第14話
◆異世界の技術レベルは何故、中世で止まっているのか?
「転生者はスマートフォンも火薬も知っているのに、なぜ異世界は一向に近代化しないのか?」
そんな疑問を抱いたことのある読者は少なくないだろう。
だが実は、「知っている」ことと「作れる」「広められる」ことの間には、大きな隔たりがある――。
異世界転生小説における“技術の出し惜しみ”は、単なる物語上の都合ではなく、むしろ現実的な制約として考えた方が腑に落ちるケースも多い。
たとえば火薬一つを取っても、必要となるのは硝石・硫黄・炭といった素材の調達に加え、それを扱う労働力、危険性を管理できる設備、そしてそれを必要とする社会的な需要や軍事的意義といった前提条件や制約がある。転生者が構造を知っていたとしても、異世界の流通網や人的資源では再現が困難である可能性が高い。
また、“異世界の民は無知で保守的だから技術を受け入れない”という描写も見られるが、現実の社会でも新技術が定着するには教育・制度・文化の整備が不可欠だ。
現代でもスマートフォンが社会の隅々にまで浸透するのに10年を要した。開発期間も含めれば20年以上だろうか。
異世界であれば尚のこと、識字率・製造業・電力インフラといった前提条件を満たすだけで一世代かかっても不思議ではない。
「知識」という火種は確かに大きい。
だが、それを灯火に変えるには、乾いた薪=資源、炉=制度、そして風=人の手が必要なのだ。
物語上、転生者の技術は“魔法”のように語られることが多い。
だが、実際に起こるのは“魔法革命”ではなく“産業革命”である。
それは試行錯誤と失敗と年月の中で、少しずつ形になっていくものであり――だからこそ、そこにリアリティが宿る。
技術が生まれ、社会が変わり、世界が再編されるには、
“ただ知っている”だけでは足りない。
異世界の文明がすぐには変わらないのは、
その世界が“リアル”であることの、証明かもしれない。
文・構成:山田ソウタ(ライター/文化誌「リレキ」編集部)
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第14話 ゆで卵と核兵器
「正解じゃ。猿と狸より先に儂の名を挙げたこと、褒めて遣わす。──して、何故そう思った?」
信長の声は笑っていたが、その眼差しは笑っていなかった。
慎重に言葉を選ぶ。
「現世で、信長様の……子孫を知っています。どこか、面影を感じたので」
「ほう? それは興味深いな。で、その子孫は何をしておる?」
「フィギュアスケートという、氷上を滑る競技で……一世を風靡しました」
信長は一瞬、目を丸くした後、楽しげに笑った。
「カッカッカッ。氷の上を滑る!? 面白い。……良い、もっと未来の話を聞かせよ」
つい、「ははぁ」と頭を下げそうになるのを、ぎりぎりで堪える。
そこへ、料理が運ばれてきた。
木の膳に盛られた料理はどれも手が込んでおり、山の幸、川の幸、湯気まで美味そうだった。その中でもひときわ目を引くのが、黒く染まった殻の卵――。
「この黒い玉子が、儂の好物でな。箱根の地獄谷で蒸した“黒タマゴ”よ。ひとつ食えば七年寿命が延びると申す。……試してみよ」
すすめられるまま手に取り、殻を割る。緊張で喉が渇いていたが、意を決して口に運んだ。
ほんのりと硫黄の香りがあり、普通のゆで卵より濃厚な味がする。……うまい。
「美味しいです」
「そうかそうか。緊張することはない。獲って食いやせん。話が聞きたいだけじゃ」
「どのような話を……」
「そうさな……緊張を和らげるために雑談でもしよう。“最も偉い偉人とは誰か”、そう聞かれたら、貴様らは何と答える?」
信長を指名するのは社交辞令にしか見えない。それで気を悪くされても困る……と考えていると、先にリラが口を開いた。
「未来では“ノーベル賞”という制度があり、科学や医学の分野で人類の暮らしを豊かにした人物が表彰されます。軍人や為政者より、研究者や発明家こそが偉人と見做される文化です」
「ほう、女の方が賢そうじゃな。──で、“誰”が一番偉いとされておる?」
「“アルベルト・アインシュタイン”という物理学者です。未来では宇宙開発が国力の象徴であり、月に行く船を作るには、彼の理論が不可欠でした」
「なるほど、科学ギルドの長か。……では、ハルト。貴様はどうじゃ?」
信長の視線がこちらを射抜くように向けられる。
「“ビル・ゲイツ”という人物です。通信技術の革新者で、地球の裏側にいる人と、リアルタイムで会話できるようにしました。大航海時代、フランス革命、産業革命、そして二度の世界大戦を経て――2000年以降の時代は“IT時代”と呼ばれています。その基盤を築いたのが彼です」
信長は一度、鼻を鳴らした。
「……技術の話は興味深い。が、発想としては女と同じじゃな」
ちら、とリラを一瞥する。
「……ほれ、箸が止まっておるぞ。冷める前に食え」
言われて慌てて箸を動かす。緊張の糸が少しずつほぐれ、ようやく料理の旨味が口に広がる。
リラが、少し間を置いて訊ねた。
「信長様は……誰が一番の偉人だと思われますか?」
信長は目を細め、酒をひと口含む。
「儂はな……“核兵器のボタンを持っておる者”が一番偉いと思う」
言葉の温度が、空気を急速に冷やした。
箸の動きが止まる。
笑っていいのか、驚くべきか――判断がつかない。
信長は微笑すら浮かべず、静かに言い添えた。
「いざとなれば、世界を一瞬で終わらせられる男じゃ。……力とは、そういうものじゃろう?」
その言葉に、思わず手が止まった。喉に詰まりかけた飯をようやく飲み込み、意を決して問い返す。
「信長様は……この世界を終わらせるつもりなんですか……?」
俺の声は自然とかすれていた。
信長は一瞬だけ目を細め、次の瞬間、ケタケタと豪快に笑い出した。
「かっはっはっはっ! 儂ってそんなに悪鬼羅刹みたいに伝わっとるのか? 歴史ってのは信用ならんのう」
「い、いえ……その……」
うまく答えられずに口ごもっていると、信長は箸を置いてこちらをじっと見据える。
「おぬしたち、“儂がセントリアを攻めて天下を取ろうとしてる”と思っとるじゃろ」
「え……はい。そうじゃないんですか?」
「ちがーうわ。儂が欲しいのは“未来の技術”じゃ。未来の暮らしを、儂自身で体験してみたいんじゃ。その技術を引き出すための行動をしておるだけよ」
信長は酒を一口飲むと、淡々と続けた。
「不思議に思わんかったか? セントリアは、あれだけ“人類の叡智”を集めておる割に、民の生活水準はしょぼいままじゃ。奴らは技術を囲い、支配の道具にしとる」
「それで……戦争を?」
「だーからよ、武力は大好きだが、戦争狂でも破壊神でもねぇっつってんだろ」
急に口調が砕ける。まるで友人と話してるかのように。
「でも……首都襲撃は宣戦布告と捉えられても仕方ないんじゃ……」
「戦争にはならんよ。儂らは“獣人国家”じゃ。仮にセントリアが本格的に武力を向けてみろ。周囲の獣人どもが黙っとると思うか? セントリアは一夜にして、獣人に包囲される構図になる」
ぞっとした。
「そうなれば、奴らがこの地で生き残る道はただ一つ。“全獣人の殲滅”――じゃが、それを選べるか? できると思うか?」
合理的。だけど、あまりにも冷徹で、あまりにも現実的だ。
「そのために……獣人の国を作ったんですか?」
「その通り。外交力と武力は同義じゃ。武器は構えるためにある。撃たずして、望むものを得るためにな」
……自国の民を盾にするような、悪魔的な発想。いや、それはもう戦の天才というべきか。まるで「戦わずして勝つ」ことだけを考えて設計された国家だ。
信長はにやりと笑って、急須を指差した。
「ほれ、その急須。茶でも飲んでみい」
素直に湯呑みに注ぎ、一口。苦く、独特の香り。漢方のような……どこかで飲んだような気もする。
「……なんのお茶ですか?」
「“不老薬”じゃ」
「……は?」
「転生者にだけ効く。万能薬にして不老薬。セントリアはこの製法を独占し、“寿命”を人質に転生者を囲っとる」
「まさか……この薬を作らせるために、研究者を拉致して?」
「まあ、そうなるな。……しかも、この“奇跡の薬”の正体はただの“葛根湯”じゃ」
「……え?」
「この世界の葛にそういう成分があるんじゃろうな。製法は葛根湯と同じ。煎じて飲むだけでも効果がある」
頭が真っ白になる。
「もしその事実が公開されたらどうなるか、わかるか?」
「……転生者は、自由になる……セントリアの管理を離れて、野に放たれる……」
「そうじゃ。そして、遠くない未来、彼らは各々の国を持つ。国を保つために武力を持ち、技術力を競い合う。そうなれば――技術の出し惜しみなどしている暇はなくなる」
信長の目が光る。
「儂が望むのは、そういう“未来”じゃ。転生者が自由に生き、知恵と技術で世界を動かす世じゃ。そうすれば──」
一拍、間を置き、湯呑みを置く音だけが静かに響いた。
「……技術革新は、あっという間だ」
その瞬間、背筋が凍った。
この男は、戦争がしたいわけでも、世界を壊したいわけでもない。
ただ、未来に追いつきたいだけ。だが――そのためなら、何でも使う。誰でも利用する。
俺たちは、いままさにその“何でも”の中にいる。
信長の視線の先に、どんな世界が見えているのか。
それを知るには――この先を、生き延びるしかなかった。
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