第1話:色々あって、ソロでダンジョン
「お義父さんな、会社辞めてダンジョンで食っていこうと思うんだ」
「やめとけ。というか、お義父さんじゃないからな。俺、ルイちゃんとは別に付き合ってないから」
唐突にとんでもないことを言い出したおっさんは、昔から隣の家に住んでいて幼馴染のルイちゃんの父親でもある。
名前は飯島丹三郎。
とんでもないことを言い出したおっさんだ。
「まぁまぁ、隠さなくてもいい。そりゃあ社会人の君と高校生のルイは歳も離れているが、お義父さんは君を信頼している。君ならルイを幸せに出来る……ってね」
「いや、付き合ってないです」
「この前も遊園地デートしてたじゃないか」
「あれ、丹三郎さんも付いてきてたじゃないですか」
「……つまり、ナツくんと付き合っているのは俺の方……ってこと!?」
「丹三郎さんの中では遊園地は付き合ってないといけない施設なのか……?」
というか明日も仕事があるから休ませてほしいんだけど……。
「娘も家の中だと「ナツにいナツにい」とナツくんの話しかしないんだ。さっきも「晩御飯食べたいものある?」「ナツにい」「お風呂掃除しといて」「ナツにい」みたいな感じだったしね」
「思ったよりナツにいとしか言ってないっすね」
俺がその場を去ろうとすると、丹三郎さんは俺の足にしがみつき、泣き落としに入る。
「ナツくーん! 探索者やろうよー! 楽しいよー!」
「ひとりでやれよ……」
「ナツくんと一緒にやりたいんだよ。このままだと俺が毎日ナツくんにお願いしに行くことになるぞ? いいのか? おじさんが毎朝ナツくんを起こしに来るヒロインみたいになるんだぞ!?」
「最悪の脅しだ……。あのな、丹三郎さん、俺にはそういうのの才能はないって」
俺の言葉に丹三郎さんは目で否定してくるが、俺は到底それが事実だとは思えなかった。
「言いにくいことだけど、今までナツくんは環境に恵まれていなかったろ? けど、実際はすごく優秀だから、活躍出来る場さえあれば……」
「全部お膳立てしてもらったら、そりゃ誰でも活躍出来ますよ。でも、そうじゃないから今なわけで。探索者をやっても変わりませんよ」
ハッキリと自分の意思を伝え終わり、おっさんをリビングに置いたままその場を去ろうとしたとき……ぼそりと、彼は言う。
「そう言えば、ナツくんが中学校の卒業式の日に後輩の女の子から──」
「分かった。分かった。おじさんの気持ちは分かった。……それ、ルイちゃんに言うのはやめて」
「よかったー。気持ちが伝わって嬉しいよ」
「ただし、資格が取れたらで。あれ、魔力とか云々の関係で場合によってはどうしようもないし。それに試しに土日に潜っていけそうだったらだからな」
まぁそうは言っても、そもそも魔力が基準値に満たない可能性やら色々あるしな……。
と思いながらおっさんを家から追い出して自室に戻る。
あくびを噛み殺して寝ようとしたところで、窓からトントンと音が聞こえてそちらに向かう。
「ナツにい。こんばんはー」
向かいの窓から制服のブレザー姿の女の子がぴょこりと顔を出して、ニコニコとした笑顔を俺に向ける。
子供の頃から変わらない黒いショートカットの髪の毛とあどけない笑顔。
子供っぽいけれど美人さんだと思うのは身内の欲目だろうか。
「今日は遅かったね。残業?」
「それもあるけど丹三郎さんが……」
「あっ、またお父さんが迷惑かけてるの? ごめんね……」
「いや、世話焼いてくれてるだけだよ。あ、そういや、高校どうだ? 慣れたか?」
「んー、お父さんに聞くように頼まれたの?」
「俺が心配なだけ」
窓の向こうの少女はふにゃふにゃ笑って窓に前のめりになりながら返答する。
「楽しいよ。ナツにいは?」
「あー、まあ、ぼちぼちだよ。あ、ボーナス入るから今度どこか行くか?」
「いいの!? あ、お父さんには内緒ね! またついてきちゃうから」
「はいはい」
「うへへ、ナツにいとデートだ。あのさ、ナツにい……昔した結婚の約束、覚えてる?」
「まぁ毎週のように話題に振られたらな……」
ルイちゃんは俺の答えに満足そうな笑みを浮かべる。
俺が23歳、飯島累ことルイちゃんが16歳。おおよそ10年前に「大きくなったらお兄ちゃんと結婚するー」と可愛く言われて、子供の言うことだからと頷いてしまった。
それが俺の人生最大の判断ミスだった。
ルイちゃんが幼稚園の頃から欠かさず毎週その約束のことを口に出されて釘を刺される習慣が出来ていた。
「まぁ子供のことだし、しばらくしたら飽きるだろう」と思って適当に頷いているうちに着実に時間が過ぎていって……俺が社会人、彼女が高校生になってもそのやりとりは健在だった。
他に男を作って出て行った母親や、稀にしか帰ってこない父親……と、まぁ、あまり良いとは言えない家庭環境の中、俺によくしてくれたのが飯島家であり、深い負い目と感謝を覚えている……のもあって、ルイちゃんを泣かせることだけは本当に出来ないのだ。
たとえ、中学、高校、大学と、常にロリコン呼ばわりされたとしても……!
いつものようにルイちゃんとたわいもない話をして、話し終わりに彼女は控えめに手を振ってからカーテンを閉じて俺も同じようにカーテンを閉める。
俺にとっては家族よりも家族だと思っている飯島家だが……まぁ、本当の家族ではないことは理解出来る年齢だ。
自分の足音だけが響く暗い廊下を歩いて階段を降りて、灯りをつけないままキッチンに入って麦茶を飲んで自室に戻る。
……ダンジョン探索者、か。
まぁ乗り気にはなれないが、けれども、おじさんの頼みは断れない。
資格を取ったらほどほどに怪我をしないように気をつけて挑むことにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
暑い陽射しの中、飯島丹三郎と俺は近所のダンジョンに訪れていた。
丹三郎さんと共に受けた適性テスト、面倒だったのでその結果の詳細は聞いていないけれど二人ともそれなりによかったらしく、ウキウキとした様子で二人分の装備を買ってきていた。
「いやあ、実に探索日和だな!」
「今回のダンジョンは屋内なんで天気関係ないですけどね」
ダンジョン……と、一言で言ってもその中身は多岐に渡る。
ポピュラーな洞窟タイプから古めかしい迷路、森林だったり海だったり塔だったり。
変わり種だとショッピングモールのようなダンジョンやお屋敷だったりなどもある。
共通する特徴は、外から見るのよりもはるかに中は大きいことだ。
異常な空間の歪曲現象が見られる場所、それをダンジョンと呼ぶ。
今回、隣の家のおじさんと挑むダンジョンは変わり種のダンジョンだ。
モンスターの出ない映画館のような内装のメインフロア、上映中のスクリーンに触れるとその映画の中に入り探索することが出来る妙なシステムのダンジョンだ。
難易度は高くなく見入りもそこそこ。
初めて挑戦するにはちょうどいいだろう。
「それで丹三郎さん、剣とか振れるんですかる」
「あたぼうよ! ちゃんと運動習慣があるタイプおっさんだぞ、俺は! ほら見ろ、接待ゴルフで磨いたこの美しいスイングを!」
はしゃいだ丹三郎さんは抜き身の剣でブンブンとゴルフクラブのように振り回していく。
「いや、危ないぞ、おじさ──」
俺が止めようとしたそのときだった。
ゴルフのように振るった剣が勢い余って、サクッと、振っていた丹三郎さんの頭に当たる。
「う、うおおおおい! 切れてる! 切れてる!」
「お、落ち、落ち着くんだ。あんまり痛くないからたぶんちょっと切れただけ……うおおおお!? めっちゃ血が出てる!!」
「びょ、病院! 救急車!」
額から血をダラダラと流す丹三郎さんはすぐにやって来た救急車に運ばれ、彼は剣を俺に手渡す。
「ナツくん……あとは、俺の仇は……頼んだ、ぞ……」
「おじさん! いや、自分で切ったんだから仇はおじさんになるんじゃ……」
そんな俺のツッコミは去っていく救急車には届かなかった。
俺の手にはおじさんの剣が残された。
…………あの人、モンスターが出てくる場所に着く前にリタイアしやがった!
とりあえず……ダンジョンの中にはポーションと呼ばれる怪我を治せる薬があるなそうなのでそれを取りに行くか……。
こうして、俺の探索者としての初めてのダンジョン探索が始まったのだった。
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