第28話最後の帰り道
高校1年生、最後の登校日。
どこか浮き足だった教室の空気に、春の匂いが混ざっていた。
昼休み、真央が言った。
「詩、なんだかんだでこの一年、いろんなことあったね」
「……うん、ほんとに」
再会、距離、戸惑い。
思い返せば、湊と過ごした時間はあまりにも色濃かった。
帰り道。
ふたりとも帰るタイミングが重なって、自然と並んで歩いていた。
「もう一年、終わりか」
湊がつぶやくように言う。
「早かったね」
「詩、最初あんまり喋らなかったよな。高校入ってから」
「……それ言う? 緊張してただけ」
「そっか。でもさ、今はちゃんと話せてるし」
「ちゃんと、って……なんか変な言い方」
「褒めたんだけどな」
湊の笑顔は、冬の終わりの光みたいに、あたたかくて少しだけ切ない。
歩道橋の上、沈みかけた夕日が街を染めていた。
「クラス替え、どうなるかな」
私がぽつりとこぼすと、湊はしばらく黙っていた。
「どうなるかな。でも、もし離れても
話せるだろ」
「……うん」
たぶん、そうなんだろう。
でも、“もし”が現実になったとき、自分がどう感じるかは分からない。
ほんの一瞬、湊の手が私の手に触れそうになる。
でも、そのまま何もなかったように、風がふたりの間を抜けていった。
(どうして、こんなに近くにいるのに)
(まだ、ほんとうの気持ちは伝えられないんだろう)
家の前に着いたとき、湊が小さく言った。
「来年もさ、同じクラスになれたらいいな」
私は驚いて、彼の横顔を見た。
湊は、夕焼けの光の中で、視線を前に向けたまま笑っていた。
「……うん、私も」
その返事が、本音だった。
でも、それ以上のことは言えなかった。
桜のつぼみが、夕暮れにぼんやりと浮かんで見えた。
もうすぐ、咲く—春は、そこまで来ていた。
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