第5話後編:郷愁のマシナ(Fake, far...)
意気揚々と、島に帰るマシナ。
テイアを傷つけぬよう、ゆっくり慎重に。
しかし風のように。
島にはすぐに、到着した。
往路には戦場を探し、さ迷っていたマシナだったが、復路は一直線。
テイアのためにも。
――しかし、何やら島の様子がおかしい。
歓喜していたはずの気配が立ち消え、どんよりと淀んでいるような……。
「どうしたの?みんな……」
「あぁ、マシナちゃん!」
「おかえり、帰って来たんだね、良かった!」
「マシナちゃん……」
「実は、あいつら、あの後すぐに引き返して、報復にきやがってよぉ……」
「情けないが、俺らぁ、降伏することにした」
「金も、たっぷり払わなきゃいけねぇ」
「だがこれ以上、死人が増えるよりマシだ……!」
「終わったこたぁ、どうでも良いぜ、話はついたんだ」
「あぁそうだな……」
「そんなことより……。
言いづれえんだが、マシナちゃん……」
「リーヴが……!」
「あれからたったの、たったの1週間だってのによぉ!」
「戦争が、黒死病が、許せねえよ俺ぁ」
「マシナちゃん、会いに行っちゃダメだぞ……」
「リーヴが?!
でもまだ、生きてるの?」
「生きてるが、黒死病にかかっちゃあ……」
「関係ない!
リーヴはどこ?!」
「行ったら、絶対にダメだ」
「よせ、マシナちゃん」
「――どこ?」
「マシナ様の頼みでも、それだけは……」
「――――みんな。
私、リーヴに最後に会えるなら、死んでもいいんだ。
ていうか、私の凄さ、もう知ってるでしょ?
黒死病だって、進行具合によっては、私なら治せるかもしれない。
だから大丈夫。
――どこ?教えて?」
「マシナちゃん……。
って、あ、赤ん坊?!」
「赤ん坊を背負ってるぞ?!」
「あんたにゃ、本当に参ったね」
「ふっ、もう、何が何だか……。
――降参だ」
「ただし、赤ん坊だけは、絶対に置いていけよ!!」
「俺のカカァに、しばらく預けよう!」
「あんたんとこなら、間違いねぇ!」
「みんな、ありがとう……」
リーヴの置かれた部屋へと急ぐマシナ。
――到着すると、すっかり様子の変わったリーヴが、寝込んでいた。
がらんどうの、飾り気のない部屋に、たった一人。
両手に何かを握りしめて。
「――――――おかえりっ」
「た、ただいま、リーヴ……」
「はん。
足音だけで、アンタだって分かったぜ、どんなもんだい?
しかし何だ、アタシともあろう者が、情けないね、ハハ……」
マシナが、リーヴの両頬を、両手でぎゅっと包み込む。
「静かにしてて。
大丈夫、大丈夫だよ、リーヴ。
もしかしたら、治せるかも。
私が来たんだぞ、私が……」
「昨日元気だったモンが今日には~、なんて脅かすもんだからさぁ。
アンタに、これ。
書いておいて、よかった。
手紙なんてすげぇだろ?
宿屋の店主は、伊達じゃねえんだぜ?
……あ!
王様はもう、ぶっ潰したのか?」
「いや、それは……。
色々あってね。
何かもう、どうでもよくなって。
で、色々あってリーヴに会わなきゃいけなくなって。
帰ってきちゃった。
けど……」
リーヴの色々な場所を観察し、触れたマシナから、力と正気が抜けていくのを察したリーヴが、明るく振舞う。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ~。
アンタにまた会えて、本当に嬉しいよ。
ところで色々って、何があったのさ?」
「私、ママになったんだ。
それで、帰ってきたの」
「一週間でママに?!
さすがにそりゃ、アンタじゃなきゃ無理な芸当だねぇ」
「でも、たまたまなんだ。
たまたま出会った人がいて、たまたまその人を助けて。
で、たまたま、帰って来れただけ……」
「――――――マシナ。
全部が全部、たまたまじゃないんだよ。
アンタの道は、アンタが選んで、きたはずだ」
「そうかなっ?!」
嬉しそうな顔をする、マシナ。
しかし、少しして、なにやら暗く、俯きはじめる――。
「――マシナ。
生きてたらさぁ、良いことだけするって訳には、いかないよね。
アタシ達は、弱いから。
今回、アンタが出てった時だって、そう。
でも、きっと、いいのよ、それで」
「うん、うん……」
「伝えさせて。
――おかえりっ。
帰ってきてくれて……、この島に来てくれて、本当にありがとう。
それから、ママになれて、おめでとう。
大事件だな!
アンタ、泣いてる場合じゃないぞ?」
「うん、うん。
私こそ、ありがとうが、何個あっても足りないよ。
――あのねリーヴ。
私たち、ゴットランドクローバーは、必ずまた、会えるんだよ?」
「ふふ。
あんた、本当に変わったね」
「――うん。
リーヴとフリーダに出会えたおかげで、私、変われたんだ。
でも、ちょっと間に合わなかった……」
「ううん。
――アンタは、間に合った。
間に合ってくれたじゃないか。
アンタが、戦うのをやめて帰ってきたから、間に合ったんだ。
偉いぞ、マシナ」
「――――そっか。
私、間に合ったんだ?
リーヴ……」
「――マシナ」
リーヴの手を取るマシナ。
「――――リーヴゥゥ……。
間に合ったって、言ってくれて、ありがとう……。
私に、色んなものを……。
――抱えきれない宝物を、沢山くれて、ありがとう……!」
「うん、――――手紙、読んでよね。
ははっ。
アタシ、――アンタが来るって、信じてた。
……信じ抜いたぞ」
リーヴの手を、握り続けるマシナ。
「リーヴの手、離さないよ」
光に包まれる2人。
リーヴの涙を拭うマシナ。
――しんとした部屋。
「こんなに悲しいのに、こんなに苦しいのに。
私の頬は、乾いたまま、冷たいまま……」
マシナはもう、動けなかった。
――――動けない。
動けるはずもない。
色んなことがあった。
色んなことが、あった。
動けるはずが、なかった。
また、眠ってしまいたかった。
何もかも考えることをやめて、捨てて。
――しかし――
「ううううあぎゃああああああああん」
村人たちに連れられて、静かな部屋に流れ込んできたテイアの泣き声が、マシナをハッとさせた。
「――私、ママになれたんだ……!!!」
立ち上がるマシナ。
「テイア!!」
「マシナちゃん、服を替えな!」
「さすがにそのままじゃいけねぇ!」
「一旦、帰るんだ!」
「大丈夫、任せて!」
島中を、一陣の強烈な突風が駆け抜けた。
すっかりと、あっという間に、あたり一帯、まるごとが清潔になった。
「き、奇跡が……」
「また、奇跡が、起きた……」
「神の、祝福か……?」
「もう、何が何やら……」
「みんな、ただいま!」
「お、おかえり、マシナちゃん……」
「なんか、変わった、な……」
マシナを取り囲むように、旋風が巻き起こっている。
「うん。
あたし、変わったんだ。
みんなのおかげ」
「でも、島が、このザマでよぉ、はは……」
「もう……、さすがに少し、休んじまいてぇや……」
美しい島が、戦禍と病疫を前に、すっかりしおれている。
みんなを見渡して、マシナが優しく、力強く、語り掛ける。
「……うん。
――元気出して、なんて、言わないよ。
私がみんなを、たちまち元気にしちゃうんだから」
「マシナちゃん……」
「マシナちゃん……、ぐ、ぐぅ……!」
「姐御……!」
「マシナちゃんにここまで言われて、へこたれてられっかよ!」
「あぁ、やること山積みだぜ……?」
「ワクワクするじゃねぇか!」
「そうだ、その意気だ!」
「マシナ様が帰って来たんだ、絶望してる場合じゃねえ!」
「そうだ!
いつだって、俺たちはこれからだ!」
「母は強し、だな!」
「おめぇはいびられ過ぎだろぉ!」
「「「「だっはっはっは!!」」」」
「おうおう!
今日はなんて、めでてえんだ!」
「こんちくしょ~~~~!」
「俺たちの女神様、マシナちゃんのおかえりだぞ!」
「今日を喜び、楽しもう!」
「おう!」
「今日を喜び、楽しもう!」「今日を喜び、楽しもう!」「今日を喜び、楽しもう!」「今日を喜び、楽しもう!」
「マシナちゃん!!
リーヴみてぇなよ、一発キツイの、頼むわあ!」
「アッハッハッハッハッハ、そりゃあいい!」
「フリーダみてぇに、元気満点でな!」
「任せて。
――今はアタシも、そんな気分」
スゥウウウウウっと、村の空気を目いっぱい吸い込むマシナ。
「よぉおし。
その調子だ、てめえら!
フルスロットルだぁああーー!」
「「「フルスロットルだぁあああああああーーーーーー!」」」
老いも若きも、男も女も。
村人たちは、全員が、絶望を打ち破ろうと必死だった。
それぞれがそれぞれへかけた励ましの言葉は、自分への、村中への激励だった。
それはある種の狂騒にも近かったが、今の彼らには、それが必要だった。
「で、なんて名前なんだい、この子?」
「――テイアです。
この娘の名前は、テイアです」
「女神さまにぴったりの名前じゃないか!」
「さぁ、マシナちゃんの隠し子だ!
村人全員で大事に育てるぞ!」
「おぉーーー!」
そして、この場にいた全ての人間が。
心の底から、テイアを連れたマシナを祝福した。
☆
「ただいまリーヴ。ただいまフリーダ。
あなたたちが、私のふるさとだよ」
マシナは、受け取った手紙を空に透かしながら話しかけた。
ちょっと勇気が必要だったが、いつか出せなかった勇気を振り絞って、手紙を読んでみた。
『~マシナへ。
――おかえりっ!
さて、突然だけどあたしはこれから、3つの幸せを抱いて、天国に行きます。
まずは勿論、マシナとフリーダとの思い出を、この人生に刻めたこと。
それが1つ目の幸せ。
で、あたしにお迎えが来たってことは、フリーダに会えるってこと!
それが2つ目の幸せ(フリーダに”アレ”、やってあげなきゃね)。
そして3つ目の幸せは、これを読んでいるマシナが、何はともあれこの島に、無事に帰って来れたということ!
幸せ者のアタシが、羨ましいだろう?
だから、アタシの為の涙なんて、あんたは流さなくていいんだよ。
アタシはあんたのこと、ずっと見守っているよ。
そして、何度でも言うけど。
いつまでも、大っ好き、だぞ!
この島に来てくれて、本当にありがとう。
そしてさよなら。
あたしの可愛いマシナ――~』
手紙を読み終えたマシナは、花冠を添えた。
夕陽と潮風が間近な、島いっぱいのぬくもりが飛び交うリーヴ達の墓前に、いつも3人で一緒に編んだ、花冠を添えた。
今日はマシナと村人みんなと、テイアの手のひらも一緒に紡いだ、花冠を、添えた。
「ありがと、リーヴ。
ありがと、フリーダ。
ありがと、マヤ。
本当にありがとう。
私に愛を教えてくれて。
宙よりでっかい愛をくれて。
みんなに捧げる涙は。
悲しみなんかじゃない涙は。
代わりにテイアが、落としてくれているから。
安心して、休んでいてね……。
見ててみんな。
私これからは、フルスロットルなんだから……!」
――向き直る。
テイアや村人たち、そして島を見つめる。
そんなマシナの眼差しに込められた温度を。
作為も屈託もない、新しい笑顔を。
村人たちは、ひそかに、だが確かに、感じていた。
――そこには、これまでに見たことのないほどの輝きが見えた――
第5話――――――完
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