第40話 現実にざまぁは無い
ダンッ!
ズザーッ……
「商売の邪魔だ、二度と来るな!」
「イテテッ…… なんだよー、追い出すなんてひどいよー」
「お前たちはもう余所者だ。売れるもんはねぇよ」
「ねぇ、そんなこと言わないで頼むよー」
目の前で小さな男の子が、何かの店から追い出されて…… いや、蹴り飛ばされたのか?
地面に転がってお腹を押さえている姿を見て、スムレさんと妹が急いで駆け寄っていく。
「ちょっと酷いじゃない、こんな小さな子に!」
「大丈夫? ケガしてない?」
「とっとと消えな! 邪魔だ、邪魔」
店主はそう吐き捨てるように言い、気にする様子もなく店に戻って行く。
どうやら、こんなことは日常茶飯事なのか、周りを見ても気にする人はいないようだ。
そうかといって平均的日本人の感覚を待つ俺と妹、それに根っから善良なスムレさんの3人だから、ここで無視できるかは別なんだよな……
余計なことに積極的に関わるつもりは無いけど、放っておくのも難しい状況に巻き込まれたという感じだ。
これは精神衛生のため、このあと良いことに繋がるといいなといった期待を込めて…… 気持ちを納得させることにした。
「由希、店の方は気にするな。スムレ、その子はケガしていないか?」
「はーい、腹は立つけどわかった」
「トモくん、血は出てないわ。ボク、蹴られたのはどこ? 大丈夫?」
「アイツ、腹をけりやがった…… ありがとうお姉ちゃん。大丈夫だよ、そんなに強くはけられてないから」
どうやら言葉のとおり店から追い出すのが目的で、暴行を加えるために蹴った訳では無さそうだ。
それにしてもどういう理由なんだ?
この子も街の人間みたいだが……
そう思ってこの子を見ると、ケガを確認していたスムレさんが縋るような頼るような目で見つめてきた。
大丈夫、言いたいことはわかっている。
それにこのまま放り出すのは、さすがに俺も気分が悪いと思い、子どもに近づいて声を掛ける。
「僕、名前を聞いてもいいかい? 俺はトモで、そこのお姉ちゃんはスムレ、立っているのがユキだ」
「ヤナケだよ、お兄ちゃん。これってお兄ちゃんの馬車だよね!」
俺の声にヤナケくんは顔を上げて……
すぐ後ろにある馬車を見つけて、パァァァァという感じで目を輝かせる。
「馬車といっても、驢馬に引かせているけどな」
「トモくん、茶化さないであげてね。ヤナケくん、馬車がどうかしたの?」
「あの…… えっと…… その……」
なにか頼みたい事があるのだろう、馬車と俺の顔を交互に見ながら言葉を出そうか考えているようだ。
この様子だと十中八九は頼み事なんだろうが、遠慮なのか言いあぐねている様子に見える。
小学生くらいに見える男の子なのに、多分この子は良識があるのだと感じて、俺は警戒度をかなり下げていた。
「なにか頼みごとがあるんだろ? できるかどうかはわからないが、言ってみるのは構わないぞ」
「あ、あの…… でも、悪いし……」
「できるかできないかは聞いてみてからよ? ほら」
隣に屈み込んでいるスムレさんが、優しい微笑みで促すと、少しだけ顔を赤くしてから……
スッと立ち上がって俺の方を向いてから、勢いよく頭を下げた。
「あの、オレと母ちゃんを助けてください!」
………………………………
ヤナケくんを馭者席に乗せて、母親の待つ自宅まで案内させる。
しばらく進むと、小綺麗な住宅街があるが……
それを越えて行った先に見えてきた家は、すでに街外れとなる場所にポツンと建っている荒屋だった。
「母ちゃん! あのね、親切なお兄ちゃんとお姉ちゃんが……」
「ヤナケ! どこに行っていたの? 心配したのよ!」
「か、母ちゃん、ぐるじい……」
母親は玄関に入ったヤナケくんを見た途端、駆け寄って力いっぱい抱き締めていた。
余程心配していたのか、よく見るとその顔からは涙が溢れている……
『どう考えても訳アリだよなぁ……』
母親がいるとのことだったので、小学生くらいの子に詳しく聞くより、親に直接聞いた方がいいと思っていたが…… この感じだと失敗したのか?
「母ちゃん、このお兄ちゃんとお姉ちゃんに助けてもらった。それにね、オレたちの話を聞いてくれるって! だから来てもらったの」
「す、すいません。お客さんだったのですね。とんだ失礼を……」
「気にしないでください。ヤナケくんが心配だったのですよね? できるとは保証しませんが、可能な範囲なら手助けできるかも知れません。とりあえず話を聞きますよ?」
「こんなことを言ってますが、うちの旦那さまは甘々ですから。まずは何があったのか話してくださいね!」
すぐに母親は居間らしき部屋に通してくれたが、家の中も荒屋で隙間風が小さな音を立てている。
でも…… よく見ると小物類はそれなりに高そうな物が多く、チグハグな印象を受けて戸惑ってしまった。
「あの…… 実は、この家は、主人が亡くなってから引越して来たところで……」
「イジワルなバァさんに追い出されたんだよ! アイツらヒドイんだ! こんなボロボロの家に母ちゃんとオレを追い出して…… グスッ」
「できれば初めから教えてくれますか?」
「はい…… 私は元々この街の生まれではなくて、親戚の伝手で亡くなった夫に嫁いできましたが……」
どうやら昭和までの日本だったら、当たり前に聞くような話のようだ。
ようするに他の街から嫁にと連れてきて、姑の虐めにあっていて…… その夫、姑にとっての息子が亡くなったら邪魔者扱いで爪弾きにされたらしい。
いや、令和でもド田舎にいったら、まだまだあるのかもしれないな……
基本的には同じ街で相手がいなければ、近くの街から相手を探すが、日本と違うのは男尊女卑ではないことか……
とりあえず、資産のある方が住処を整えて迎え入れるようだ。
「でもママさん、この家が住処ってひどくないですか?」
「ユキちゃん…… はっきり言い過ぎよ」
「いいえ、元々ここに住んでいた訳ではないのです。住んでいた家は義兄の別棟で、夫の葬儀が終わってすぐに義父母に取り上げられましたので……」
「えーーー! 酷くない!?」
「由希。腹が立つのはわかるが、話の腰を折らない。まずは理由を聞こう」
たしかに酷い話だと思うけど、この辺りの習慣などがわからないから、一概に言い切れない。
だから、その辺も含めて話をしてほしいと伝えるが……
「習慣ではおかしいです。それに私だけではなくて息子もいますから…… ですが、義父母はヤナケのことも毛嫌いして、義兄の次子に家を渡すと言って……」
「その義父母が街のというか、近場で発言力が強いのですか?」
「この集落では本家に当たります」
どうやら遡れば、辺り一帯はほぼ親戚だけの住宅街らしい……
その本家筋なら無理も通るのか……
そんな中で本家を止めるような真面なヤツは、普通に考えてもまずいないだろう。
これは八方塞がりだな……
たとえ何かの力が働いて、元の家に戻れたとしてもどうなんだ?
住んでいる間、ずっと虐められる未来しか見えないよな…… こんな街に住み続けたいのか?
「それで、2人はどうするつもり、いや、どうしたいのですか?」
「結婚当初から反りが合わないですし、義父が働きかけたのか店では何も売ってもくれないので…… アナハの街…… 私の実家に戻ろうと思っています」
「あの…… 住むところはあるのですか? 結婚して街を離れたのですよね?」
スムレさんが心配そうに母親に質問をする。
言っている意味がわからなかったので、俺と妹は思わずキョトンとしてしまったところ……
「あのねトモくん、ログスだと結婚して街を離れた場合、あまり戻ってくることはないの。ロス教もサメハト教も離婚を認めていないし……」
「そうなのか?」
「それでも一緒にいたくないときは、近所に家を建てるの。そしてできるだけ会わないようにして……」
土地が広いからできる解決策だった。
やはり常識が違うと、説明をしてもらわないと理解し難いよな……
「事情はわかりましたが、大丈夫なのですか?」
「私は兄妹が兄一人だけなので、母の家に住ませてもらおうと思います。兄夫婦はすぐ隣に立派な家を建てていたので……」
それが賢明だよな……
息子まで余所者扱いで、なおかつモンスターの義父母一派のすぐ近くに住むなんて、地獄のような未来にしかならないだろう。
「それでー、ヤナケくんが『助けて』って言った意味はなんなのかな?」
「あのね、うちには馬車がないし…… 街の人たちはイジワルだから馬車を出してくれないんだ。それに肉も売ってくれないから、パンばっかりだし……」
「あの、歩いて行けばいいと言われてます。でも街道で母子だけで野宿するのは怖いですし、思い出の品も持っていけないので……」
どうやらママさんの実家のあるアナハの街は、隣街ではあるものの、歩けば6日ほどかかるらしい。
馬車でも2日では着かないらしいが、この小さな街には国営の馬車が来ないので、誰かに頼るしかないが……
「普段から店も使えず、誰も助けてくれないのか…… 見合った料金を支払っても駄目で、挙げ句の果てに馬車も出してくれない……」
「この街だと全員が知り合いのような感じで、私と息子だけが浮いているのです。そして、義父母たちが私が困るのを喜ぶので……」
「おに、旦那さま……」
「トモくん……」
そんなウルウルした目で見ないでも……
俺の血はそんなに冷たくないんだけどなぁ。
「わかった、いつ出発できるんだ? あと荷物はある程度絞ってくれないとだな。なにせ、驢馬の一頭はまだ子どもなんだ」
「あ、ありがとうございます。荷物は思い出の品だけなので、そんなに嵩張りません。明日の朝には出れますので、よろしくお願いいたします」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ホントにありがとう」
………………………………
「マチ、チョコ、ゆっくり休めたか?」
「大丈夫よねー、屋根も壁もあったしー」
「ありがとうヤナケくん。農具を片付けてくれて」
あれからすぐに日が暮れてしまったため、俺たちはここに泊めてもらった。
隙間風の入る荒屋には予備の寝具なんて無いから、毛布は馬車から持ってきたけどね。
「お姉ちゃん、お肉をありがとう。ずっとパンしか食べていなかったから美味しかった」
「すいませんスムレさん。私が義父母と上手くできなかったばっかりに、食べる物さえ不自由させてしまっていて……」
よく見ると母子はかなり痩せていて、肌ツヤも悪かった。
主食と野菜類は自分の畑があったらしいが、この街では畜産をしていないため、加工肉を店で買うしか無いらしい。
それを止められると、自ら望んでいないベジタリアンになるんだけど…… ベジタリアンって肌ツヤが悪い人が多い気がするよな?
「二度と戻らないだろうから、忘れ物が無いか確認してください。大丈夫なら馬車に乗って」
「あのね、旦那さま。こんなことされているのに、このまま何もしないで街を出るの?」
「由希は何かしたいのか?」
「うんとね、『ざまぁ』とかできないのかなって」
いや、当然だけどそのまま去るよ。
ざまぁ?
そんなことできる訳が無い…… っていうか、これに対する報復なんて意味がないんだよ。
「無理だな…… というか、そもそも彼等にとっては当然の行為なんだろう。だから俺たちがそれが違うと言っても、絶対に理解できないだろうな」
排他的な田舎町というのは、日本でも当たり前に見られるし、田舎になればなるほどそういう場所が多いだろう。
よくスローライフを夢見て、仕事を辞めて夫婦で移住したなどの話を聞くが、半分以上……
いやもっと圧倒的に多い割合で、田舎の封鎖的なしがらみに負けて夢が破れているし……
何故かというと常識っていうのは偏りがあり、それが正しいとはとても言えないからだ。
それに加えて人は嫉妬する生き物だから、先住者は余所者が少しでもいい暮らしをしていると妬むんだよ。
そして…… 新参者に面倒を押し付けたりする程度なら可愛い方で、一般的にはほぼ村八分にされる。
具体的には祭りや慶事からは除かれて、面倒な草刈りなどの集いだけには出席を強要する感じだな。
これが普通で常識だと思っている偏った人たちには、どんな正論を言ったとしても全く響かない。
という事は?
向こうからすれば屁理屈をこねられて、正しいはずの自分たちに理不尽を無理矢理押し付けられている…… そんな感じにしか受け取らない。
これだと悪人は余所者であり、自分たちが弱かったから蹂躙されたと考えて、自分こそ被害者だと心の底から思い込むんだ。
「だったらトモくん。この街の人たちは、自分たちは悪いことをしていないのに、旅人が街に迷惑をかけて…… 一方的に暴力を振るわれたって思うってことなの?」
「ああスムレ、そういうことなんだ。その結果としては、ずっと逆恨みをされるだけかな? さすがに隣街まで騒ぎ立てにくる奴はいないと思うけど、やりかねないよなぁ」
妹はすっかり意気消沈して、馬車内で膝を抱えて考え込んでしまった……
俺もそんな妹の気持ちもわかるので、しばらく考える時間をあげようとスムレさんと2人で馭者席に座ってマチを歩かせる。
母子も中に座らせてから馬車を街の出口に向かわせていると、衛兵と昨日の豚店主が話しているところが見えた。
「すいません、次の街に向かいます」
「昨日の新教徒か…… 早く移動してくれて何よりだ。中はいいから、すぐに街を出ていいぞ」
衛兵がろくに馬車をチェックしないで、許可を出す…… というか厄介払いだよな。
まぁ、すぐ出してくれるならWin-Winだからと、マチを進ませる。
そんなとき、ヤナケくんが昨日蹴られた店主に向かって余計な一言を……
「オレたちこんな嫌な街でるからねー もう2度と帰ってくるもんか、こんなヒドイところ!」
豚商人だけでなく衛兵の顔色が変わり、一瞬で不穏な雰囲気に包まれる。
俺は余計な面倒にならないよう、心の中で祈っていた。
おっさんのタイムリープは殺伐とした異世界へ 金木犀 @miyu001
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