第11話-狩り-

 そこからは、とてもとても簡単だった。


 出会う奴から順に、躊躇うことなくナイフで斬り付けていく。

 大海は穏やかで、周囲に船影は、およそ見えない。

 その中に浮かぶ一隻の海賊船は、しかし地獄の坩堝と化していった。

 悲鳴と怒号が飛び交う中で、成哉は怯える海賊たちを追いつめ、殺した。


「……はははは!」


 笑いが込み上げる。

 愉快だ。非常に痛快だ。

 俺は海賊どもを翻弄している。

 俺という存在に、奴らは怯え切って、真っ青な顔で涙さえも浮かべているのだ。


 素人、利用価値のあるガキ、捕食対象――

 

 そんな評価を下した相手に、手も足も出せずに。


 これは、狩りだ。

 俺はハンターで、奴らは獲物。

 俺が追いつめて狩る、これは、そういうゲームなのだ。


「っははははは……!」


 殺す。

 殺して殺して――なお、殺した。


 出会うことごとくを、手に掛けた。

 若い男、その父親くらいの男……中には、かなり年の行った老人もいた。

 さまざまな生き物の特徴を併せ持つ、これまた、さまざまな年代の人々。


 女たちだって含まれる。


 こちらはどうしようか迷ったのだが、武器を手に抵抗して来て、また、そういった荒事にも慣れている風だったので、やはり殺した。


「――――」


 ふと、倒れ伏す若者の顔が目に入った。


 彼は外見が普通の人間に近い。

 苦しみに喘ぎ、涙を流す彼は……若すぎた。

 まだ、ほとんど子供だった。

 彼は声にならない声で、必死に、切れ切れに呼んでいる。


「ママ……ママぁ……っ! 助け、て……たすけ……」

「――ぁ」


 気づけば成哉は、その少年の傍らに屈み込んで傷口を両手で押さえていた。


「大丈夫だ」


 まっ赤な嘘が口を突いて出る。

 必死に出血を食い止めようと試みながら、成哉は少年に囁きかける。


「君は助かる。大丈夫だ。落ち着いて、俺が傍にいる。頑張れ、俺が傍に――」


「ま……ま、ママ……なの……?」

「……っ」

「よか……た……見え、ない……んだ……でも、そこに……いる、んだね……?」


 それに、何と返せばいいんだろう。

 成哉は息をすることも忘れ、硬直してしまう。

 震える指の先からは、温かい血が、どんどん噴き出してくる。


「ママ……さむ、い……さむい、よ……ぁ……」


 やがて、少年は動かなくなった。

 その涙に塗れた瞳は、しかし、もういかなる光も映していない。


 なんで、こうなってしまったんだ。

 この地獄絵図は、いったい何なんだ。

 どうして俺は、別の誰かの血に塗れて……こんな風に、うずくまっている?


 ――なんでもなにも。お前が望んだからだろう、十和成哉?


「っ、違う!」


 ――違いやしない。だからこそ、俺が呼ばれたんだ。


「お前は誰だ?」


 ――俺は、お前だよ。十和成哉だ。


 気づけば成哉は立ち上がって、手の中にナイフを弄んでいた。

 振り向きざま、投げつける。

 背後から忍び寄ろうとしていた獣人女の胸の中心に、銀の刃が突き立った。


「これは酸っぱいスープなんだよ、十和成哉。いま俺は、獣の本能が支配する渦の中心に立っているんだ。ああ、これだよ。これが、奴らが俺をいたぶって覚えていた感触なんだ! 他者を制圧する感動だよ! この手に感じる誰かの命が、俺に教えてくれる! 俺が確かに生きていることを! ここに存在することを! 捕食する快感ってのは、えらく魔的だ、そう思わないか!?」


 成哉は高笑いしながら踵を返し、階段を上がっていく。


 甲板に出る。

 すぐに、何人もの海賊たちに囲まれた。


「……やっぱ、てめぇか」


 恨みの籠った、地獄から響くかのような一声。

 カーネギーだ。

 彼女は全身に力を漲らせ、血走った眼を見開いて、仁王立ちしていた。


「まんまと食わされちまったわけか。まさか、てめぇらが、アタシらを片付けるためにベガの野郎が寄越した刺客だったとはよォ……!」

「だったら、どうした?」


 その挑発を受けて、カーネギーは歯を食いしばった。


「手ェ出すな、お前ら」


 カーネギーはサーベルを抜く。

 砥ぎ上げられた刃が、ギラリと陽光を照り返す。


「こいつは、アタシがやる。必ず仕留めて、野郎どもへの手向けにしてくれる」

「へぇ……面白い」


 成哉はナイフをベルトに仕舞い、海賊たちに向けて片手を差し出した。


「構わねぇ。くれてやれ」


 カーネギーが言うと、仲間の海賊が、足元にサーベルを投げて寄越した。

 成哉がそれを拾い上げて構えると、それを合図に、カーネギーが前に進み出た。


「はぁッ!!」


 カーネギーが、突いてくる。

 伸びてくる曲刀の切っ先はまるで流星の閃きのようで、目で追うことすら困難だった。

 ほとんど勘を頼りに、成哉はカーネギーの攻撃を躱す。

 手首を動かして、鍔で突きを流そうとするが、その勢いはあまりに強く、逸らしきれなかった剣先が、成哉の肩を引っ掻いていく。


「ぐっ……ぁ!」


 カーネギーの連続突きは、次々と懐まで飛び込んできた。

 おかげで成哉は構えを崩され、体勢を維持することさえ出来ない。

 回り込むことも許されず、攻撃を避けるごとに後退を余儀なくされる。


「さっきまでの威勢は、どうしたガキ!?」


 カーネギーは獰猛な笑みを浮かべながら、立て続けに剣を振るう。

 成哉は、いよいよ壁際に追いつめられ、絶体絶命の窮地に立たされていた。


「……この位置なら、背後を取られる心配はないな」

「これで終いだ!!」


 成哉の独り言を、カーネギーの怒声が掻き消す。

 そして彼女は、そのまま剣を、大きく引き――


 銃声が、鳴り渡った。


「ぁ、が……!」


 目を見開き、硬直するカーネギー。


 撃ったのはケントだった。

 彼は、そのまま高所に控えていたスナイパーたちを、鴨撃ちのように撃ち落としていく。

 成哉もまたサーベルを捨て、シャツの下に隠していた拳銃を抜いて、踏ん張るカーネギーの肩越しに乱射し、観戦していた海賊たちを射殺していく。


「やめろ……っ」


 カーネギーの突きが、遅れて繰り出される。

 成哉は、その一撃を躱して彼女の腕を腋の下に抱え込み、顔を寄せた。


「てめぇ……卑怯だぞ……! 正々堂々――」

「殺し合いだろ? 卑怯もラッキョウもあるかよ」


 こっちの行動を、お前が勝手に解釈したに過ぎない。

 成哉は武器を叩き落とし、カーネギーの膝を折らせると、向こうで泡を食う仲間たちに向き直らせた。


「俺の勝ちだな」

「か、カシラぁ!!」


 成哉は銃口を、カーネギーの頭に突きつける。

 こめかみに食い込む鉄は熱く、それに肉を焼かれて、カーネギーは目を瞑って絶叫した。


「ま、待てやガキども!」


 海賊の内のひとりが叫ぶ。

 視線をやると、最初に成哉を拘束した男が、あの給仕の女性を引っ立ててきたのが見えた。


「カシラを、こっちに返せ! でないとお友達の女が死ぬぞ!!」


 銃声が轟いた。


 頭を撃ち抜かれたカーネギーが、ぐにゃりと全身を弛緩させて、折りたたまれるような格好で倒れた。

 海賊たちは呆然と固まり、ぱくぱくと口を開け閉めした。


「ああビックリした。撃っちゃったよ」


 成哉のわざとらしい呟きに被さるようにして、銃声が、ふたつ、みっつと重なる。

 ケントだ。

 海賊たちがそれに対処しようと振り向けば、成哉が撃ち殺して阻止する。


 ケントがマガジンを交換するのを成哉が連射で助け、成哉が交換するのをケントが助ける。

 ふたりは撃ち続け、やがて最後の銃声が、虚空に残響の尾を引いた。


 海賊船の甲板には、海賊たちの無数の死体が折り重なるように倒れて血を流していた。

 立っているのは成哉とケントと、竦み上がる給仕の女性だけだ。

 他は全員、死んだ。

 カーネギーも、その配下の男たち女たちも、年端も行かない子供さえ、生き残りはひとりもいなかった。


「なんだこれ……」


 ケントの忘我の呟きが沈黙を破った。

 女性が膝から崩れ落ちた。まるでケントの放った言葉が、危ういバランスで立っていた彼女を、つん、と突いたみたいに。


「オレ、何したんだ? 体が勝手に動いた。なんで、こんなことができんだ? いったいどうなってるんだ? なんなんだよ、これ? なぁ……なあ!?」


 ケントは自分のしでかしたことに恐れおののくように、手にしていた銃を海に投げた。


 女性が声も無く、はらはらと涙を流していた。


 バラバラと大きな音が近付いてきた。

 ヘリコプターのプロペラの音だ。

 それは間もなく彼らの真上にやってきて、次にタラップが降りてきた。

 カンダタに垂らされた蜘蛛の糸のように。


 でも、それは成哉を、さらに深い地獄へ引きずり込む糸だった。


 彼には、それが分かった。

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