第39話 竜馬の推理①
文化祭前夜。
設営が終わった教室には、もう他の誰の姿もなかった。
教室の空気は、昼間の喧騒が嘘のように沈みきっていた。
その中に、ふたり――斎藤竜馬と、鈴木彩――だけが残っていた。
校舎の外では、グラウンドを照らしていたナイター灯が、順番に音もなく落ちていく。
まるで演目の終わりを告げる舞台の幕引きのように、学校全体が深い闇と静けさに包まれていった。
竜馬は一冊のノートを手に取り、ゆっくりと教室の後方に歩を進める。
表紙には何の変哲もない罫線ノート。だが中身は――ずっと追いかけてきた真相への手がかりがびっしりと記されていた。
そのページを開き、彼は静かに言葉を落とした。
「吉本先輩、笹本先輩、屋上、ドレス、鍵、薬……そして、制服」
教室の片隅で椅子に腰掛けていた彩が、静かに顔を上げた。
その動作には驚きも否定もなかった。ただ、淡々と、これから始まる言葉を受け入れる覚悟だけが滲んでいた。
竜馬は目を伏せず、彼女に向けてまっすぐに語り始めた。
「俺の推理を聞いてくれ。全部――つながったんだ」
彩は何も言わず、じっと彼の瞳を見つめ返す。
「笹本先輩は、あの日の放課後、“衣装チェック”って名目で、部室に呼び出された。
呼び出したのは――演劇部の衣装係である……鈴木彩、君だ」
淡々とした口調。しかしその声の奥には、熱があった。
確信と、責任と、そして覚悟。
どんな反論をされても、この真実だけはもう覆らない――そう言っているようだった。
「ドレスを着せた。そして、“裾の直し”って言いながら、意識が逸れた一瞬を狙って、注射で足元にあの薬物を打ったんだ」
彩のまつげが、かすかに揺れた。
そのまま視線を伏せ、再び顔を上げたとき、そこには表情というものがすっかり消えていた。
「彼女はすぐに意識を失った。そして――君はその体を、演劇部の衣装棚の奥に運んで隠した。あそこに近づくのは衣装係くらいだ。しかも今、演劇部の衣装係は君一人。……バレる心配なんて、最初からなかったってわけだ」
教室の時計が、小さく“カチッ”と時を刻んだ。
秒針が進むその音が、やけに耳に残る。
竜馬は言葉を置きながら、ゆっくりと歩みを進める。
もはや彼の語りは、問いではなかった。
推理ではなく、再構成された“出来事”として語られていた。
「そのあと――君は、彼女のカバンを屋上へ運んだ。職員が屋上を施錠するのは、部活動が終わって生徒たちが帰宅したあとの夜の時間帯だ。だから、その前に“カバンだけ”を先に置いておいたんだろ。まるで笹本先輩が、施錠されたあとに自分の意志で屋上に向かい、自分で鍵を開けて入ったように見せかけるために」
沈黙の中で、彩はまったく動かない。
呼吸さえも聞こえないほど、張り詰めた空気が、ふたりの間に横たわっていた。
「でも――肝心の事件が起きたのは、そのあとなんだ。屋上の鍵が施錠された“あと”に、ね。つまり、あの屋上は完全な“密室”として成立していた。そう、みんなが“現場”だと思っていたあの場所は、じつは密室に見せかけるためのカモフラージュに過ぎなかったんだ。――笹本先輩は、屋上で死んだわけじゃない」
竜馬は教室の窓の方に目を向けた。
その窓の外、夜の帳が校舎をすっかり包みこんでいた。
「彼女は、演劇部の部室の窓から――突き落とされたんだ」
その瞬間、彩の眉がかすかに動いた。
それでも、口を開くことはなかった。
「君は、部活を終えていったん帰った。そして、屋上の鍵が施錠されたあと……もう一度、夜の校舎に入った。誰もいない時間を狙って。それから、衣装棚に隠してあった笹本先輩の身体を引きずり出して……。そのまま演劇部の部室の窓から、突き落とした――」
竜馬は、静かに、しかし逃げずに彼女を見つめる。
そして、最後の言葉が空気に溶けるように消える。
教室には、ふたりの呼吸だけが静かに響いていた。
まるで、息をするたびに空気が揺れ、真実がその輪郭を顕にしていくようだった。
外の世界は、完全に夜だった。
誰もいない校舎。誰も聞いていない教室。
けれどこの瞬間、ここにはひとつの“答え”が生まれようとしていた。
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