第13話笑顔の裏で

体育祭当日。

晴れ渡った空の下、グラウンドは朝から熱気に包まれていた。


テントのA、B、Cの組み分けTシャツ、砂埃と応援の声。

全体練習の時とは違って、今日はすべてが本番だった。


私たちのクラスはB組。

大玉転がしは午後の競技だけど、朝からそわそわしていた。


「よっ、詩。膝、大丈夫?」


湊が、ペットボトルを片手に近づいてくる。

私の足元に視線を向けたあと、ふっと笑う。


「うん、大丈夫。おかげさまで」


「ならよかった。今日こそ完走しようぜ」


「こっちは転がすだけだけどね」


「でも、詩が止めないと俺にぶつかってくるし」


「えっ、それ私の責任!?」


笑い合う、その一瞬が好きだった。

でもその笑顔のあと、湊は何事もなかったようにリレー仲間と合流していった。


私も戻らなきゃと思ったのに、動けなかった。


この笑顔。

みんなに向けてる“いつもの湊”なのに、

自分だけが特別じゃないことに、なぜか胸が痛くなる。


どうして、こんな気持ちになるんだろう。

ずっと一緒にいたいのに、ただの「幼なじみ」のままでいいはずなのに。


お昼休憩のあと、いよいよ大玉転がしの出番が来た。


ペアの子と並んで、スタートラインに立つ。

向こう側に湊もいる。こっちを見て、軽く手を振った。


私も、小さく振り返した。


スタートの笛が鳴る。

大玉は思ったよりも重くて、不安定だった。


「せーのっ!」


声をそろえて押し出す。

練習よりもずっと速く進んで、あっという間に折り返し地点へ。


ふと、風に舞う青いTシャツが視界に入った。

湊が、すれ違いざまに私を見た。

そして、ほんの少しだけ笑った気がした。


それだけで、足がふわっと浮いたような気がした。


でもそのあと、何もなかったように走り抜けていく湊の背中を見ながら、

私はまた、自分の中の“もや”が濃くなっていくのを感じていた。


終わったあと、拍手と歓声の中で、私は地面に座り込んだ。


疲れたのもあるけど、胸がずっとざわついていた。


「……やばいかも」


自分にだけ聞こえる声で、私はつぶやいた。


好きって、こんなに苦しいんだっけ。


隣にいると嬉しくて、

離れてると不安で、

名前を呼ばれると涙が出そうで。


笑ってるだけじゃ、もうごまかせない。


私は、湊のことが本当に、好きなんだ。


その想いに、ようやく自分で気づいてしまった日。

青空の下で、大玉と一緒に、胸の奥まで転がっていった気がした。

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