チューリップ、しゃべる

「ふんふんふーん ふんふんふーん♪」


 彼女にプロポーズすると決めて、花を買った。

 ちなみに選んだのは、赤いチューリップ。

 なぜって? 彼女の好きな花だからだ。


「ふんふんふんふんふんふんふーん♪」


 ……が、買ったはいいものの、どうにもおかしなことが起きている。


「……ふんふんふんふんふんふんふーん ふんふんふんふんふぇーーーん♪」


「……」


「拍手しろよ」


 いや、お前を持ってるんだから、拍手なんかできるわけないだろ!


 花屋でチューリップを選んだら、「まいど! にいちゃん」と、しゃべり始めた。

 驚いて店員さんに「えっ、この花、しゃべってませんか!?」と聞いてみたが、不審者を見る目で睨まれてしまい、それ以上何も言えず、チューリップとともに店を後にした。


 人通りの多い道を歩いているのに、誰もこのチューリップに気づかない。

 やはり、しゃべっているのが聞こえるのは俺だけらしい。

 緊張しすぎて、とうとう幻聴まで聞こえてきたのか。


 ……にしても、へったくそな歌だな。

「ふんふん」だけで歌っているけど、たぶん、チューリップだけにあの童謡だろう。

 ところどころ音が外れていて、うざい。


「誰が下手くそだ! このかいしょうなし!」


 ……こいつ、俺の心読んでる!?


「今からプロポーズ? ひゅーひゅー、やるねぇ~。で、プロポーズのセリフなに? ちょ、教えてよ!」


 うるさっ!!

 絶対教えるか、こんなチューリップに。


 無視して、彼女との待ち合わせ場所に向かう。

 でも、冷静になって考えると、このチューリップ――花束のどいつがしゃべってるんだ?

 しゃべってるやつだけ引っこ抜いて黙らせたい。


「ムリムリ~。そんなことしても無駄だよ~ん♪」


 やっぱり聞こえてる。

 くそっ、どれだよお前。

 買い直すか? いや、今からじゃ間に合わない。

 彼女との約束の時間はもうすぐだ。


 ――仕方ない。このまま行くか。


 待ち合わせ場所に着くと、彼女はもう来ていた。


 ここは――俺と彼女の、思い出の場所。

 あの日ここで告白して、付き合ってもらった。

 あれから、もう何年も経つ。


 深呼吸する。

 よし。プロポーズの練習もしたし、指輪もある。

 あとは、気持ちを伝えるだけだ!


 気合を入れて一歩踏み出した、そのとき。


「よっ! がんばれよー!」


 チューリップが、またしゃべった。うるさい!無視!!


 彼女がこちらに気づいて、軽く手を振った。


「お、きたきた! ん? なんでチューリップの花束なんか持ってるの?」


「そ、その……」


 落ち着け。深呼吸。まずは花束を渡して――


「俺と、結婚してください!!」


 勢いよく花束を差し出し、ひざまずく。

 驚いた彼女が、目を見開く。


「……え?」


 呆然としながらも、花束を受け取る。


 沈黙。


 数秒後――彼女は、小さく首を振った。


「……ごめんなさい」


 そして、花束を胸に抱いたまま――走り去っていった。


「……え?」


 俺は、ぽかんと口を開けたまま、立ち尽くす。

 俺、フラれた?



 ――――


 驚いて、私はその場を逃げ出してしまった。

 無意識に受け取ってしまった、花束を抱きしめたまま。


 人通りのない路地に入って、足を止める。

 はあ、と小さくため息が出た。


 まさか……プロポーズされるなんて、思ってもみなかった。


 もし、あんなことがなければ。

 私はきっと、あの言葉を笑顔で受け止めていた。


 三日前。

 偶然見てしまったのだ。彼と、私の友人が……抱き合っているところを。


 あの光景が、頭から離れない。

 今日は、そのことを問い詰めるつもりで来たのに。


 まさか、プロポーズされるなんて。

 こんなタイミングで――なんで……


 気づけば、頬に涙がつたっていた。


 すると。


「それ、勘違いだよ」


 ……え?


 誰かが、しゃべった?

 あたりを見回すが、人の姿はない。


「……あいつの心の断片を覗いたときに見えたんだ。あれ、転びそうになったあんたの友達を、ただ受け止めただけだった」


 ……え?


 そうなの?

 いや、それより――


「ちょ、ちょっと待って。誰がしゃべってるの?怖っ……!」


 私はキョロキョロとあたりを見回した。

 でも、どこにも誰もいない。


「チューリップだよ」


 ――え?


 視線を落とすと、胸に抱えていた花束がゆらりと揺れた。

 まさか……


「そのまさかだって! チューリップだよ!」


「きゃああっ!」


 私は思わず悲鳴を上げて、花束を取り落としてしまった。


「いった~……なにすんの、も~!」


 地面から、確かに聞こえる。チューリップの声だ。


 夢じゃない。本当に、チューリップがしゃべってる。


「……はやく拾ってよ。せっかく真相教えてあげたのにさ」


 恐る恐る、私は花束を拾い上げた。


「まったくもう……。なんでそんなこと知ってるの、って顔してるね? 心の声も、断片的な記憶も感じ取れるからさ」


「……心の、声と……断片的な記憶?」


「そう。あの男、あんたの友達に“好きな花、なんだろう?”って聞いてたよ。プロポーズのために、いろいろアドバイスもらってたみたい。ちゃんと、あんたのこと、大事にしてるんだね」


 え……?


「嘘だと思うなら、聞いてみなよ。

 さ、今すぐ電話してみなって。あの男、まだあの場所にいると思うよ」


 正直、気まずさはあった。けれど――思い切って、彼に電話をかけた。


 コール音が一度鳴っただけで、すぐに出た。


「……さっきは、ごめん」


 私はまず、謝罪した。


 受話器の向こう、しばらく沈黙が続く。


「――あのさ。三日前、私の友達と二人で抱き合ってるとこ、見たんだ。あれ……なんで?」


「えっ!? オレ、そんなことしたっけ……あ! もしかして、あの時のこと!?」


 彼の声が驚きに満ちていた。


「転びそうになったところを支えただけだよ! なんだ、見られてたのか~!」


 ……やっぱり、チューリップの言っていたことは本当だったんだ。


 胸に重くのしかかっていたもやもやが、するりと溶けていく。


「ねえ、今どこにいる?」


「まだ、あの場所にいるよ」


「――待ってて。今すぐ行くから!」


 私は走り出した。手には、あのとき彼にもらったチューリップの花束をしっかりと抱えて。


――――



 彼は、そわそわしながらベンチに座っていた。


 私は駆け寄って、少し息を切らせながら言った。


「ねえ、さっきのプロポーズの返事、してもいい?」


 彼の表情が、少しだけ緊張でこわばる。


 私はまっすぐ彼を見つめた。


「……私と、結婚してください! それから、誤解してごめん!」


 彼の目が見開かれ、少し間を置いて、ふっと笑った。


「……そっか、誤解してたのか。オレこそ、ごめん。ちゃんと説明しなかったから」


 そう言って、彼はポケットをごそごそと探り始めた。


「実は……これを買うために、友達に相談してたんだ」


 差し出されたのは、まさに私好みの――かわいらしくて、でも品のある指輪。


 さすが、我が親友。私の好み、完璧にわかってる。


「改めて、言わせて。――結婚してください」


「……はい!」


 その時だった。


「イェェェェェェェェェイァァァァァァァ!!」


 持っていたチューリップが、突然、ヘッタクソな歌声を響かせた。

 しかも――大音量で。


 思わず、ふたりで叫んだ。


「「うるさっ!!」」


 顔を見合わせて、吹き出す。


 おなかを抱えて笑いながら、これからの二人の未来が明るく輝いていくような気がした。

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