MANJU!~ひょっとこ饅頭空想譚~

高冨さご

プロローグ

はじまりの都市伝説

 暑い日差しの中、一人の小学生がこんなことを言った。


「ねえ知ってる? この世界には目に見えないヒーローがいて、僕たちのことを助けてくれるんだって」


 黒いランドセルが日差しを照り返す。隣を歩いていた少女は太陽を遮る傘を持ち直し、それに答えた。


「なにそれ? 怪談話?」

「ううん、違うよ。ヒーローの話」

「ヒーロー? 助けるって、何から?」

「気持ち悪い魔物とかだよ。ぐちゃぐちゃして、真っ黒いの」

「そんなのいるわけないじゃん。やっぱり怪談話でしょ。大人が嘘言って、子どもを怖がらせようとしてるだけだよ」

「でも、本に書いてあったんだよ。実際にリミットっていう能力を持った特殊な人間がいて、その写真とかも載ってるんだ。昔はバケモノみたいな姿をしていたらしいんだけど、今は僕たちみたいに人間の姿をしていて、戦う時にだけ変身するんだって!」

「本に書いてあることが全部本当だと思ってるの? あれはね、書いてる人の世界観を押し売りしてるだけだよ。全部嘘なの」

「でも、何もない所から煙は立たないって言うし……」

「じゃあ怜也くんはその目でみたことあるんだ? リミットっていう能力者のこと」

「それは……ないけど」

「ほらね。結局他人の言ってること鵜呑みにしてるだけ。写真だっていくらでも偽造できるんだよ。目に見えないヒーローなんて、見えなかったら最初からいないのと一緒だよ」


 少女は傘で顔を隠しながら、高々と言い放った。


「私そういうの信じてないし。いい加減怜也くんのオカルト話疲れちゃった」

「別にそんなつもりで言ってたんじゃ……!」

「私今日習い事あるから、こっちね」

「あ、うん……。また明日ね」


 少女は別れの挨拶もなく、二股の道を左方向へと進んで行った。その背中を見送りながら、少年は反対方向へ足を進める。


「本当にいるんだよ。本当に……」


 少年は重たいランドセルに押しつぶされるように地面を見下ろした。

 彼の言葉を信じてくれる人は、これまで誰一人としていなかった。幼い頃は面白いねと笑ってくれていた両親だって、今になっては「そんなくだらない本読んでいないで宿題しなさい」の一点張りだ。生まれた頃から仲良くしていたお隣さんであっても、習い事だなんて嘘をついて反対方向へ帰ってしまう。きっと明日からは口もきいてくれないだろう。


 これから先、出会った人みんな同じように――。


 その時とてつもない突風が彼の上空を吹き抜けていった。その風に煽られて、かぶっていた帽子が吹き飛ばされる。帽子を追いかけて、来た道を戻った。ふと顔をあげると、そこには真っ青な空の中、黒い羽根を持った人間が空を飛んでいる。そんな風に見えた。


「あれは――、リミット?」


 その姿は太陽の光に溶け込み、はっきりとその姿を捕らえることは出来ない。カラスだ、飛行機だ、ゴミが風で舞っているだけだ。そう言われればそうかもしれない。けれど少年は信じていた。

 

 あれは、黒い羽根を持った天使なのだと。

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