君の名前(手動)

「ユラか、素敵な名前だ」


「な、どうも…」


屈託なく笑うミリアとは対象に、ユラは心配げに相手の顔を伺う。


「頭を打ったとか?本当に病院に行かなくても大丈夫ですか?」


「幸い頭痛や嘔気はない。体調不良はないようだが、どうやら道に迷ってしまったらしい」


「迷子…それも記憶喪失疑い…大丈夫かな」


「わからないがいい考えは浮かんだ」


ナポリタンを食した後口を拭い、ミリアはすこししたり顔で、しかしはにかんだように笑った。そして、彼女に無謀さ、あるいは冒険心に満ちた提案をした。


「この後ご予定が?もう少しお時間をいただけないかな。この街を見回ると何か思い出せるかもしれない」


「え、いや、えっと…」


ユラは目をパチクリとさせた。この状況で記憶障害のワイシャツの女性を連れ回していいものか?普段ない状況にユラの心は揺れていた。


沈黙の背後で蝉の声が窓越しにうっすらと聞こえる。汗で濡れたシャツはすっかり冷えていた。

アイスコーヒーを飲み下した後に、ユラは目の前の女性をまっすぐに見た。間を感じた彼女はすこしだけ不安そうだった。


鬱屈としていた心の隙間に、その好奇心は入り込んだ。


「少しだけですよ」


「やった」


その後、会計の時に彼女が取り出した紙幣は見たことのないもので、ユラは久しぶりの大きい出費となった。


彼女を連れて商店街を歩いてみる。

ミリアは興味深そうにキョロキョロしながら、ユラの後をついて行った。


パーラー、美容室、スーパーマーケット、八百屋、さまざまなものをまるで初めて見るかのような新鮮さで受け止めるミリアに、ユラは少し笑った。


「初めてこの世界にきたようだね」


ミリアは振り返る。そして大真面目に答えた。


「そうかも知れない。知らないものが多い」


ユラはいよいよ笑ってしまった。


「どう?何か思い出せた?」


「いや、自分が迷子であることは十分に分かった」


しばらく冒険を続けた後に、すっとぼけた回答を真顔で返した彼女は目の前の商店に目線を向ける。


「ここは?」


「古本屋だよ、あ…」


「本か!何かわかるかもしれない」


目を輝かせた彼女に、ユラは口をつぐんだ。

その上に自分の家があるのは内緒にしておこう。


2人は連れ立って古書店に入った。

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