第12話傷と手当て
本番が近づくにつれて、練習はどんどん本格的になっていった。
汗が肌に張りついて、腕や足が泥で汚れても、誰も文句を言わない。
応援団の声、笛の音、先生の指示。
グラウンドはいつもよりずっと熱を帯びていた。
その日の午後、私たちは大玉転がしの最終調整をしていた。
「じゃあ、あと2回やって終わりー!」
先生の声に、少しだけほっとする。
でも、その気の緩みがいけなかったのかもしれない。
「詩、いくよー!」
前から勢いよく転がってきた大玉を受け止めようとした瞬間、
私は足元のラインに引っかかり、バランスを崩して転んでしまった。
「っ……!」
ひざに走った鋭い痛みと、土のにおい。
手をつく間もなく、私は地面に倒れていた。
「詩っ!」
誰かが駆け寄ってくる足音。そして、すぐに顔がのぞきこんだ。
「大丈夫!? ……ちょっと血、出てる。立てる?」
顔を上げると、湊だった。
「う、うん……ちょっとだけ擦りむいたかも……」
「無理しなくていいって。ほら、肩貸すから」
言葉より先に、湊の手が差し出される。
その手はあたたかくて、しっかりしていた。
私はその手を握って、ゆっくり立ち上がった。
足に力が入らなくて、思わず湊の肩に寄りかかる。
「わっ、近……」
「ご、ごめん……!」
「いいって。ちゃんと支えるから」
そう言って、湊は保健室まで付き添ってくれた。
誰もいない廊下を、ふたりでゆっくり歩く。
沈黙が、なんだか心地よくて、私は黙ったまま窓の外を見ていた。
保健室のドアを開けると、いつもいる校医の先生がいなかった。
「……あれ、いないじゃん。マジか」
「自分でやるから、大丈夫だよ」
「いやいや、片足引きずってんのにどうやって。ほら、座って」
そう言われ、言い返す間もなく、私はベッドの端に座らされた。
湊は慣れた様子で救急箱を取り出し、消毒液とガーゼを用意する。
「兄貴がさ、昔から運動バカで。小さい頃一緒に遊んでると、よく擦りむいててさ。
俺が手当て係だったんだよ。地味に得意なんだ、こういうの」
「へぇ……ちょっと意外」
「“ちょっと”ってなに。ほら、しみるけど我慢して」
「っ……いった……」
「でも、我慢できてる。えらいじゃん」
「……からかわないで」
「からかってない。素で褒めてる」
湊の指先は、丁寧でやさしかった。
触れているのはひざだけなのに、心臓まで触られているようで、息がうまくできない。
「……ありがと、湊」
「どういたしまして、お姫様」
「お姫様って!」
「冗談だって。……でも、ちょっと守りたくなる感じはあるかも」
その一言に、胸の奥が跳ねた。
冗談にまぎれた本音。
それが本当に冗談なのかどうか、私にはもうわからなかった。
けれど、きっと今日のこの出来事は、
私のなかでずっと、忘れられない思い出になる気がした。
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