第17話めちゃくちゃ

 扉の向こうから聞こえる恨み言に息を吐き出す。ミスティアを屋敷に連れていっておいて良かった。レンの言う通り殺さんとせん勢いだ。あの勢いで来られたらミスティアはおろか女ならまず敵わないだろう。


「ジルバ」


「ユリウス、悪いなこっちに来てもらって」


 無理言って本部の医務室に入ってもらったユリウスは事の顛末が気になっていたのだろう。医務室から出てここで様子を伺っていた。


「昨日出掛けたのは医学学校だったんだな」


「あぁ、薄汚いお貴族様の手を使わせてもらったよ」


 もっとも、すんなりと事が進まなかったのは事実だ。

 昨日、医学学校を訪れ、校長である宮廷医師のメディコ家当主に現状を伝えた。心優しい当主はまさか生徒がそんなことをしたとは思わず、信じられないと言った顔であったが、指導医が泣いて怖がっていると伝えると早々に実習の中止を受け入れてくれた。

 しかしそれに待ったをかけたのは副校長のセーニョだった。片方の言い分しか聞かず中止にするわけにはいかない。と睨みを効かせた。それならば現状を知ってもらうにはあの男の口から話してもらうのが一番だろうとこういう形になった。


「もし副校長あいつが中止を認めなかったらどうしたんだ?」


「認めるさ。医学学校の薬草採集の授業で街の外に出る時の護衛はリベルタが受け持ってるからな。それも無償で。受け入れられなきゃ来年からは護衛はしない。そこらにいる野良の傭兵か、それとも軍部に有償で頼めば良い。たった1人医者を諦めるだけでその分の金が浮くんだ。どっちが得か分かるだろうって言ってやったよ。そう言われたら向こうも頷く他ないだろ。まぁ、それでもあの野郎の言い分を聞きたいって言うから聞かせてやったんだ。ほんとにあんなとんちんかんな勘違いしてるとは実際聞くまで思わなかったがな」


「お前思ったよりめちゃくちゃだなぁ」


 ユリウスがなんだか嬉しそうに声を上げて笑った。こっちだって相手の弱味につけ込むようなことはしたくなかった。それでも――


「怒ってんだよこれでも」


 こっちだって殴り飛ばしてやりたいくらい腹を立ててる。だが、ミスティアの安全を考えると得策ではないし、公衆の面前であのような形を取るのなら暴力は悪手でしかない。それに、怪我でも負わせてその見返りを求められたらそれこそ最悪だ。少しでも相手の有利になることは避ける必要があった。


「これでとりあえずは大丈夫だろ。しばらくはミスティアをひとりで出掛けさせないし、落ち着いてくれると信じるしかない」


「ああいった男が落ち着くとは思えんがな。全く、ほんとに変な男もいたもんだな。俺としてはあんな変な同業ができなくて清々してるよ」


 山のように高いプライドがあるユリウスとしてはあの男が医者になるのが余っ程嫌らしい。まぁその分本当に厳しいのでミスティアも医療実習中の苦労は隣で見ていて同情したくらいだ。


「ありがとうなユリウス。ミスティアを呼んでくるよ」


「あぁそうするといい」


 とにかくこれでリベルタの中は安全になった。本当は帝都から追い出したいくらいだが、そこまでの力はない。足枷を重く感じる。あまりに横暴だとリベルタの仕事が減る可能性もある。民衆からの仕事で成り立ってる部分も多く、水商売と変わらないと父さんにも言われてきた。実際、父さんが死んですぐは少し仕事が減ってそんなに頼りなく見えるか、としばらく落ち込んだ。

 守らなくてはならないのはミスティアだけではない。抱えている隊員も食わせなきゃいけない。まだ体調が本調子ではない母さんも、まだコロコロした弟も、守らなくてはならない。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れた。大変だ、油断すると重さに潰れそうになる。大丈夫、今だけだ。まだ父さんが死んでから1年も経ってない。周りから見たら頼りなく映るのは仕方ない。これから信頼を築いていけばいい。それに、ちゃんと分かってくれる人はいる。


 屋敷に着くと、扉を開ける前から楽しそうな笑い声が聞こえる。ミスティアだ。なんだかそんな楽しそうな声を久々に聞いた気がする。それに潰されそうになっていた気持ちが溶けていく。ミスティアが幸せでいてくれるならなんだってできる。ミスティアを守る。あの夜にそう、誓ったんだ。

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