第21話 共に歩む道、広がる「虹の広場」

美咲が会社を辞め、「虹の広場・音楽と笑顔の家」の代表者となってから、数ヶ月が経った。NPO法人としての活動は、少しずつ軌道に乗り始めていたものの、その道のりは決して平坦ではなかった。美咲は、慣れない事務作業や広報活動に奔走し、集会所の運営と両立させる日々を送っていた。そんな美咲を、最も近くで支えていたのは、やはり和也だった。


和也の決意

和也は、美咲が会社を辞めた後も、変わらず「虹の広場」の活動を手伝い続けてくれていた。仕事の休日には必ず集会所に顔を出し、子供たちの遊び相手になったり、美咲の相談に乗ったり、時には集会所の簡単な修繕作業も買って出てくれた。彼の存在は、美咲にとって、何よりも心強いものだった。


ある日の夕方、美咲と和也は、その日の活動を終えた集会所で、残っていたチラシを片付けていた。ふと、美咲が和也に尋ねた。

「和也くんは、いつまでこうして手伝ってくれるん?」

美咲の問いかけに、和也は一瞬、手を止めた。

「え、急にどうしたんすか、美咲さん。俺、別に嫌じゃないっすよ」

和也は、いつものように屈託なく笑ったが、その表情には、どこか決意のようなものが浮かんでいた。


「そうやなくて、和也くんには和也くんの仕事があるやろ。いつも無理させて、申し訳ないなと思って…」

美咲は、申し訳なさそうに言った。和也の本業の負担になっているのではないかと、ずっと気にかけていたのだ。


和也は、美咲の方に向き直ると、真剣な眼差しで言った。

「美咲さん。俺、前から考えてたんすけど…俺、『虹の広場』のスタッフになりたいっす」


美咲は、和也の言葉に驚き、目を見開いた。全く予想していなかった申し出だった。

「え、スタッフって…どういうこと?」

「俺、会社、辞めようと思ってます。そして、本格的に『虹の広場』の運営を手伝いたい。美咲さんを、一人にさせたくないんす」

和也の言葉は、まっすぐで、何の偽りもなかった。彼は、美咲が「虹の広場」に賭ける情熱を間近で見てきたからこそ、この場所の可能性と、美咲の孤独を理解していたのだ。


美咲は、和也の申し出に、言葉を失った。会社員としての安定した職を捨ててまで、「虹の広場」に加わりたいという彼の決意。それは、美咲自身の過去の決断と重なり、彼の覚悟の重さを感じた。

「でも…和也くんの本業は…」

「もう決めたんす。俺、音楽好きっすし、美咲さんの夢を、もっとたくさんの人に届けたい。そう思うと、会社員やってるだけじゃ、なんか物足りなくて」

和也は、少し照れながらも、決意に満ちた笑顔を見せた。


新たなスタッフ、新たな挑戦

美咲は、和也の申し出を、感謝と共に受け入れた。NPO法人の運営は、一人で抱え込むにはあまりにも大きすぎた。和也の加入は、「虹の広場」にとって、まさに待ち望んでいた光だった。


和也は、退職の手続きを終え、数週間後には正式に「虹の広場」のスタッフとなった。彼が加わったことで、運営体制は格段に強化された。和也は、持ち前の明るさとコミュニケーション能力で、すぐに地域の子供たちや保護者たちと打ち解けた。彼の提案で、SNSを使ったライブ配信や、地域のアーティストを招いた小さなコンサート企画なども動き始めた。


和也の音楽の知識と経験は、美咲のそれを補って余りあるものだった。子供向けの音楽ワークショップでは、彼がリードボーカルとなり、美咲がピアノを弾くという、息の合ったコンビネーションを見せるようになった。子供たちの間では、「歌う和也先生」として大人気になった。


広がる笑顔、深まる絆

「虹の広場」は、和也が正式に加わってから、さらに活気に満ちていった。週に一度だった自由開放デーは、週に三度となり、毎日誰かしらが訪れる場所へと変化していった。

学校帰りの子供たちが、宿題を持って集会所にやってきて、和也にギターを教えてもらったり、美咲のピアノに合わせて歌ったりするようになった。

近所のお年寄りたちが、温かいお茶を飲みに立ち寄り、子供たちの歌声に耳を傾けながら、昔話に花を咲かせた。


美咲は、和也と二人で、この場所が温かい交流の場へと育っていくのを、肌で感じていた。運営上の課題はまだまだ山積だったけれど、和也という心強いパートナーを得た今、美咲の心には、確かな充実感と、未来への希望が満ち溢れていた。


ある日の夕暮れ時、美咲と和也は、集会所のテラスで、夕日に染まる街並みを眺めていた。

「美咲さん、見てくださいよ。なんか、『虹の広場』って感じっすね」

和也が指さす先には、夕日に照らされた空に、淡い虹がかかっていた。

美咲は、和也の隣で、そっと頷いた。

「うん。ほんまやね。お母さんと森田さんも、きっと見てくれはるやろね」

二人の間には、温かい沈黙が流れた。この場所が、母とれい、そして美咲と和也、様々な人々の想いが交差する、かけがえのない「虹の広場」として、これからも輝き続けることを信じて、二人は、静かに夕日を見つめていた。

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