第2話『台所サバイバル!パンくずを求めて』

夜。

みんなが寝静まったころ、ぼくとクロスケは冷蔵庫の裏からそっと顔を出した。


「今夜こそパンくずをゲットするぞ!」


もちろん声には出せないけど、クロスケはヒゲをピクピクさせながらうなずいた。



人間の家は昼間はうるさいけど、夜はシーンとしていてちょっと怖い。

でもゴキブリの目は暗闇でもバッチリ見えるから大丈夫。


「カサカサカサッ」


ぼくは六本の足を動かして、台所の床を走った。

台所は巨大なジャングルみたいで、流し台の下、食器棚のすき間、イスの下……あちこちにパンくずやお菓子のかけらが落ちている。


「見つけた!」


パンの耳の小さなかけらがイスの足元に落ちていた。

ぼくがかじりつこうとしたそのとき、


「キィ……」


ドアがゆっくり開く音がした。



「ハルキ? 水飲みにきただけだからね……?」


妹のユイの声だ。


やばい!

ぼくはパンくずの影にピタリと張りついた。

ユイはパジャマ姿で寝ぼけ眼のまま台所に入ってきて、蛇口から水をゴクゴク飲む。


「ふぅ……お水おいし……」


そのとき、ユイの視線が床の方に落ちた。


「……ん?」


目が合った。

ユイの目がだんだん大きくなり、


「ご、ゴ、ゴキブリィィィィ!!」


叫び声が台所に響いた!



「カサカサカサ!!」


ぼくは必死に走った。

ユイが近くにあったスリッパを手に取る。


「やめて! ユイ、それはぼくだってば!!」


心の中で叫ぶけど、伝わるはずもない。


「えいっ!!」


スリッパが振り下ろされる。

ぼくは横に跳びはねてかわすと、勢いのまま壁を駆け上がった。


「はぁ、はぁ……」


天井近くの棚の上に隠れて息をひそめる。


「……どこ行ったの!? ……もう、いやぁ……」


泣きそうな声でスリッパを握りしめたまま、ユイはドタドタと部屋へ戻っていった。



しばらくして、クロスケが壁を登ってきた。


(無事だったか、ハルキ。)


(あ、あぁ……なんとか……)


クロスケはクスクス笑ったようにヒゲを動かす。


(お前、まだ人間の家族に慣れてないんだな。けどな、夜は食べ物探しのチャンスなんだぜ。)


(うん、でも怖いよ……スリッパがめちゃくちゃでかく見えた……)


(それでも、俺たちは生きなきゃなんねぇんだ。)


クロスケは小さな体でパンくずをかじった。


(ほら、一緒に食べようぜ。)


ぼくもそっとパンくずに近づいて、かじった。


ポリッ……ポリッ……。


小さな音が夜の台所に響く。


ほんの少しのパンくずなのに、甘くて、しょっぱくて、とってもおいしい。



そのときぼくは思った。


(生きるって、こういうことなんだな……)


スリッパに追いかけ回されても、泣きそうになっても、

こうやってクロスケと一緒にパンくずを食べていると、生きているって感じがした。



「明日も……生き延びるぞ。」


声にならない声でそうつぶやいて、

ぼくはクロスケと一緒にパンくずをかじり続けた。


夜の台所は、ぼくたちゴキブリにとっての大きな大きな冒険の舞台なのだ。

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