Ice lolly5⋈① ネクタイほどいて。

 …これが限界。

 心に絡まったリボンが甘く、

 弾けた。



「行くぞ」

 7月9日の朝。氷雅ひょうがお兄ちゃんが玄関の扉を開けた。


 ――――俺も

 ――――星野ほしのが好きだ。

 ――――今から思い出させてやるよ。


 昨日の屋上での事を思い出し、ボッと顔が熱くなる。


 あれから結局、眠れる訳もなくて、

 深夜もベランダで月沢つきさわくんと過ごした。


 だけど袋のままのサワー味のアイスキャンディー受け取ろうとしたら指が触れて落としちゃって……。


 慌てて拾ったけどドキドキして食べることも、

 月沢つきさわくんと話すことすら出来なかった。


 こんなんで今日、大丈夫かな……。


「おい、ありす?」


「…うん」

 私はローファーのかかとを踏んだ状態で一歩前に進む。


 ぐらっ……。


「きゃっ…」


「ありす!」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが私を右腕で抱き止める。


「危ねぇな」

「靴、ちゃんと履けよ」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは、ぶっきら棒な口調で言う。


「うん、ごめんなさ…」


「お前、シャンプー変えた?」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんが真剣な眼差しで尋ねてきた。


 私はドキッとする。


「あ…うん…」

「今まではフルーティーな香りだったけど」

「夏だし爽やかな香りの方がいいかなって…」


 え……氷雅ひょうがお兄ちゃん怒ってる?


「そーかよ」

「遅刻する。行くぞ」


「あ、うん」


 私は黒のふわロングのウィッグに触れる。


 シャンプー変えたのマズかったかも……。



「…星野ほしの、シャンプー変えた?」

 昼休み。屋上で月沢つきさわくんが隣に座る私のウィッグに触れながら尋ねて来た。


 月沢つきさわくんは扉の横で右膝を立てたまま座っている。


 直接髪に触れられた訳じゃないのに、心臓がドキドキで壊れそう。


「え、な、なんで…」


「昨日と香りが違う」


「あ、うん…」

 私は複雑な顔をする。


「…なんかあった?」


氷雅ひょうがお兄ちゃんにも同じ事聞かれた」

「シャンプー変えたの失敗だった」

「バレるの時間の問題かも……」


「…氷雅ひょうがお兄ちゃんってどんな顔してんの?」


「え、あ…写メあったかな」

氷雅ひょうがお兄ちゃん、写メ撮るの嫌いみたいで」

「あんまり撮りたがらなくて…」

「ちょっと待ってね」


 私はスカートのポケットからスマホを取り出して写真のアプリをタップする。


「あ、あった」


 月沢つきさわくんが隣から私のスマホを見る。


 飾紐りぼん高校の制服を着た金髪のままの笑った私と

 書庫蘭しょこら高校の制服を着た金髪で無愛想な氷雅ひょうがお兄ちゃんが私の部屋で並んで写っている。


「…………」


月沢つきさわくん?」


「…イケメンだな」


「うん」

氷雅ひょうがお兄ちゃん、いつもぶっきら棒だけど、けっこう女の子に話しかけられたりするよ」


「…氷雅ひょうがお兄ちゃんの前ではいつも金髪なのか?」


「あ、うん」


「…そう」

「…写メ、俺以外に見せんなよ」

「…絶対秘密だから」


「秘密…」


 月沢つきさわくんは人差し指を唇に当てる。

「そう、秘密」


「わ、分かった…」

 私は短く答えるとスマホをスカートのポケットに入れた。


「…じゃあ、星野ほしの


 月沢つきさわくんはかっこいい表情で私を見つめる。


「…俺のネクタイほどいて」


 私の顔が一気に熱くなる。

「え……」


「…約束のシルシ」

「…なんてな」


 ふわっ……。

 私は月沢つきさわくんのネクタイに両手で触れた。


 月沢つきさわくんの両目が見開く。


「…まだ出来ません」


 声が、震える。


「…これが限界」


「…あー、少しずつ進もうって思ってたのに」

「…無理だわ」

 月沢つきさわくんは私の顎を掴んで唇を奪う。


「んっ…」


 昨日と同じとろけるような甘いキスなのにドキドキしすぎて倒れそう。


 ドサッ……。


 月沢つきさわくんは私の頭を支える。


「…大丈夫か?」


「あ…うん」


「…このままのが安全だな」


 …? 

 安全?


 月沢つきさわくんは私の頭をそっと地面に置く。


「…星野ほしの、口、少し開けて」


 …口?

 こうかな?


 え……月沢つきさわくんの甘い舌が入ってきて……。


 強く絡んで離さない。


「んぁっ……」


 私の心に絡まったリボンが甘く、弾けた。


 え……。

 何、今の声……。

 私?

 あ……どうしよう。


 月沢つきさわくんは、そっと唇を離す。


「…今日はこのくらいにするか」


「あ、うん」

 私はゆっくりと起き上がる。


「…星野ほしの、髪にゴミ」

 月沢つきさわくんはウィッグに触れようとする。


 私はバッと顔を背けた。


 あ……。


「自分で取るので…大丈夫」


「…そう」


 月沢つきさわくん、今、どんな顔してる?

 怖くて見れないよ。


 私は月沢つきさわくんの顔を見ないまま立ち上がる。

「教室、戻るね」


「…星野ほしの!」


 私は屋上から出て行く。


「…あー」

 月沢つきさわくんは自分の前髪に手の平を当てた。



「…はぁ」

 5限の音楽の授業を終えた私はため息をつきながら3階の階段を降りていた。


 月沢つきさわくんのことで頭がいっぱいで、

 音楽の授業、何やってたのか全く覚えてないや。


 なんで私、あんな声…。

 思い出す度に、

 恥ずかしくて、たまらない。


 2階の廊下が見えた。


月沢つきさわくん」

 女の子の声が聞こえ、私はドキッとする。


 え…月沢つきさわくんとツインテールの女の子?


「…何?」

 月沢つきさわくんが無表情のまま問う。


「好き。私と付き合って」


 私は両目を見開く。


 え、え、告白…!?


 ドクン、ドクン、と私の胸が嫌な音を立てる。


 月沢つきさわくん、なんて答えるんだろう。


「…悪いけど興味ない」


 ツインテールの女の子が月沢つきさわくんのネクタイに触れる。


 胸がズキンッと痛んで、

 心に絡まったリボンが、複雑に絡まっていく。


 やだ。

 やだやだやだ。

 月沢つきさわくんに触れないで。


 月沢つきさわくんは私のなのに。


 私はハッとして右手で自分の口を押さえる。


 ……あ。

 私、なんでこんなこと思って…。


 屋上で、顔、背けたくせに。

 私、ヤキモチ妬いてるの?


「え~誰とも付き合ってないんでしょ?」

「だったらいいじゃん?」

「軽く付き合ってみよーよ」

「興味わくかもしんないし」


「…それはねぇわ」

 月沢つきさわくんはツインテールの女の子の手を下に降ろす。


「…俺が興味あるの、星だけだから」


 月沢つきさわくんはC組に向かって廊下を歩き出した。


「え~、天体に興味あるの!?」

「何それ~、かっこいい!!」


 ツインテールの女の子は月沢つきさわくんに着いていく。


 顔が熱い。


 月沢つきさわくん、

 星って、私のこと?


 ぐらっ…。


「あっ…」

 私は階段から足を踏み外した――――。


 月沢つきさわくん達は振り返る。


 階段横に隠れていた夜野やのくんが駆け出て来て私の体を支えた。


「大丈夫?」

 夜野やのくんが尋ねると私はコクンッと頷く。


 夜野やのくんが月沢つきさわくんを見る。


 一瞬見つめ合うと、夜野やのくんが勝ち誇った顔で微笑んだ。


 月沢つきさわくんは何も言わずに再び歩き出し、ツインテールの女の子も着いて行く。


「冷たいな」

「ほんと徹底してるね」


「…………」

 私は黙る。


「ごめんね、助けたのが俺で」


「ううん、助けてくれてありがとう」


 他の女の子に月沢つきさわくんが触れられるくらいなら、

 今すぐ私が触れたい。

 いっぱい触れられたい。


「…あの夜野やのくん」


「ん?」


「後で月沢つきさわくんに伝えて欲しい」

「放課後、屋上に来て下さいって」


「分かった。伝えておくよ」


 月沢つきさわくん、お願い。

 屋上に来て。


 そしてもう一度、

 私に深くて甘いキスをして。

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