第5話前編:郷愁のマシナ(稲穂)


 ――愛には恐れがありません――


 数日後。

 村が一つ、消費されていた。

どう見ても、元々の住人が皆殺しにされている。


 荒くれどもは備蓄の食糧を食い散らかして、連日、宴を開いているようだ。

――哀しみから、目を背けるかのように。


 そんなところに、女神のフリをした、厄介者の旅人がやってきた。

犯してやろうと、襲ってくる男どもを吹き飛ばしながら。

そして、堂々とのたまう。


「貴様ら馬鹿どもの王のもとへ、案内あないせよ」

「はっ!何、企んでやがる!」

「頭足りてねぇのか、てめえ!」

「てめぇはこれから慰み物にされた後、奴隷市に行くんだよ」

「城と真逆のコースじゃねぇか」

「そいつぁいいや、がははは」

「「「がははははは!!!」」」


「――なら、いい。

 王のもとへは自分で行くから。

 貴様らは、皆殺しだ」


 躊躇ちゅうちょも予備動作も、隙も表情も無駄な挙動もなく、悪態づく荒くれ共を、難なく吹っ飛ばす厄介者。


「お、おい!人質を連れて来い!」

「あ、あいつか!あのババァ!」


「――まだ住人が、残っているのか?」


 顔色を変えた厄介者を見て、汚い笑みを浮かべる男ども。



 ――そうして連れてこられたのは、産気づいた妊婦だった。

 

「女だからと、生かしていたのか?

 芸のない……」

「あぁ~……。

 いやま、もうすぐ産まれそうな赤ん坊だけいただきゃ、女は用無しだがな」

「最低限の餌だけ与えて、監禁してやってんのさ」

「赤ん坊は戦士として育てる。

 戦いだけが生きてゆく道だと、仕込む。

 この村のことなんか知らずに、大人になる」

「い~ぃ一番槍に育つぞ~」

「死んだって誰も悲しまねえ!」

「おもしれぇだろ?」

「女だったら、捨てちまえ!

 生きるか死ぬかの、くじ引きだ!」

「「「ガッハッハッハッハッハ!!」」」


「――お前らやっぱり、皆殺しだ」

「あぁ~ん?

 だぁから~、こっちには人質がいるんだ、大人しく犯されてな!


 ――――――って、あれ?」


 キョロキョロと見渡す。

もう人質を連れて、少し遠くまで離れていやがる、だと??


 驚嘆してる間もなく、疾風はやてに紛れて、厄介者が再臨した。


「――人質はもう、預かったぞ」

「おいこれ、ちょっと、ヤバくね?」


「下種めら。

 逃げたい奴は、逃げるがよい。

 だが二度とその面ぁ、見せてくれるな?」

「ゆ、弓!てぇ!

 遠くから、射ちっ殺しっちまぇえええ!」


「――やっぱり私、こノ武器が、本ッ当に、大嫌イダ……!」


 ――――厄介者は、嵐のように暴れた。

向かってくる者らを、阿修羅のごとく容赦なく、ボッコボコに叩きのめした。


「い、戦乙女様か?」

「馬鹿野郎、戦乙女様があんな狂ってる訳あるか!」

「し、死神に決まってる!」

「どっちにしても、人間じゃねぇことだけは確かだ……」

「ありゃ、雷神トール様だって、時間をかけるに違いねぇ……」

「にに、に、に、逃げろ!」




 ――ひとしきり暴れ終えて……。

村には、空っ風が吹いた。

血と土煙に巻かれた、キライなにおいの、空っ風。

少し、もと居た島の最後や、あの日、うずくまった原を思い出して、呆然と立ち尽くす厄介者。


「うううぅぅ~~~……」


 うめき声がした。


「大丈夫かっ?!」

「う、産まれる……。

 あ、あんた!

 今からいうもの、準備して!

 出来る?」

「任せろ!!

 私は、人に尽くすのは得意なんだ。

 風の速さで準備してやる!」

「ありがとう、あたしの名前はマヤ。

 あんたは?」

「マシナ……!」

「よし、マシナ。

 ――頼んだよ!」


 比喩ではなく本当に、風の速さで指示をこなすマシナ。


「はぁ、はぁ……。

 色々残っていて、良かったよ!

 不幸中の幸いだ。

 あんたの、おかげだ、ねぇ!

 で、あんた、赤ん坊、取り出せるかい?」

「理屈はわかっている!

 へその緒が絡まらないように。

 無理矢理引き抜かず……」

「やるじゃないか、頼もしいね」

「でも!

 こ、怖いよ……。

 やっぱりわかんない、わかんない、わかんない、わかんない」

「私は慣れてるから、大丈夫さ。

 落ち着いて、優しく、ゆっくり。

 いいね?」

「う、ううううう……」

「落ち着きな!

 く、ぐうううううう、ふ、ふ、ふ……。

 へへん、こんな痛み、なんだい!

 お母さん長いことやってるとねぇ、強いんだよ!」

「……………………?!」

「………………」

「………………?!」

「………………」

「…………?」

「…………」

「……」

「」




 そしてついに、産声が響き渡る。

母は、命を守り抜いた。




「そう、そう、そのお水に、浸けて……」

「し、知っている!

 分かってる!

 ――――――あ、あぁ~~~~。

 こ、こ、こ~う?

 合ってる?

 やっぱりわかんない!

 マ~ヤ~~~っ!」

「だいじょうぶだいじょうぶ、その調子だ。

 アンタが最初に、抱いてやったんだ。

 自信を持ちなさいな!」

「うぅ~。

 抱っこし続けるの、こ、怖いよぉお~~~……」

「あんなに強いのに、赤ん坊抱っこすんのが怖いのかい?

 ハハハ、笑っちまうねぇ~」

「うぅ~~~……」


 マキナは、赤ん坊を抱きながら、固まってしまった。


「……もしかしてあんた、母親に抱きしめられたこと、ないのかい?」

「母親なんて、いないし……」


 モジモジしながら、一歩引くマシナ。

指示のもと、マシナが超速でこさえた抱っこ紐で赤ん坊を背負って、静かに手を広げるマヤ。


「おいで」

「えっ……」

「いいから、来なさいな」


 断りきれず、オドオド近づくや否や、無理やり抱きしめられるマシナ。


「わっ、わっ!!!!」

「だいじょうぶ。

 な~んにも、言わなくて、いいんだよ。

 あんたはそれでいいんだ……。

 だいじょうぶだからね。

 何があったか知らないが、母親に抱かれたことがないなんてきっとさぁ。

 そうしてあんな戦い方してさぁ。

 ――たった一人で、今まで、頑張ってきたんだろう?」


 硬直するマシナを、しばらく抱き続けるマヤ。


「この子の名前……決めたの。

 マシナみたいに、強くて、美しい女神様に、守ってもらえるように。

 ――── “テイア" 。

 女神様、って、意味よ……。

 この子、きっと、あなたみたいに綺麗になるわぁ」


 マシナには、マヤが赤ん坊へ送る眼差しが、笑顔が。

これまでに見たことのないほどに輝いて見えた。


 ――しかし。

 言いながら、フラフラと、マヤが、倒れそうだ。

マシナは、震えながらも、テイアを抱える。


「でももう、あたしがダメみたい。

 エネルギー全部、使い切っちまったかねぇ。

 私の赤ちゃん……。

 うううううううううう~!

 もう育てられない、もう会えない、もう抱けないの……?」

「マヤ……」

「戦争なんて大嫌いだ!

 私たちから、何もかもすべて奪って!

 アイツら、好き勝手に振舞いやがって!

 ううう~~~、ううううあああ~……!」


 涙が止まらないマヤ。


「憎しみは、憎しみによって止むことはない。

 慈しみによって止む」

「うううう~~~……」

「なんて、カッコつけすぎよね。

 私、このセリフも、これを言ったやつも、大嫌いだったの!

 偉そうで!自分勝手で!」


 頬を思い切り膨らませながら寄り目をするマシナ。


「ふふ。

 ふふふ。

 あなた、あんなに強いのに、優しいんだねぇ。

 こんな時に、おっかしい……」


 マシナの様子に少し笑顔を取り戻しながらも、しばらく泣き続けるマヤ。

寝込むマヤの頬を、両手でぎゅっと包み込むマシナ。


「思い切り泣きなさい。

 マヤも、テイアも。

 ――泣きたいときに泣けるのは、素晴らしいことよ」

「うん、うん……。

 あぁ、そんなマシナの優しさが、大好きよ。

 私の願いも悲しみも憎しみも、すべて、受け止めてくれるんだね」

「赤ちゃんのことは、私がきっとなんとかするから」

「ありがとね……」

「こう見えて私、頼りになる友達がいるんだよ。

 すっごく綺麗な島に住んでるの。

 テイアもあの景色見たら、喜ぶと思うんだ!」

「――あなたこそ私の救いよ。

 あぁ、最期の最期に心が、平穏を迎えられたわ」


 抱き合う二人。


「あなたに尽くせて、私、本当に幸せだわ。

 ――私ね、実は、自分の中の憎しみの元凶を。

 アイツらくそったれの王様を、ぶっ潰しに来たんだ」

「スカッとしたよ、ハハハ……」

「でも、マヤとテイアに触れてるうち。

 変な話だけど、そんなのどうでもよくなっちゃった……」

「ふふふ。

 そうかい、ありがとよ。

 マシナ、強くなったんだね。

 ママに、なれたんだね……。

 ふふふ」

「――もう。しゃべらなくていいの、疲れたね。

 おやすみ……。

 また、会おうね」


 ――――共に抱き合うマヤとマシナとテイアが、光に、包まれる。




 夕焼けだけが、そんな様子を見守っていた。









 テイアを背負い、マヤの亡骸を埋葬するマシナ。

最後に花冠を添えて、一人、呟く。


「私、ママになっちゃった。

 でもこのままじゃ、どうしよう。

 誰かに会わなきゃ、いけないわ……。

 ふふっ……。

 ――リーヴに!!」


 ――くらく、しかし澄んだ空に、鶏鳴が響いた――


第5話 続く

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