる事象を1つ潰せただろう。
彼は高校に入ってすぐ書けなくなったが、わたしは原因らしい物を見つけ次第一つ一つ潰している。
なにせ理由が解らないので、他に方法が思いつかないのだ。
わたしと神代君は、部室を後にする。
この時はまだいつものように、お小言を言われるだけだろうと思っていた。
9月の部誌を出せない事は顧問の七日市先生に伝えていた。
問題はないはず。
後は神代が原稿を書けないことについて言われる程度だろうと。
「原稿を書けないとは失礼な。書かない言い訳ならいくらでも書けるぜ」
6月頃は本当に全く書けなかった。
今はわたしに対する言い訳くらいは書ける。
これでも改善はしたのだが……
「その言い訳このハリセンでぶち壊すわ」
スカートにもう一つあるポケットからミニハリセンを取り出して、屁理屈バカ部長の頭をペチンした。
「イテ」
「別に痛くないでしょう? だいぶ力は抜いているんだから」
「憎しみがこもってた」
「憎しみ10%だよ。後は……って、もういいじゃんそんなこと」
校舎の外は曇天。廊下の空気がなんだか重い。
夜半に雨が降るという予報だったかな。
『繰り返します。文芸部の部長と副部長は──』
次回予告:『ムッチリした先生、好みなの?』
文芸部顧問、七日市先生(ムチムチ系)突然の宣言で大ピンチに。
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