第2話 第一章 至上神と天麗神(1)
第一章 至上神と天麗神
至上界に守護神ともいうべき至上神と天麗神が生まれて、すこしの時が経った。
至上神は王宮で育てられ、唯一の世継ぎの皇子として甘やかされて育っていた。
両親はちょっと過剰ともいえるほど、第一皇子を溺愛し、彼はその境遇故に徹慢に育った。
常に自分は正しいのだと信じ込んで育っていたのである。
同じ頃、双生児の弟である天麗神セインリュースは、医療塔で辛い闘病生活を送っていた。
死にたくなるほどの苦しみに耐えながら、病と戦う毎日。
そんなある日のことだった。
まだ人間でいう五歳にも満たない外見の天麗神が、手を引いてくれる塔長(医療塔の最高責任者にして天麗神の育ての親)に不思議そうに問うた。
「ねえ、塔長。あれはなに?」
そういってリュース(天麗神セインリュースの愛称)が指さすのは、母親に連れられた子供だった。
辛い病を抱えながらも母親に愛されて、幸せそうにしている。
わからないと訴えるリュースが憐れだった。
「あれはあの子供の侍女ですよ。リュース神様にもいらっしゃるでしょう?」
「いるけどあんなふうに抱いてくれたことはないよ? あんなふうにキスしてくれたこともないよ? どうしてあの子は違うの?」
リュースは自分がこの至上界の第二皇子だということは知らない。
自分に両親や双生児の兄がいることも知らないのだ。
リュースはそういった血の繋がりに関することは、知ることのないように注意深く育てられていた。
リュースが迂闊にそういった常識を持てないように。
それは界皇夫妻(至上界の帝王。至上界全体を統べる王を界皇『かいおう』といい、その妃を界皇妃『かいおうひ』という)からの指示だった。
リュースが誕生直後、突然、危篤状態に陥り、助かった後のことである。
塔長はすべてを正直に話した。
リュースと逢える日が、いつ訪れるのかわからない、と。
今のままではいつリュースが崩御してもおかしくない。
だから、界皇夫妻がどんなに望んでも、リュースがどんなに逢いたいと切望しても、逢わせることはできない、と。
そうすると果皇夫妻からいわれたのだ。
「リュースには自分たちのことを教えないでほしい」と。
「逢えないのなら寂しい想いを味わわせたくない」
そのときは冷たく感じたが、これも彼らなりの思いやりなのだろうと思っていた。
逢えないのに両親のことを知れば、当然、リュースは焦がれるだろう。
逢いたいと望むだろう。
だが、それを叶えてやれないのなら、いっそ知らない方がリュースのためだと、界皇夫妻は判断したのだろうと。
だが、あれからの時を振り返って、塔長は疑問を抱かずにはいられない。
何故ならただの一度もリュースの体調を気遣って、様子を見に来ることもしないのだ。
リュースが死んだ方が楽だと思うほどの苦しみに耐えているときだって、果皇夫妻は王宮で第一皇子を大切に慈しんで育てていたのだ。
その頃、もうひとりの息子が死にかけていることなど、まるで意識していないように。
塔長には界星夫要の第一皇子セインノーアへの徹底した寵愛ぶりは、まるで傍にいない第二皇子の分まで愛情を注ぐことで、自分たちはふたりの皇子を育てているのだと、偽善的な満足感を与えているような、そんな気がしていた。
だから、リュースは知らない。
人には親というものがあり、その親と同じ血を引く兄、姉、妹などの兄弟がいるという現実さえも。
それでもリュースの瞳には翳りはない。
それだけが塔長の救いだった。
その度に誤魔化すことが苦痛になっていても。
「あれはあの侍女の癖なのでしょう。それよりそろそろお部屋へ戻りましょう。リュース神様のお身体には冷たい風はよくありませんから」
「うん」
頷き手を引かれながらも、リュースの瞳は母親に愛される子供と、子供を愛する母親に向かっていた。
欲しいなと思った。
あんなふうに愛してくれる人が。
でも、どうしたら手に入るのが、リュースにはわからなかったのである。
だから、まあいいかとこのときはすんなり諦めてしまっていた。
この至上界は不老長寿の世界である。
普通の人間が億単位、永いものなら何十億単位の時で生きるのだ。
それだけに出生率は高くなく、生まれてきた子供はそれは大事にされる。
リュースの境遇のほうが異端だったのである。
ある程度リュースが成長してきたときのことだ。
彼は天麗神という身分を偽って親しくなった子供から、初めて両親という存在のことを聞いた。
それがどういう存在かも教えてもらった。
あのときよりもっと強く欲しいと思った。
そうして塔長に訊ねて、リュースは意外な答えを受け取ることになる。
神であるリュースには両親がいないのだと。
血の繋がった相手がいないのだと。
はじめから存在しないといわれれば、リュースだって諦めるしかない。
自分が神であることは最初からわかっていたし、いないといわれれば諦める以外にどうしようもない。
だから、諦めた。
肉親に対する想いのすべてを。
自分はどこまでもひとりなのだと。
そうして更に月日が流れた頃、リュースは遂に生命の保証ができないところまで追い詰められてしまっていた。
毎日、高くなる高熱に苛まれ、衰弱していく身体を持て余す。
塔長たちも必死に看病してくれていたが、リュースが崩御するのは時間の問題だと思われた。
これはそんなある日の挿話である。
「苦しいか? セインリュース?」
そんな声がして誰かの手が頭に触れた。
リュースは夢現の瞳を開いた。
薄く開いた瞳は神格の蒼。
輝く髪は見事な黄金色。
このふたつの色は特別でリュースと同じ色を持っている者は誰もいなかった。
だから、驚いたのかもしれない。
リュースの髪を撫でてくれる誰かは、リュースと同じ髪と瞳の色をしていたから。
「だ‥‥‥れ?」
切れ切れに紡がれる言葉。
受け止めてその誰かは髪を撫でる。
「苦しいだろう? すぐに助けてやるから、だから、すこしだけ我慢するんだ」
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