籠の中の鳥は
雛は形代家のやつらを俺が抵抗不可能の状態にしたのにも関わらず。まだ怯えが残っている。
あんなことがあったのだ当たり前の反応だ。
雛は両腕を抱くようにして、縮こまったまま。誰も触れていないのに、ずっと怯えるように身を震わせていた。
当然だ。心の傷はすぐには癒えない。
俺は雛を助けたいと心から思っているがこの状況はどうしたらいいか分からずにオロオロと雛を心配そうに見守ることしか出来なかった。
「自分の部屋に、戻っても……いい?」
俺は雛の言葉に静かに頷く。それが彼女の中で整理をつけるために必要な行動だと理解できたから。
俺は途中までついて行くと部屋の前で万が一がないように見張って雛の準備が整うまで待った。
数分後、彼女は小さな風呂敷を抱えて戻ってきた。雛の扱いは原作からして知っていたのだが年頃の女の子の荷物としてはあまりにも小さい――まるで、着替え一日分が入っているかどうかという程度の荷物だった。
「あまり、持ってなかったんだな」
俺は原作と齟齬がないのか確認する為にもそう聞いた。
「はい。……というより、持たせてもらえなかったんです」
雛は淡々と答える。けれど、その言葉の端にひどく乾いた、諦めの色があった。
「形代の娘は道具ですから。感情を持つ必要も、自我を持つ余地もないって。だから、勉強道具も、日記も、小物も……捨てられてしまいました。あたしが人間みたいに振る舞うのが、気に食わなかったみたいで」
俺はゲームを通じて知ってはいたがこう現実となり本人から話しを聞くと言葉を失った。
感情を持つことすら否定され、道具として育てられた少女。だからこそ、今日のあの儀式にも誰も疑問を持たなかったのだ。彼女はそういう物として扱われてきた。
あの家にあったのは、暴力と命令と支配――ただそれだけだった。
「それでも学校で私にこれをくれた人がいて、これだけは隠してました。これは私の宝物なんです」
雛は懐かしそうに目を細め、俺に見せてくれた。出てきたのは、色あせているものの丁寧に使われていたことが分かる糸のほつれた小さな刺繍入りのハンカチだった。
これは主人公、鎬神夜が雛に手渡したものだ。
野球一筋だった彼は、怪我で肘を壊し、選手生命を絶たれ自暴自棄になっていた。そんな彼を救ったのが、他でもない雛だった。彼女は怪我を庇って倒れ込んだ彼に、黙って自分のハンカチを差し出した。
そこから、神夜は雛の存在が心に残り始めた。
その後、雛が手芸部に所属していることを知った神夜は、無理やりな理屈をつけて手芸部に入部。右手だけで針を持つ姿は不器用そのもので、何度も指を刺しては絆創膏だらけになっていたが、彼は最後まで諦めなかった。
そして初めて完成させたのが、このハンカチだ。
俺は、やっぱり雛には神夜と一緒に幸せに暮らして欲しいな心の奥底でそう実感していた。
「それにまだ終わってません。私、怖いんです」
「何が?」
「この印が……。私の身体が……」
雛は自分の腹部に手をあてた。彼女の声は震えていた。
それはトラウマの震えだけじゃない。自身の身体をよく分かっているから故の恐怖。
俺は息を呑んだ。雛の腹にある印。
この印を持つ者は、生まれながらにして異常な妖力を蓄えている。だが、あまりにも不安定であるため、周囲の術師が繋ぎとして儀式を行わない限り暴走しやすい。そして妖たちにとって、その印の存在は――妖にとっての優秀な胎でもある。
妖は強い仲間を増やし、人間界を征服することを狙っている。そして妖が生まれるためには人間の胎と妖力がいる。そしてその母胎の妖力が強ければ強いほど強い妖として生まれる。だから雛は狙われる。
それだけでなく妖士としての力を悪用する者達にもその雛の身体は良い素材となり、弄ばれた上で呪具の核として殺される。
これは原作がエロゲということもあって所謂抜ける展開に持っていくための設定なのだろうが現実になってみるとこの子がいったい何をしたんだというくらいに悲惨だ。
そして、俺たちは形代家の門を抜け、敷地の外へと足を踏み出した。
屋敷の敷居を越えた瞬間、雛の足が止まった。ゆっくりと振り返りあの屋敷を見上げる。
「印のことも、身体のことも、私のことを狙う妖のことも、消えてなくなるわけじゃない」
俺は無言で彼女の傍に立つ。
「それでも……ありがとうございます。守ってくれて……救ってくれて……」
彼女の瞳に、大粒の涙が浮かんでいた。言葉にならない感情が涙と共にあふれ出す。
雛は風呂敷を抱えたまま、ぽろぽろと泣きじゃくった。
子どものように、安心したように、やっと胸の奥に詰まっていたものがこぼれ落ちるように。
俺はただ黙って、そっと彼女の背中に手を添えた。
「大丈夫。これからも俺がいる。雛がどこへ行くにも、誰に狙われても絶対に守ってみせる。俺は雛の式神なんだから俺に出来ることならどんな無茶難題にだって答えて見せるさ」
その言葉に、雛は泣きながら何度も何度も小さく頷いた。
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