第2話-十和成哉-

 住宅地の一画に建つ古びたマンションの、猫の額ほどの広さの敷地内でボール遊びをする、3人の姿があった。

 20代半ばの男女と、幼い子供である。

 とりわけ父親は子に夢中だった。

 秋晴れの下で少年のように、はしゃいでいた彼は、

 しかし、ある名前を出された途端、雷に打たれたように表情を失って硬直した。


「ソワ……セイヤ?」


 それを投げかけたのは、無精ひげの浮いた顔に丸眼鏡をかけた、中年の男だった。


「私、フリー記者の加納と申します」


 男は眼鏡のブリッジを、くい、と押し上げた。


「あの少年……十和成哉くんについて、是非お聞かせ願いたく」

「なんで俺に訊く?」

「よく、ご存知でいらっしゃるかと。クラスメイトでしたよね、宮内洋太さん?」


 途端、父親──洋太の背が緊張に震え、見開かれた眼は怒りに燃え上がった。


「訊きたきゃ別の奴ンとこに行け。元クラスメイトは、他に30人もいるだろうが」

「27名、です。宮内さん──」

「黙れ、殴られてぇのか……!」

「殴って困るのはあなたの方ですが……」

「うるせぇ! 帰れ!!」

「十和くんとの付き合い、長かったですよね? 小学校から同じで、中学に上がってからは、ますます交流・・の機会は多かった。ずいぶんとまあ彼に入れ込んでいたようじゃありませんか」

「テメェ……!」


 加納の胸ぐらを掴み上げる洋太。

 それを、彼の妻が悲鳴交じりに、その背中に組み付いて止めた。


「……俺は、やってねぇ」


 洋太は加納のシャツから手を離し、家族を連れてマンションの階段を上がっていく。


「宮内洋太さん! あなたが、十和成哉少年を――殺したんでしょう!?」


 加納は待ったが、答えが返ることは無かった。



      ****



 その日の夜、繁華街の只中にある大衆居酒屋。

 店先には黒板が出され、そこには白いチョークで、こう書きつけられていた。


『本日のご予約 第□□代 ○○中学校 △年△組 同窓会 様』


 建物の2階には宴会用の座敷があり、26名の若者たちがテーブルを囲んでいる。

 そこに遅れて到着した、上等な仕立てのスーツを着こなした女性が、幹事によって上座へと通された。


「お前らぁ、お待ちかね! 神崎澪かんざき みおが来たぞォ~」

「紹介、ありがとう。でも、入口の方で良かったのに」

「なに言ってんだ、一番の出世頭だろ」


 隣に座った男が、ドリンクメニューを見せながら言う。


「神崎の情報だけは常に入ってくるもんな。早くも親父さんの会社で任されたプロジェクト、順調だって話じゃないか」

「あ、あたしも、それ知ってるー」


 早くもホロ酔い気味の女性が、澪の方へ身を寄せた。


「新型のダム、だっけ? 神崎ちゃんトコの会社が、主導で建設してるって」

「そーそー。それを纏めてんの、コイツなんだってよ。すげぇぜマジで!」

「そんなことないわよ。要は父が、私に箔をつけたいだけでさ。頑張ってはいるものの、補助係に助けられることばっかり。今日だって、たっぷり叱られてきたところでね」

「どっちにしろ、俺たちには逆立ちしたって出来ないことだよ」

「昔から頭よかったもんね、神崎ちゃん。え、彼氏とかいないの?」

「いないよ」

「えー! じゃ、俺、立候補してもいい!?」

「ごめんなさい」


 勢い込む元クラスメイトを完璧な笑顔でやり過ごして、澪は店員にビールを注文した。彼女は、メニューを置いて「それにしても」と周りを見回す。


「もう全員、24歳になった? 10年経っても、みんな変わらないものね」

「そうか? じゃあ俺が誰か、判る?」

「伊藤くんでしょ。その眉毛の切れてるところは、サッカーのケガだったっけ?」

「そうそう! じゃ、コイツは?」

「んー……その首を傾げる癖は、田中くんだね」

「私は、だーれだ?」

「えっと……長浜さん、かな? そうでしょ、そのハスキーボイスは聞き間違えっこない!」


 澪は次々に元クラスメイトらの名前を言い当てていく。

 それが全て的中したことで、一同は感嘆の声を上げた。

 一同は澪も加えて改めて乾杯し、互いの近況報告や思い出語りを再開する。

 そんな中で、


「あー、十和成哉。憶えてる憶えてる」


 その名前が挙がると、全員が声を潜め、その方向を向いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る