Ice lolly4⋈③


 屋上の日陰になった場所で起きた出来事は、

 何度も夢かもしれないって思った。

 だけど……。


 ――――月沢つきさわくん、好きです。

 ――――心に絡まったリボンほどいて。


 私は伏せ寝をしたまま両目を見開く。


 あれは夢じゃない。

 完全に告白してた。


 その後のことがよく思い出せないけど……。


 まさか勢い? で人生初の告白をしちゃうなんて。

 それくらい月沢つきさわくんのことが好きだったなんて。


 私は右手に乗っけていた顎を離し、その手に顔を埋める。


 ああああああああああああ。

 どうしよう……。

 今日月曜日で明るくなったら高校行かなきゃいけない。

 高校休みたいよ。

 だけど氷雅ひょうがお兄ちゃんに少しだけ感づかれちゃってるし、

 これ以上、心配かけられないよ……。


「おい、ありす」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんに声をかけられた。


 私は顔を上げる。

 グレーの長袖のTシャツに長い黒色のアンクルパンツの氷雅ひょうがお兄ちゃんが立っていた。


「…!?」


 なんで、氷雅ひょうがお兄ちゃんがここにいるの!?


「…え、バイトは?」


「誰かさんのせいで今日は早く上がった」


「そうなんだ…」


 玄関の扉開く音、全く聞こえなかった……。

 …って、あれ?


 私は首を傾げる。

「誰かさんのせい?」


「お前以外に誰がいんだよ」


 サァーッと私の顔が青ざめていく。


 私の…せい?

 だとしたら物凄くマズい。


 私は立ち上がる。

「…じゃあ氷雅ひょうがお兄ちゃん、私、部屋に戻って勉強してくるね」


「しなくていい。ここにいろ」


 私の体が、まるで氷のように固まる。


 え……。


「作ってくる」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんはそう言ってキッチンに向かう。


 作るって何を?


 そして10分後。氷雅ひょうがお兄ちゃんがテーブルにカレーライスを2皿置いた。


 さっと炒めて煮たカレーには豚こま切れ肉に玉ねぎとえのきだけが入っていて、スプーンが突っ込まれている。


「え、しゃびしゃび…」


「短時間で作ったから失敗したわ」


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは私の隣に座ってテーブルに右肘を立てる。


 私はふふっと笑う。

氷雅ひょうがお兄ちゃんがカレー初めて作ってくれた時も同じだったね」


「うるせぇ、忘れろ」

「つーか、笑えんじゃねぇか」


 あ……。

 もしかしてこのカレー、私を元気づける為にわざと失敗して……。


「何抱えてるのか知んねぇけど」

「空腹じゃ眠れねぇだろ」

「飯はちゃんと食え」

「それで食ってる時くらいは今みたいに笑ってろ」


 何それ……。

 そんなこと言われたら涙止まらなくなっちゃうよ。


「ったく、泣いてんじゃねぇよ」

 氷雅ひょうがお兄ちゃんがTシャツの袖で私の涙を拭う。


「……理由聞かないの?」


「お前が話したくなった時に聞くわ」


 私の胸がきゅっと痛む。


 そんな時は、きっとこない。

 月沢つきさわくんとのことは絶対に秘密だから。


 でも高校に行く元気出た。


「…氷雅ひょうがお兄ちゃん」


「なんだよ?」


「一緒に夜更かししてくれてありがとう」

 お礼を言うと、

 氷雅ひょうがお兄ちゃんは照れ臭さを隠す為か私の頭をぽんと叩いた。



 カレーを食べ終えた私は部屋に戻ると、鞄のチャックを開けてスマホを取り出す。


 スマホの時計を見たら2時。

 月沢つきさわくんまだ起きてるよね…?


 氷雅ひょうがお兄ちゃんは今キッチンでお皿洗ってるから大丈夫。

 よし。


「…月沢つきさわくんにラインしよう」


 私は月沢つきさわくんのトーク画面を開く。


月沢つきさわくん、話したいことがあります』


 送れた……え!?


 私はドキッとする。


 月沢つきさわくんから電話かかってきて…。

 マナーモードで良かった…。

 じゃなくて、どどどどうしよう。

 落ち着いて、私。

 とにかく出よう。


 私はドキドキしながら電話に出て、右耳にスマホを当てる。


「…何?」


 あ……、

 月沢つきさわくんの声、冷たい感じだ。


 もうだめかもしれない。


 私は両目の涙が零れ落ちないようにぐっと堪える。


 それでも、私、諦めたくない。


「…今日の放課後、屋上で待ってます」



 そして放課後。


 ガチャッ。

 私は屋上の扉を開ける。


 あ…月沢つきさわくん、まだ来てない。


 私はセーラー服のピンクのリボンをぎゅっと両手で押え、

 両目をぎゅっと瞑る。


 胸がドキドキで壊れそう。

 電話では結局返事もらえなかったけど、きっと来てくれるよね…?


 ガチャッ。

 屋上の扉が開く。


 月沢 つきさわくんが入ってきた。


 月沢 つきさわくんは黒のウィッグを被り、制服(白の半袖シャツにチェックの薄い灰色とブルーのスボン)を着ている。


「…!」


 月沢つきさわくん…。


「…3日間、ベランダで待ってた」


「あ……」


 私の両目が潤む。


 待っててくれてたんだ…。


「…俺に言ったこと覚えてるか?」


「うん…」


「…言ったら、もう戻れなくなるけど」

「…星野ほしの、本当にそれでいいのか?」


 今までの関係には戻れないってことだよね…。


 ここで拒否れば氷雅ひょうがお兄ちゃんにバレずに関係を終わりに出来る。

 だけどそんなの無理。

 月沢つきさわくんがいない毎日なんてもう考えられない。


「いいです」


 月沢つきさわくんが私をじっと見つめる。

 夕日に負けないくらい真っ白な下弦の月がキラキラと輝く。


「――――俺も」

星野ほしのが好きだ」


 え……。


 私は驚きの余り、その場で崩れ落ちた。


 言葉がもう何も出てこなくて、

 両目から大粒の光が零れ落ちて止まらない。


 月沢つきさわくんは歩いて来て私の前にしゃがむ。


「…出会って8日」

「…こんなに好きになるなんて思わなかった」

「…これからも星野ほしのとの時間大切にするから」


 お願い、口動いて。

 月沢つきさわくんに気持ち、ちゃんと伝えたい――――。


「うん…」

月沢つきさわくん…大好き」


 言えた……。


「…あー、うん」

 月沢つきさわくんはそう言うと誰にも聞こえない声で呟く。


「…やべぇ、嬉しすぎて言葉になんねぇ」


「……月沢つきさわくん?」


「…星野ほしの


「はい」


「…俺がここでしたこと覚えてる?」


「…?」

「それがよく思い出せなくて…甘さを感じたような…」


「…そう。じゃあ」

 月沢つきさわくんはかっこいい表情で私を見つめる。


「…今から思い出させてやるよ」


 え……。


 しゅるっ。

 月沢つきさわくんにセーラー服のピンクのリボンを少しずつぼどかれていく。


 顔が熱い。

 首から汗が垂れて…。


 ふわっ……。

 ほどかれたリボンがスカートの上に落ちる。


 あ……リボンが……。

 髪掻き分けられ……。


 爽やかな甘い香りと

 唇がゆっくり近づいてきて……。


 両瞼を閉じ、眉が下がる。


 ふわっと唇が重なった。


「んっ……」


 とろけるような刺激的なキスで、

 心に絡まったリボンも甘くほどける。


 “…ほどいてほどかれる関係”


 月沢つきさわくんはそう言っていたけれど、


 少しずつほどいて、

 ほどかれて、


 完全にほどけた先に、

 月沢つきさわくんはいるだろうか?


 “…プラス秘密多め”


 私の脳裏を月沢つきさわくんの言葉が過ぎる。


 一緒にいてくれたら嬉しいな。

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