第3話後編:旅立ちの俱生姫(魔女旅に出る)


 臭気むせ返る悪路に、『リーン、リーン』と、不釣り合いなほど軽やかな、しし除けの鈴のを伴って、暢気のんきな僧侶がやって来た。


 髪は総髪、袖はまくって、普段なにを喰っているやら背高せいたかのやや、筋肉質。

「戒律ぅ~?何、それ?」とでも、言わんばかりの風体だ。


「おっ。

 こいつがかの有名な、人を殺すとかいう石かぁ。

 っていうか、こんな危なげなところ。

 人が死んで当然だろ~。

 いやそれより、くっせぇなぁ~。

 麗人が逃げ込んだなんて話は、どうしたんだ?

 ちくしょうめ。

 ほぉ~れ。

 こんなこと、しちゃうもんねぇ~」


 注連縄しめなわに巻かれた、妙に目立つなりの岩を、ペチペチと叩く僧侶。


『――わらわを揶揄からかう愚か者め、ぬがよい!』


「ひえ~、驚いたあ~。

 石が喋ったあ~。

 あ、生臭坊主の "童子どうじ" でぇ~っす、よろしくぅ~」


『――去れ!』


「つれないこと言うなよぉ~。

 麗人の噂を聞きつけて、わざわざ来たんだぜぇ?俺ぁ……」


 すると岩から "ボン" っと、音と煙がったのち、一瞬で麗人があらわれた。

くるりんっと、自分の姿を見せびらかせるように旋回するや、得意気に歩き始める。


「ふふん」

「か、母ちゃん……?!

 てめぇ――……、なんてもの見せやがる!

 喝ああああああああっ!」

「え?!

 え?!

 ごめんなさい、ごめんなさい!

 急に怒らないで!

 怖い顔しないでぇ~~~~~」


 頭を押さえてうずくまる麗人。


 ――気付けば、ぎゅっと小さくなりを縮め、狐耳の生えた、幼児の姿にまでなっていた。


「ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。

 こっちこそ、すまん」

「怖かったぁ」


 こっちも見ずにうずくまるままの幼児。


「ごめんな。

 お前は、相手に応じて姿を変えられるのか?」

「すごいじゃろ。

 男どもなぞ、わらわの手にかかればメロメロのイチコロじゃ」

「ふん。

 なんのことはない。

 貴様自身ですらない器が、相手の弱みに付け入り、ただ反射しているに過ぎん」

「そんなこと、わかってるもん……。

 わらわは何も発してなどおらぬのだ。

 ……鏡と相愛する者なぞ、おらんわいな。

 我ながら、こんな姑息な擬態が、何を生み出すというのやら……」

「悲しいか。

 だが化生の分際では、涙も流せまい」


 流石に幼児も立ち上がる。


「うるさい!

 黙れ!黙れ!黙れ!

 あああああああああーーーーーーーー!!!」


 ダン、ダンダンダン、と、地団駄を踏む幼児。


「そう猛るなって、ごめん、ごめん。

 事故で早世した母ちゃんを見せてきたお前に、ムカついちまってよ。

 まだ苛立っちまってたんだな、非道いことを言っちまったぁ。

 相変わらず、坊主失格だ。

 "童子" たぁ、我ながらよく言ったようで嫌になるぜ……」


 俯く幼児。


「……。

 お前はホントに、坊主、失格じゃ」 

「ごめんな?」

「……。

 ――いいよ。

 お前がさっき許したから。

 わらわも一回だけ、お前を、許す」

「お、話せば分かるってもんだな。

 話さなきゃ、なぁーんにも、分からん」

「何なのだ、貴様。

 調子の良いことを……」

「俺たちって何なんだろうねぇ?」

「イライラさせるヤツじゃ!

 只でさえわらわはもう、すべてが憎いんじゃ!

 自分も、人間どもも、この世界も!

 全部全部!

 ずっとずっと憎くて憎くて仕方がない!」


 童子を名乗る僧侶が顔の横で人差し指を上に立てて、優しい笑顔で語り出す。


「憎しみは、憎しみによって止まず。

 慈しみによって止む。

 遠い遠い西の国から伝わる、ありがた~いお言葉だ」


 幼児は固まってしまった。


「固まっちまった。

 ま~だ怒ってんのか?

 勘弁してくれよ。

 麗人が怒ると怖いんだ。」

「――ふふ、麗人と言ったな?!

 ふふ、ふ。

 わらわと交わるか、クソ坊主?」


 幼児が指をわきゃわきゃとしながら舌なめずりして、成人男性を襲おうとしている。


「確かにおぬしと交われば、狂うほどの快楽を得られよう。

 だが、過ぎた快楽は身を亡ぼす……」

「利いた風なことを言うなっ!!

 貴様もそうやって、わらわを拒むのか?!」

「へっ。

 ど~やら、相当な色男に振られたとお見受けする」

「……!!」



「それに俺、もう全部出家済だから。

 いくら麗人に誘惑されても、意味ないから」

「そのだらしない見てくれで、かぁ~?」

「おうとも」

「本当に?」

「あぁそうさ?

 上から下まで、ぜぇーんぶ出家済!」

「じゃぁ~そこも、出家済?」

「まぁ、そうだな。

 出家済とも、ぬくもりに包まれて在家中とも言えるが……」

「――どういう意味じゃ?」


 ジトっとした目で、一応幼児が訪ねてみる。


「知らない方が、いいこともある。」

「……。

 知られたくないこと、じゃなくてか?」

「……」

「――――――童子、のぅ……」

「お嬢ちゃん。

 俺のこと、傷付けたいの?

 泣かせたいの?」

「ふっ。

 ふふ、ふふん。

 名前を呼んだだけじゃろがっ」

「仕方ない。

 まだ俺が救われる前。

 13の頃に、隣村の娘と、祭りでなぁ……」

「なっ!!!

 黙れ黙れ黙れ!

 そんなことまで聞いとらんわ!

 バカめバカめバカめ!

 もう!

 貴様だけは許さん!!

 ふしゃあああ~~~~!」

「だからぁ。

 麗人が怒るとおっかねんだってば!」

「し、痴れ者が!まったく……」

「可愛いところ、あるじゃねぇか。

 照れてるところは、天女様みたいだぜ?」


 顔を真っ赤にする幼児。


「もういい!痴れ者!いけず!大うつけ!ばか!あほぉ!ばかぁ~!」





 指を差して、知っている限りの罵倒を浴びせてくる幼児を見て、ニッコリ笑う童子。


「少しゃあ、スッとしたか?」

「ううううううぐぅ~~~~。

 調子の狂う奴めぇ……!

 言いたいように言いおってぇ!」

「にひひ。

 言いたいように言っちまった方が、いい時もあるのさ」

「はぁ~?

 かけたい言葉だけ、かけてやる方が良いに決まっておる!」

「そう思うよなぁ。

 それに、言いたいように言うのは、勇気がいる。

 だが案外、応えてくれるヤツってのは、いるもんなんだぜぇ?」

「そんな訳あるか!」

「例えば嬢ちゃん。

 人のワガママ聞いてやったこと、まだ一回も、ねえのかな?

 そんな風には、見えないぜ?」


「あっ……」と、おもった幼児の背中が、ポン、と、優しく叩かれる。

背中が、なんだか、ジンワリとあったかい。


「言いたいように言う。

 それは、とっっっても勇気がいる……。

 でもその勇気は、往々にして無駄にはならねえ。

 俺たちだって、こうして仲良くなれただろ?

 最初に会った時より、さ」


 何だか落ち着くような、あたたかい声で話しかけられて。


「ほぉ……」と、純粋な顔で驚く幼児。

「うん」と、微笑みかけられると、照れたのを取り繕うようにして、喋り出してしまう。

コイツの前では。


「――わ、わらわは、もう疲れたのじゃ。

 どれだけ努めても、誰からも、必要とされんのじゃ……。

 わらわと人との間には、何も生まれん……。

 それが悔しいほどに分かった。

 共に登り詰めた先の放散に、宇宙の目指す果てなどない」

「……。

 疲れるよなぁ、生きるって。

 本当に。

 苦しみの連続だ。

 でもいいじゃん、それでさ」

「良いわけあるかバカ。

 辛いんじゃぞ、誰からも必要とされないというのは」

「居場所なんてもんは、ここではないどこかで……。

 案外、簡単に見つかっちまうモンかも分からねーぞ?

 どっか別の場所で、別の自分に出会えるなんて、珍しい話でもあるまい」

「どっか別の場所で、別の自分、かぁ……」



 しばらくボーッと、空を見上げる幼児。



「それは果てしない冒険だな!

 もし、 "逃げ" だなんて言うやつがいたら、俺がぶっちめてやるよ!」

「童子……」

「はははっ!」


 そしてイジイジと指遊びをした後で、童子の足をガシガシ蹴りながら、幼児が口を尖らせる。


「……ありがとうのぉ」

「……。

 俺の本当の名前。

 道慈どうじ、ってんだ。

 読み方は一緒さ」

「道慈というのか、おぬし。

 ――いい名前じゃの。

 わらわは……。

 わらわの名は……」


 言ったまま、モジモジする幼児。


「結構、結構。

 名乗らずとも良い!

 絶世の麗人の貴重な無様面ぁ、二度と!

 永遠に!

 忘れいでか、ってなもんよ!

 はははははっ」

「馬鹿め!

 馬鹿者め!

 勝手なことばかり、のたまいよって!

 もうよい、わらわは、もう行くでな!」

「あーぁ。

 俺、置いてかれんのかぁ。

 失恋しちまったなぁ」


 それを聞いてまたまたカアァアっと、赤面する幼児。


「本当にもう、貴様という男は!

 もう本当にわかってないヤツじゃ!

 本当に!もう!

 もう、貴様は!

 許さんぞ?!

 一生そこで、ほたえておれ!」


 戻ってきてゲシゲシと、道慈の足を蹴り続ける幼児。


「ふっ。

 俺のこと、許さないでくれよ。

 さっきは非道いこと言って、本当にごめんな」

「本当に、もう、許さんのじゃ……」


 お次は道慈の尻を、ポカポカ殴りつける。


「はははっ。

 憎しみは、憎しみによって止まず。

 慈しみによって止む。

 むずかしい言葉だぜ。

 迷子の嬢ちゃん。

 あんな非道いこと言っちまった俺のことなんか、許さなくていいからさ。

 いつか、どっか別の場所で、別のヤツを許してやってくんな。

 ――そいつにも、何か事情が、あるんだろ」

「ふん、わらわの勝手じゃ!」

「そ、れ、に!

 麗人が怒った顔ばっかしてちゃ、勿体ねーと思ってな?」

「わらわが美しすぎるからって!

 恰好つけすぎじゃ!

 バーーーーーーーーッカ!」


 幼児は最後に道慈の背中をポン、と叩いて、プリプリしながら、空へと駆け出した。


「あばよー!

 迷子の嬢ちゃん!達者でなぁ!」


 アッカンベーと、イタズラな笑顔で、彼方に消えてゆく幼児。



 道慈が、幼児の飛び立った空を見上げ、読経をしながら行く末を案じていると……。





「わわ!

 ここに祀られてた岩が、綺麗さっぱり無くなっちまっただかぁ?!」

「石ころなんざ、ここには無数に散らばってらぁな。

 一つや二つ減ったって、だぁーでもいいじゃねぇの。

 あんたらあれを、有難がってた訳でもあるめぇし」

「そりゃそうだが……」

「案外別の場所に転がしてみれば、誰かの役に立つかも、しんねー、ぞ?」

「んな訳ねぇべよ……。

 あぁ、このままじゃ、国全体に不吉の予感しかしねぇって、みんなみんな、混乱しちまうどぉ」

「ははっ、不吉の象徴か。

 そのうち誰かが、かち割りに来てくれねーかな~?」


 そう言って、落ちてた注連縄を、適当に転がってる他の岩に付け替える道慈。


「んな適当な……」

「はっはっは。

 読経は、しといてやるからよ。

 ん~~、でもこりゃ、デカすぎかぁ?

 こんな岩かち割れるヤツ、向こう100年は現れそうにも……。

 ま、いっか!」

「あぁ~っ、あんた、名前は?」

「ただの童子だよ~」

「本当に適当だな、あんた……。

 あぁ~、もう!

 おーら、知ーらねえ」

「はっはっは!

 諸行無常、諸行無常……。

 ……。

 ――――だよなぁ」


 瘴気に満ちた荒地に、それでもなお、爽快な風の吹き抜ける気配がした。




第3話

第一部――――――完



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