Episode.2 能力者・リミット
※虐めに対して過度な表現があります。ご注意ください。
「嘘、来たよ坂下」
「マジ。度胸ある~。ある意味尊敬」
「よく学校来られたよね」
「痣消えたからじゃん?」
クラス内は一ヶ月と三週間ぶりに学校へ姿を見せた怜也のことで話はもちきりだった。と言えど彼に話しかける人間などいないのだが。
否、一人だけいた。
「よう、おまんじゅうくん」
高堂は背中を丸め椅子の上に小さく収まっている少年を見下し、地面を這いずるような声で呼びかけた。
「無視すんなよ。友達の好だろ? 元気してた? 痣綺麗に治ってんじゃん。なに、それも特殊能力ってやつ?」
彼の言葉に取り巻き達はこれ見よがしに高々と笑い声をあげる。怜也が少し顔を横にずらすと、自分を見ていたクラスメイトが慌てた様子で顔を逸らす様が見て取れた。
高堂は教卓の上に腰かけると、自分の太ももに片肘をついて怜也、改めまんじゅうを見下ろす。
「なあ、『リミット』くん」
怜也が最も反応するであろう単語を、彼はこれ見よがしに放った。
「『リミット』って人間の皮被って本性隠してるんだろ? 皆知りたがってるからさ、ちょっとくらい素顔見せてよ。そしたら証明出来るだろ? お前がリミットだって。……出来るよな、まんじゅう?」
高堂の煽りにクラス内がいくら沸き立っていようと、怜也はひたすら自分の膝小僧に視線を落とし口を噤んでいた。高堂は前髪をピンでとめ直しながら、面白おかしく笑っている。
「いや、ごめん、ごめん。この場所で急に本性出せとか、さすがに勇気いるよなー? だってさ、バケモンになんだよ? 俺だったら絶対無理。てか変身する時ってどんな感じなの? 狼男みたいに体からにょきにょき耳が生えてきたりする感じ? それとも一回全裸になるとか!」
「誰得だよそれ」
取り巻きの突っ込みに、高堂はパチンと指を鳴らした。
「あー、そうだ。面白い事思いついたわ。もしお前が本当に能力者ならさ、『クラフト』に入隊できるって知ってる?」
「クラフト?」
「『異常者』だけが入れる監獄だよ」
高堂は饒舌に話し出した。
「クラフトに入隊するためのサイトがあってさ、そこにはリミットだけが見える文字でパスワードが書いてあんだって! 入力に成功したら入隊出来るらしい」
「何それ。絶対怪しいサイトじゃん」
「だろ? まあ結局どのサイトも噂のマネした偽物ばっかだし、本物なんて元々ねーけどな!」
「高堂なら入れんじゃね? 特殊能力持ってるし」
「そうそう、皆とお友達になれるっていう能力。ね、おまんじゅうくん」
ひたすら無視を突き通す怜也。その様子を見たクラスメイトにも次第に緊張が走り始める。一貫した態度に坂下が喧嘩売っているというのもまんざら嘘ではないのかもしれない、という声も上がり始めた頃、高堂はころっと口調を変えた。
「なあ、友達がお話ししてるんだから、返事くらいしろよ。おい」
怜也の頭を軽くはたいた時、長い髪に隠れた青白い耳が垣間見える。そこには白いイヤホンがはめられていた。
それを見た瞬間、高堂は目をひん剥いて教卓から飛び上がった。椅子と机が倒れこむ音と同時に、怜也は床へと転がる。耳からはイヤホンがはじけ飛び、そこからは大音量の音楽が漏れ出して来た。
「人様が話しかけてるときに余裕かよ! こっちはてめーのこと思って話しかけてやったっつーのにさ!」
怜也はイヤホンを拾うと、ゆっくりと顔を持ち上げた。
「……なんだよ、その目……」
長い前髪の隙間から見える真っ黒な瞳は、自分を見下し続ける男を力強く睨みつけている。
「何、俺が悪者? 能力者ぶって、救世主にでもなったつもりかよ。精神異常者がよ!」
怒りのあまり握りしめたこぶしが震えている。その後ろから、そっと彼の取り巻きが囁いた。
「ここではまずいんじゃね?」
「……っ!」
慌てて笑顔を取り繕う高堂は、地面に座り込んだままの怜也の腕を強制的に引き上げた。
「悪りぃ、悪りぃ、ちょっとイラっとしちゃってさ。殴ってすまんかったな。大丈夫? ちょっと、仲直りしようや」
咄嗟に手を振り払おうとする怜也を抑え込み、彼を半ば引きずるようにして教室から出て行った集団。それにクラスメイトは見て見ぬふりをして、次の授業の準備を始めるのであった。
◆
「どこでやんの? 第二体育館? 用務員室のおっさん、今休憩中じゃね?」
「おもしれえのがあんの」
高堂はパソコンが並んでいる教室の扉を開いた。誰もいないことを確認すると、怜也をパソコンの前に座らせる。電源を入れすぐさまインターネットを開き、検索欄の空白に『クラフト入隊希望』と入力した。検索にかかった数十万件の結果が画面を埋め尽くす。彼が一番上のサイトをクリックすると、真っ白な画面にpasswordという文字と入力欄だけが表示された。
「おら、リミット。やってみろよ」
「出来んよな。見えるんだろ? パスワードってやつが」
「何してんだ、さっさとしろよ!」
責め立てられる声に、怜也は震える手でキーボードに触れた。じっと画面を見つめる。一体どれほどの時間が経っただろう。人は同じ画面を三秒見ているだけで退屈を覚えるという。つまり、そんな長い時間は経っていないのだが、その光景はひどく長いものに思われた。
チッという舌打ちが聞こえてきたかと思うと、見つめていた白い画面はぐらっと歪んだ。次見たものは、キーボード。それとほぼ同時に額にスペースキーが直撃した。強い力で打ち鳴らされるキーボード。少年の頭によって入力欄には言葉にならないアルファベットが入力されていく。
「どうしたんだよ! おら! 出来ねえんだろうが!」
あjlkdfkびえ Error
kehjgn,mga Error
lんヴぃj:あg Error
何度打ち付けられただろう。キーボードの間に赤い液体が伝ったところで、高堂は怜也の髪の毛を離した。
「二度と生意気な態度とんじゃねえよ! 異常者がよ!」
キーボードに顔を乗せたまま、取り残された少年は動かなかった。うう、と小さくうなると「掃除しとけよ」という声と、複数の人間が部屋から出ていく足音が聞こえた。固く扉を閉められ教室に残っているのは、鼻と口から真っ赤な液体を生産してはキーボードの溝を染める『異常者』のみ。
力ない瞳から、透明なしずくが零れ落ちた。
どうしてだ。出来るはずだ。僕なら。出来るはずなのに。どうして……。
なんとか持ち上げた右手で口元に触れる。異様に口の中が痛い。そっと視線を右側にうつすと、目の前に白い欠片が見えた。そっと手を伸ばし拾い上げてみる。最初は何か分からなかったが視界が鮮明になって頭のもやが晴れた頃、はっきりとその正体が浮かび上がった。歯だ。歯が、折れている――。
彼はそのまま折れた歯を、掌に食い込むほどに握りしめた。
「どうして――。どうして誰も、助けてくれねえんだよ……!」
そしてその拳を、幾度となく机の上に叩きつけた。その歯が食い込んだ右手の傷を、彼は痛みで理解した。
――能力があると思っていた。あるはずだったんだ。
高堂たちに追いかけられ、挙句の果て川に突き落とされたあの時、死んだと思った。でも、生きていた。生きて、僕は落ちたはずの川辺に立っていたんだ。まるで何事もなかったかのように。
橋の上から高堂達が慌てた様子で見降ろして来ていた。彼らもまた現状が理解できていないようだった。僕自身何があったのかは全く覚えていない。でも、普通じゃないと思った。チャンスだと思った。僕がリミットだったら、高堂達は僕を恐れて手出し出来なくなるかもしれないと思った。だから、吐き捨ててやった。
「僕は能力者なんだ! 二度と僕に関わるな!」
……って。それで解決すればよかったけど、結局高堂達にはそんな脅しは通じなくて。
「リミットなんて作り話だ」
「お前に能力なんかある訳ない」
「能力があったとてどうせ大したことない」
と言われ、イジメはエスカレートしていった。それでも僕は『リミット』という、『選ばれし存在』になったんだと思っていた。
目を凝らして何が見える訳でもない。感じられる訳でもない。そんな気になっていただけだった。それでも信じたかったんだ。リミットを。クラフトの存在を。
助けてくれる。
助けてくれるはずだ。
だって彼らはスーパーヒーローだから。
僕をいじめる『魔物』から助けてくれる。
助けてくれる。
助けてくれないなら……。
「あいつらと一緒じゃないか……!」
どうか見捨てないで。こんな僕の言葉を、誰か拾ってください。
誰か。
どうか。
どうか――。
「どう思う?」
「どうって、異常者だと思いますけどね」
「なるほど。それは興味あるね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます