第24話真央の気づき

その日の放課後、私は図書室にいた。

何かの本を探していたわけじゃない。

ただ、静かな場所に身を置きたかっただけ。


窓の外に射す陽の光が、本棚の影を長く伸ばしていた。


「……詩」


不意に背後から呼ばれて、振り返ると、そこには真央がいた。


「やっぱりここにいた」


「……なんで分かったの?」


「なんとなく。詩が“何か”から逃げたいとき、図書室に来るの、知ってるもん」


そう言って、隣の席に座る真央。

私は苦笑しながら、視線をそらした。


「最近さ、湊くんと、なんかあった?」


「……何も、ないよ」


「でもさ、“何もない”って、こんなに苦しそうな顔する?」


その言葉に、私は一瞬、言葉を失った。

隠していたはずのものを、そっと暴かれた気がした。


「詩って、分かりやすいから。嬉しいときは目がきらきらしてるし、

 苦しいときは、自分でも気づいてないくらい無理して笑う」


「……そうなんだ」


「うん。だから、見ててちょっと切ない」


真央の声は、責めるようでも、慰めるようでもなくて、

ただ“私の気持ち”をそのまま受け止めてくれるものだった。


「……ねえ、真央はどう思う? 湊のこと、好きになっちゃったら……どうすればいい?」


そう問いかける私の声は、かすかに震えていた。


真央は少しだけ驚いた顔をして、それからふんわりと笑った。


「そっか。ちゃんと、自分で“好き”って言ったね。えらい」


「えらい……?」


「うん。“認める”って、すごく勇気のいることじゃん。

 それができたなら、あとはちょっとずつ、だよ」


「……でも、怖いよ」


「分かる。怖いよね。けどさ、好きって気持ちって、

 “伝えないと終わる”こともあるけど、“伝えたら始まる”こともあるんだよ」


私はその言葉を、胸の奥で繰り返す。


“伝えたら、始まる”


「……ありがとう、真央」


「どういたしまして。詩が笑ってくれたら、私はそれでいいから」


図書室の時計が、静かに時を刻んでいた。


この場所で、私は少しだけ勇気をもらった。

きっとまだ足りないけど、確かに“前を向くための何か”を手にした気がした。

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