第31話 投獄
雨宮が連れてこられたのは、カラーニンの市中にある憲兵駐屯地。その独房である。
他の独房には政治犯と思われる人々が収容されている。暴力的な側面は存在しないが、異様な空気が独房全体を包んでいた。
その独房のうちの一つに、雨宮は無理やり押し込まれる。
「おら、大人しくしろ!」
独房の扉を閉められた際に、体を拘束していたロープが解かれて回収された。おそらく、ここで首を吊られないようにする処置だろう。
「なんで僕がここに収容されないといけないんですか!? 冤罪です!」
「んなもん俺らに言われても仕方ないだろ。これは上からの命令だ。俺たちはそれに従う義務がある」
「だからって上意下達の権化みたいな仕事されたら、困るのは一般市民のほうですよ!」
「なんだ貴様ァ……! 俺たち憲兵に楯突こうってのか!?」
すると憲兵は、鉄格子の隙間に手を突っ込み、雨宮の首を強く握る。思わぬ攻撃に、雨宮は首を絞める憲兵の手首に爪を突き立てた。
その痛みに耐えかねたのか、憲兵は反射的に手をひっこめる。苦しみから解放された雨宮は、ゲホゲホとせき込んだ。
「クソがっ! 貴様、後で覚えておけよ!」
そういって憲兵はその場から立ち去る。
「なんで……、なんで僕がこんなことに……」
雨宮が絶望に打ちひしがれていると、正面の独房から声が聞こえてくる。
「おうアンちゃん。アンちゃんは何をやらかしてここに入ったんだ?」
雨宮が顔を上げると、正面の独房には顔中に深いシワが入った男性が座っていた。
「……僕は、どうやらドゥリッヒ王国にある辺境伯の次期当主の暗殺に関与した容疑で捕らえられたようです」
「ほっほーう、それはまた大層な犯人だな」
「違います! 僕は無実です! 何もやっていません!」
「ここにいる大半の連中は、全員最初はそう言う。でも最終的に皆、口を割っちまうのさ。『自分がやりました』ってね……」
「なんで……?」
「そりゃ、見るも無残な拷問を受けるからさ。ある奴は死んだほうがマシな方法で拷問され、ある奴はゆっくりと爪を剥がされる拷問をされた。憲兵の連中は、俺たちがどの方法で一番痛みを継続させられるかばかり考えている。発言の真偽に関係なく、あいつらは拷問というものを心から楽しんでいるからな」
「そんな……」
雨宮は頭がクラクラしてきた。憲兵は拷問を娯楽の一種と考えている。それが雨宮の思考を停止させた。
その時、雨宮は違和感のような物を感じる。現実が夢のようになった、ふわふわとした不思議な感覚だ。
すると、目の前の独房とは反対の、壁のほうから声が聞こえてくる。
『おい、聞こえているか?』
(この声は、あの白い空間にいる老人……?)
『そのまま声を出さずに聞くのだ。君は今、レオニダス・ホイターが歩んだ歴史から外れ、新しい歴史を歩みだしている。それにより人類史が大きく歪み、君の存在そのものが危うくなっているのだ。そのままでは、君の意識は消失し、この世界そのものが根底から消え失せる』
(そんなの、一体どうしたら……?)
『今は儂の力で君の意識を保つようにする。その間に、君自身が独房から脱出するのだ』
(無理ですよ……! 魔法が使えるならともかく、ここには魔法を使えなくする阻害魔法の結界が張られています。それに魔法陣を組む鉛筆と紙もない……)
『最終手段は、自分の爪で壁に魔法陣を彫り込み、破壊するほかないだろう。とにかく、儂が時間稼ぎをする。君はここから脱出する術を全力で模索するのだ……』
そういって声が聞こえなくなると、急に意識がはっきりとする。
「はっ……! ……ここから脱出するって、一体どうしたら……」
雨宮は周囲の壁や鉄格子をマジマジと観察してみるが、脱出に使えそうなものはない。
その様子を見ていた目の前の独房に入っていた男性が再び声をかける。
「なんだアンちゃん、ここから脱獄でもするんかい?」
「……えぇ、まぁ」
「それはよしといたほうがいいぜ。脱獄を考えるのは自由だが、脱獄のために行動していると言い掛かりをつけられた奴は、真っ先に手足を落とされる拷問を受ける。それで死んでいった奴も大勢いるからな」
その話を聞いて、雨宮は恐怖に震えだす。
「もし冤罪だとしても、ここに入ったら最後。どんな行動を取ろうとも、最後には無駄になっちまうんだ」
そういって男性は不気味に笑う。
「正直になれとは言わんが、従順であったほうが得するぜ……」
助言を終えた男性は、雨宮に背を向ける形で床に寝転がる。
雨宮も仕方なく、冷たい床に寝転がった。
(あの人の言う通り、従順であったほうが有利かもしれない。今は頭の中で脱出する算段を考えよう……)
雨宮は目を閉じ、どうにかして脱出する方法を模索するのだった。
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