追放モブは生き残りたい

桐条 京介

第1章 シュウとケレブリル

第1話 最下級ジョブの噛ませ犬

 発現ジョブ【噛ませ犬】。


 起こったのは嘲笑。


 ジョブ特性は【強敵と遭遇しやすくなる】。


 起こったのは動揺。


 高校の修学旅行中、各クラスごとに寺を見学していた時だった。


 次の目的地へ移動するため、先にバスへ戻った担任の教師を追いかけている途中で、クラスメートともども異世界転移に巻き込まれた。


 ただただ真っ白い円形の広い空間で、目の前にはふさふさの白い髭とゆったりした白ローブ姿の老人。神様だという自己紹介を否定できない威厳がある。


 周囲にはクラスメート。


 そして俺、穴熊あなぐま秀男ひでお


 お調子者の矢田やだ五郎ごろうの提案で、出席番号の最後から神様にジョブを一人ずつ発現させてもらい、最後が俺の番だった。


「要するに、強い奴が次々と穴熊に襲いかかってくるってこと?」


 巻島まきしまゆかりが濃いメイクの顔をしかめた。褐色肌でブレザーを着崩し、パーマをかけた金髪をポニーテールにしている。


「アタシ、そんなのごめんなんですけど」


 取り巻きどもの賛同を受けて、挑むようにこちらを見る。


「待って! 最初に神様も言ったじゃない。帰還の準備が整うまでみんなで生き抜いてほしいって。仲違いなんてだめだよ!」


 クラス委員長の高瀬たかせはるかが、巻島を含めたクラスメートに協力の必要性を訴える。


「高瀬の言うことはもっともだけどさ、俺たちは黙ってても神様の準備が整えば帰還できるって話じゃん? なのに強敵に襲われて誰か死んだらどうすんだよ? 高瀬はそいつの遺族になんて説明すんの?」


 言ったのは星原ほしはら光哉こうや。陽キャ男子グループの中核人物だ。


「だからって穴熊くんを見殺しにしていい理由にはならないわ。穴熊くんにだって家族がいるのよ!」


「見殺しにするんじゃなくて、穴熊には一人でどこかに隠れててもらうだけだって。普段から存在感ないし、そのほうが生き残れんじゃね?」


 またしても嘲笑。


 別に普段からいじめられていたわけではないが、周囲を敵に回しても助けてもらえるような関係性を誰かと築けてもいない。


 教室でよく会話し、旅行中の班も一緒だった友人たちも気まずそうに目を逸らしている。


「彼のジョブにはデメリットもあるが、周囲の能力を上昇させるというメリットもある。そうきらうものでもないと思うが」


 予想外にも、この世界の神様が擁護してくれた。


 それによって顔を見合わせるクラスメートたち。


「あ、あの、強敵ってどのくらいの、その、強さなんですか……?」


 質問したのは岸谷きしたに洋介ようすけだ。俺とラノベやゲーム、アニメについてよく話す友人でもある。


「お主たちよりも一段階……いや、二段階から三段階上回る相手もいるだろう。だが、倒すことさえできれば、実力を一気に高められる」


「その必要ないし。勇者が魔王に負けて、この世界は大変みたいだけど、アタシらはそのうち帰れるんでしょ?」


「何十年とかかるかもしれぬが、お主たちはその間、周囲に怪しまれぬよう老化はしても寿命は迎えぬ。そして次元の狭間を問題なく開けられるようになれば、元の時間軸へ戻す。最初に約束した通りにな」


「でも事故死とかは防ぎようがないから、無事に生き抜けるように与えてくださったのがジョブですよね?」


 委員長の言葉に、クラスメートが思い思いにうなずく。誰もが有用そうなジョブを得ているのに、俺だけが【噛ませ犬】だった。


「与えるのではなく、素質を目覚めさせたにすぎぬ。これからどう発展させていくかはお主たち次第だ」


「それってどうなん? 俺らってこの世界の勇者と魔王が戦ってできたひずみってやつにたまたま巻き込まれただけって話じゃん。言ったら被害者でしょ。なのになんで生き抜けとかいう話になんの?」


 星原はガムを噛むのをやめずに、半目で神様を見る。


 巻島と血が繋がっているのかと思うくらい、星原は容姿が整っているのも含めて髪や肌の色、制服の着こなしが似ている。


「こちらの世界に責任があるのはわかっている。だからこそお主らを元の世界へ戻すため、私も全力を傾ける必要がある」


「次元の歪みってのを、やたらと作ったらだめってやつっしょ? 俺が言いたいのはそうじゃなくて、もっと自由にこの世界を楽しめる力をくれてもいいんでねえのって話」


 両手を後ろについて、あぐらを崩した片膝立てのだらしない格好で、星原はガムをプーッと膨らませる。


「それはできぬ。その力を悪用され、この世界の住民に不必要な不利益があってはならぬ。お主たちには申しわけなく思うが、スキルを得やすい有用なジョブを各人の素質に応じて目覚めさせるのが、私に可能な最大限の助力だ。もっとも、予想外のジョブを得た者もいるが」


 俺に全員の視線が突き刺さる。肌がチリチリして痛いくらいだ。


「あとは仮に死んでも、私の力でこの世界に輪廻転生をさせよう。ただし記憶を失い、完全な別人になってしまうが」


「それじゃ意味ないっつーの。つーわけで、俺もゆかりとおんなじで、穴熊と一緒は反対。わりーけど、どっかで地球に戻れるまで勝手にやっててよ。【噛ませ犬】っつっても犬なんだから、放し飼いも余裕っしょ」


「うわ、ホッシー、ひどくない?」


「え? んじゃ、ゆかりが穴熊飼うの? 最後まで面倒よろ」


「冗談やめて。つーか、着替えとか覗くエロ犬になりそうだし、絶対いや。むしろ、そんな情けない素質しかないんじゃ、地球に帰ってもお先真っ暗でしょ。ワンチャン、生まれ変わりに賭けたほうがよくない?」


 どいつもこいつも好き勝手に言っては俺を笑う。


 唯一、委員長だけは懸命に助けようとしてくれてるけど、ここまで多勢に無勢だとどうしようもない。


「わかった。じゃあ、俺は一人で勝手にやることにする」


 予想外だったのか、一瞬だけ場がシンとした。


「ちょ、ちょっと、穴熊くん! 自暴自棄にならないで!」


「その娘の言う通りだ。冷静になるといい」


「いいんですよ。どうせ残ったところで、なにかあった時の捨て駒にされて終わりだ。だったら、最初から離れてたほうがいい。それに神様の力で、この世界の言葉や文字は日本語に自動変換されるんですよね?」


「そうだが……本当にいいのか?」


「構いませんよ」


 ヤケクソなのは否定しないが、あそこまでコケにされて一緒にいようとも思わない。


「やるじゃん、穴熊。男らしーよー。ちっとも惚れないけど」


「そう言ってやんなって。ま、せいぜい頑張れよー」


 ケラケラ笑う巻島と、ひらひら手を振る星原。


 巻島は【黒魔術師】。星原は【剣豪】というジョブが発現している。きっとクラスはこの二人を中心に活動していくんだろう。


「地上に降りれば、私が天界に用意した初心者用のダンジョンでジョブの能力の確認や、スキルを発現させたりもできなくなるのだぞ?」


 ぶっきらぼうでいて、神様はあくまで心配してくれているみたいだが、【噛ませ犬】とかいうジョブのなにを確認しろと? メリットの【周囲の能力を上昇させる】ってのもごく僅からしいし。


 委員長も加わっての繰り返しの説得を拒否し、俺は一人で地上に降りた。


     ※


 祖父母の住む田舎に似たのどかな風景。


 空は高く、雲は緩やかに流れ、吹く風は初夏を思わせる爽やかさだ。ちなみに、近くには人っ子一人いない。


 目の前には洞穴型のダンジョン。


 町ではなく、ここに送ってもらったのは、どうせなら本当に噛ませ犬になってやろうと考えたからだ。


「いいじゃないか【噛ませ犬】。ただしやられ役じゃない。最強の噛ませ犬だ! どんな強敵でも噛み千切れるようになってやる!」


 そこまでいくともう噛ませ犬ではないが、そんなことは気にしない。


 誰にともなく誓っていると、いきなり俺の頭の中に、機械的な女性の声でアナウンスが流れた。



『ユニークジョブ【誓人】を獲得しました』



「は? せいじん? なんだそれ? 俺のジョブって【噛ませ犬】じゃなかったのか?」


 しかもユニークって結構レアなんじゃないの? まさか面白系のジョブにつくとかじゃないよな?


 ひとしきり首を傾げたあと、手を打って「ステータス」と言ってみる。


 しかし、ステータスウインドウなんてものは出なかった。


 ……神様にもあるとは言われてなかったけどさ、ジョブだのスキルだの魔法だのって言われればあると思うだろ、普通!


「神様の説明も終わってなかったのに、キレて一人で地上に降りた結果か」


 肩を落としてみたところで、チュートリアルが始まったりもしない。ゲームでもよくスキップするタイプだが、異世界転移してもやることになるとは。


「まあ、いいさ。やれるだけやってやろうじゃないか」


 もともとゲームは好きなんだ。こうなったら自分好みの設定をしたキャラで、ロールプレイを楽しんでやる。


 命懸けでな!

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◆【穴熊秀男 リザルト】◆


【所持ジョブ】


《最下級》:【噛ませ犬】(new)

《ユニーク》:【誓人】(new)


【ジョブ説明】


【噛ませ犬】:【強敵との遭遇率上昇(特大)】【味方の能力上昇(極小】

【誓人】:【誓いが困難なほど能力値が上昇】

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