第4話 学級委員長

春の陽射しが、まだ若干ぎこちないカーテンの隙間から差し込んでいた。

窓際の列に置かれた机は、ほんのわずかに埃をかぶっており、誰かが昨日磨いた跡が曖昧に残っている。

引き出しの中にはまだ何も入っていない。椅子の高さも微調整されておらず、生徒たちは座るたびに細かく体勢を直していた。


――つまり、すべてが「これから」の教室だった。


四月の上旬。

咲き残った桜の花びらがときおり舞い込み、教室の床に淡い色を添える。

生徒たちは皆、まだ制服の襟に手をやる仕草がぎこちない。男子も女子も、前髪を整える回数が多く、筆箱を机の上に出すのにもどこか順番を探るような気配があった。


この日、1年B組の教室には、どこか仮住まいのような空気が確かに漂っていた。

新しいクラス、新しい席、新しい顔ぶれ。

目に映るすべてが未確定のまま、誰もが息を潜めるようにして自分の“居場所”を模索していた。


しかし――そんななかで、すでに確かな存在感を放っている生徒がひとりいた。


斎藤竜馬。

均整のとれた顔立ち。それでいて気取りはなく、誰にでも平等に笑みを向ける。


「好かれずにはいられない人間」とは、きっと彼のような人を指すのだろう。


彼が誰かの話に小さく頷くだけで、その場の空気はふわりと和らぐ。

冗談を言えば、それがたとえ凡庸な一言でも笑いが起きる。

彼の発する声のトーン、間合い、眼差し、すべてが自然で、それゆえに“作られた感じ”が一切ない。


彼は、狙って中心に立つのではない。

ただ、そこにいるだけで人が集まり、求心力を持ってしまうのだ。


「じゃあ……そろそろ、学級委員を決めようか」

穂積先生の穏やかな声が、そんな空気の中で響いた。


担任の穂積正吾。

丸眼鏡に柔らかめのスーツ、三十代後半の落ち着いた雰囲気を持つ教師だった。

口調はのんびりとしているが、目線は鋭く、クラスの力関係や温度を誰よりも的確に読み取っている。

一見優しそうだが、たまに放たれる“鋭い一言”で、生徒たちに程よい緊張を与えるタイプである。


「まず、委員長。誰か立候補する人、いるかな?」


一瞬、教室内の空気がふっと止まる。

誰もが顔を上げ、しかしすぐに目を逸らした。

この“最初の一歩”には、どうしても慎重さが求められる。

立候補することは、目立つということ。浮く可能性もあるということ。

まだ他人の素性がわからないこの時期に、自ら前に出るのは、ある種の“賭け”だった。


だが、その沈黙を破ったのは、一人の女子生徒の声だった。


「はい、斎藤くんがいいと思います!」


最前列の席から、やや高めの声が上がる。

その瞬間、教室に軽い波が起きる。

まるでその一声を待っていたかのように、次々と賛同の声があがった。


「私も!」

「竜馬くんが適任じゃない?」

「仕切るの得意そうだし!」


名前で呼ぶ者、敬意を含んだ言い方をする者、照れたように声を添える者――

そのすべてに共通していたのは、“当然”という空気だった。

それほどまでに、斎藤竜馬という存在は、この教室においてすでに突出していたのだ。


男子生徒たちからも声があがる。


「まぁ、確かに適任だよな」

「俺も斎藤がいいと思う」


決して反発や嫉妬ではなく、自然と納得したような声だった。

中には、彼のそばで笑いながら「頼むわ~」と軽く背中を押す者もいた。


その空気に押されるように、穂積先生が穏やかに頷く。


「……多数決じゃなく、他薦数で即決かな。じゃあ、斎藤くん。お願いできるか?」


「はい、頑張ります」

竜馬は、ゆっくりと立ち上がる。

その表情には驕りも気負いもなく、ただ静かな自信と、ほんの少しの緊張が滲んでいた。


そして、教室内に拍手が起きる。


まだ打ち解けきっていないこの集団の中で、初めて起きた“共通の動き”。

それは教室にひとつのリズムをもたらし、微かな連帯感を芽生えさせる瞬間でもあった。


それは、完璧な“主役登場”だった。

しかも、それを演出したのは竜馬自身ではなく、周囲の空気そのものだった。


だが、その余韻のなかで、次に来る“副委員長選出”という名の嵐に、まだ誰も気づいていなかった。

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