第2話『台所サバイバル!パンくずを求めて』
夜。
みんなが寝静まったころ、ぼくとクロスケは冷蔵庫の裏からそっと顔を出した。
「今夜こそパンくずをゲットするぞ!」
もちろん声には出せないけど、クロスケはヒゲをピクピクさせながらうなずいた。
◇
人間の家は昼間はうるさいけど、夜はシーンとしていてちょっと怖い。
でもゴキブリの目は暗闇でもバッチリ見えるから大丈夫。
「カサカサカサッ」
ぼくは六本の足を動かして、台所の床を走った。
台所は巨大なジャングルみたいで、流し台の下、食器棚のすき間、イスの下……あちこちにパンくずやお菓子のかけらが落ちている。
「見つけた!」
パンの耳の小さなかけらがイスの足元に落ちていた。
ぼくがかじりつこうとしたそのとき、
「キィ……」
ドアがゆっくり開く音がした。
◇
「ハルキ? 水飲みにきただけだからね……?」
妹のユイの声だ。
やばい!
ぼくはパンくずの影にピタリと張りついた。
ユイはパジャマ姿で寝ぼけ眼のまま台所に入ってきて、蛇口から水をゴクゴク飲む。
「ふぅ……お水おいし……」
そのとき、ユイの視線が床の方に落ちた。
「……ん?」
目が合った。
ユイの目がだんだん大きくなり、
「ご、ゴ、ゴキブリィィィィ!!」
叫び声が台所に響いた!
◇
「カサカサカサ!!」
ぼくは必死に走った。
ユイが近くにあったスリッパを手に取る。
「やめて! ユイ、それはぼくだってば!!」
心の中で叫ぶけど、伝わるはずもない。
「えいっ!!」
スリッパが振り下ろされる。
ぼくは横に跳びはねてかわすと、勢いのまま壁を駆け上がった。
「はぁ、はぁ……」
天井近くの棚の上に隠れて息をひそめる。
「……どこ行ったの!? ……もう、いやぁ……」
泣きそうな声でスリッパを握りしめたまま、ユイはドタドタと部屋へ戻っていった。
◇
しばらくして、クロスケが壁を登ってきた。
(無事だったか、ハルキ。)
(あ、あぁ……なんとか……)
クロスケはクスクス笑ったようにヒゲを動かす。
(お前、まだ人間の家族に慣れてないんだな。けどな、夜は食べ物探しのチャンスなんだぜ。)
(うん、でも怖いよ……スリッパがめちゃくちゃでかく見えた……)
(それでも、俺たちは生きなきゃなんねぇんだ。)
クロスケは小さな体でパンくずをかじった。
(ほら、一緒に食べようぜ。)
ぼくもそっとパンくずに近づいて、かじった。
ポリッ……ポリッ……。
小さな音が夜の台所に響く。
ほんの少しのパンくずなのに、甘くて、しょっぱくて、とってもおいしい。
◇
そのときぼくは思った。
(生きるって、こういうことなんだな……)
スリッパに追いかけ回されても、泣きそうになっても、
こうやってクロスケと一緒にパンくずを食べていると、生きているって感じがした。
◇
「明日も……生き延びるぞ。」
声にならない声でそうつぶやいて、
ぼくはクロスケと一緒にパンくずをかじり続けた。
夜の台所は、ぼくたちゴキブリにとっての大きな大きな冒険の舞台なのだ。
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