第2話 銀器と午後の紅茶と、やや過保護な執事
午後の陽光が中庭の芝をやわらかく照らしていた。
春先の山間はまだ少し冷えるが、ヴァルステリア邸の温室から移されたばかりの花々が、風に揺れて微かに香っている。
「……なんでこんなに本気出してるの、ユリウス」
ティーテーブルの向かいに座る少女――ミレナ・ヴァルステリアが、少し呆れたように呟いた。
その前には、磨き上げられた銀器、完璧な温度の紅茶、季節の果物を使ったタルト、そして庭師総出で整えられた中庭が広がっていた。
「お嬢様が“お茶会をしてみたい”とおっしゃったので」
「言ったけど……“ちょっと”って言っただけでしょ」
「“ちょっと”は、“最大限に整えるべき案件”と私は判断しました」
「誰がそんなマニュアル作ったのよ」
「わたくしです」
「即答か……」
隣に控えていた侍女のフィーネが堪えきれずに笑う。
「ユリウス様、普段は完璧なのに、たまに本気でバカ真面目になるから……」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
アッシュ・レイヴァン――彼は今日も変わらず、過剰に忠実な執事である。
彼にとって“少しやってみたい”は“完璧に準備せよ”の命令であり、
“ちょっと気になる”は“即座に対策会議を”という意味になるらしい。
あきらめたようにミレナが紅茶を一口啜る。
ふ、と目を細めて、静かに笑った。
「……でも、おいしい。すごく」
「それは何よりです」
アッシュが軽く頭を下げる。
日差しが彼の黒髪をやわらかく照らし、その影がテーブルクロスに落ちていた。
ほんの少し、沈黙が訪れる。
けれど、それは居心地の悪いものではない。
幼いころから共に過ごしてきた二人にとって、この静けさはむしろ安心の証だった。
「ユリウス」
「はい」
「その……もし、学園に行くことになったら」
「……」
「あなた、ずっと一緒にいてくれるの?」
アッシュは答えず、紅茶をミレナのカップに静かに注ぎ足す。
その仕草だけで、彼の答えは明白だった。
「……やっぱり、聞くまでもなかったね」
ミレナが笑う。少し照れたように。
アッシュは静かに言った。
「お嬢様がお望みなら、たとえ学園であろうと、王宮であろうと、戦場であろうと、私はお供いたします」
「うーん、それはちょっと重いかな」
「でしたら、“お茶の準備くらいはお任せを”と、控えめに申し上げましょうか」
「それはそれで、完璧すぎて胃が痛いんだけど」
「お嬢様、消化にやさしいハーブティーもございます」
「……真顔で返さないで」
二人の笑い声が、穏やかな風に乗って庭に広がった。
何の変哲もない午後のひととき。
けれど、彼女にとっても、彼にとっても――それは、かけがえのない時間だった。
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